慣れない作業
慣れない作業
「何かって……」
高科はあからさまに困惑した表情で言葉を放った。「私の言っていることが解からないか?」
「ま、待ってくださいよ。仮にも僕だってそれなりに世間体ってものは学んできたつもりです。だけど」
「だけど?」高科は怪訝な眼差しをくれながら言った。「だけどなんだ?」
栄作はそこで言葉を詰まらせた。
高科はそこで遠慮する事なく、
「いいか、先ずは“簡単にお寿司が簡単に”って言うところだな。これはおかしいよな。それと“楽しめれちゃう”のところと、“食べれちゃう”のところ、な」
それはまるで問いたてるような言い方だった。
「あ、そういうこと」しかし栄作は何もかもなっとくしたように、
「なんだ、そんな事ですか。今さらこういう場面での“ら抜き”とか言葉の重複で指摘されても……。大体、それを直してくれるが課長のお役目じゃないですか」
「栄作……」
高科はそう言って言葉を切ると、いかにもかったるい感じの溜め息を吐いた。「問題はそこじゃないんだ」
「じゃ、なんなんです?」栄作は高科を怪訝な眼差しで見つめた。
「うむ。実はな……」
高科は肘掛けの付いた椅子に深く座り直しながら、
「お前は大した奴だよ。だってさ、一つの記事に当たり、文字数が千文字ってきまっているだろ。それを、どの記事も千文字ぴったりで書上げている。こんな短い時間でな。これは確かにすごいぜ。でもな、重複とか誤字とか“ら抜き”とかをきれいに掃除してやるとだな」高科は言いながら眉間にしわを寄せ、「どういうわけか、千文字相当だった文字数がお掃除後には五百文字以下に減ってしまうんだ。これは奇跡に近い。いや、奇跡か……。それとも何かの嫌がらせなのか? ううむ、やっぱりこんなの誰だって嫌がらせとしか思えないだろう」
彼の表情はいつものように温和そのものであったが、目だけが鬼のように強張りかけていた。「大体……文字数とは関係ないが、“着の身着のまま”という言葉でさえ、“木の実木のまま”なんて書かれてあるし。すげえよ、お前……」
栄作はきょとんとした。それこそ丸太ん棒が事務所の床に突き刺さったようなまんまで立ち尽くしてしいる。三代子ちゃんが一部始終を聞いて笑っている。栄作はまったく、まったく言葉にならない。まったくまったく言葉となって言い表せない。
「お前がこんな“できない子”だとは思ってもみなかったよ。私の見当違いだったかな」
高科は心底愕然としている。心底伝わってくる。
さすがに栄作も言葉を振り絞り、
「い、いや、ちょっと……ちょっと待ってくださいよ。な、なんすか、それ?」
彼は、とにかく何でもいいから弁解したかった。「ドッキリ? これ何かのドッキリなんですよね。カメラ、カメラはどこに仕掛けてあるんですか? カメラカメラ……」
「何言ってんの。お前いつの時代に生まれたの。さあ、ふざけてないで早く記事を書き直してくれよ。私の仕事はこれだけじゃないんだ。忙しいんだ。これから社長達と打ち合わせだってあるのに……ああ、せっかくお前に新しい仕事を覚えさせてやろうとしてたのに、こうやって茶化されたんじゃたまったもんじゃないぜ。お前には失望させられたよ」
「い、いや課長、課長! そ、そんなんじゃ、そんなつもりじゃ、課長!」
「いいや、書きあがった原稿すべてをチェックしたらすべてがそうなったんだ。こんなことわざとじゃなければ誰が出来ると言うんだ。大体お前はいつも態度が悪い。何かって言えば口答えばかりするし。……でもな、一度任してしまったからには最後までやり遂げてもらわねばならん。いいか、必ず明日まで原稿を仕上げておいてくれよ」
高科はそう言って営業部のフロアから去った。企画営業部と書かれた重たい扉が冷たい音を伴って閉ざされた。
「どんまい」
三代子ちゃんが栄作の肩を叩く。
栄作は何が起きたのかさえ把握できず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




