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SF世情余話『乱エボ』  作者: ジェイのすけ
一、行商の老婆(2)
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不可逆的な生き物

 不可逆的な生き物




 萩浦は、二人の刑事がエレベーターの中に入るのを確認してから自らも足を踏み入れた。

 その室内も女性に案内された時と同様に広々としており、タンポポの綿毛の風合いにも似た絨毯の洗礼が待っていた。

 山下刑事と神谷警部補は、上階を示すパネルを見上げたまま萩浦が喋り出すのを待った。

「あれは……あの案内係の女性は、あなた様のおっしゃられる様にロボットでございます」

 おおかた部外者には知られたくはなかったのだろう、萩浦の口調は歯切れが悪かった。

「い、いやなに、そう思っただけでしてね。別に深い意味はありませんので誤解なさらんように」

 神谷警部補がそういうと、萩浦も幾分かホッとしたように血の色が増した。それでも顔色は未だ死人のように青白い。

 山下刑事とてこの瞬間、目の前の支配人と同じような心持ちだった。しかし、彼の場合は萩浦のような事実を見透かされた焦りではない。自らの甘さに対してだった。まさか、まさか、あの案内係の美しい女性の正体がロボットだったとは――。


 山下刑事が物心付いた頃にはもうロボットは存在していた。特に人型は言うまでもなく、人間と同様の姿をし、同様にものを言い、ものを考えるロボットは日常に溶け込んでいた。それは新たな人種の確立と言っても過言ではなかった。

 

 人型のロボットが開発された経緯には意外な歴史がある。

 古来、創造物や創作上にて〔ロボット〕という、人類にとって都合の良い存在は想像上の物でしかなかった。しかし産業革命以来、ある人は自らが楽をするために、ある人は今よりも効率の良い利益を上げるために、ある人は人間には手に負えぬものを担わせるために、と開発に勤しんできたのだ。

 しかし、今現在に生きる彼らはある物の研究の副産物として生まれ出たものに過ぎなかった。

 高度成長が過ぎ、やがて日本が揺るぎない経済基盤を築き上げようとする頃、日次食品産業ひなみしょくひんさんぎょうという東京の山の手に居を構える小規模の会社が、これからの時代のニーズに先んじようとある研究を重ねていた。それが後の世に大きな影響を及ぼす高蛋白物質液〔ナノ・エクステンションG〕だった。

 彼らの狙いは、どこの国にいても、どの状況下でも、どのようにも好きな食品に加工できる原材料液の開発であった。つまりその高蛋白物質さえあれば、宇宙空間にいようと血の滴るようなステーキを味わえ、新鮮なマグロのお造りさえも味わうことが出来る、という夢のような物質の開発である。

 彼らは様々な動植物の成分を分析し、様々な実験を試みた。が、どれも無惨な結果に終わった。彼ら研究チームの作り出したものは、味や食感もさることながら、劣化や腐敗といった極々当たり前の問題にぶち当たったのだ。

 そこで彼らは蛋白質の根底から考え直し、一つの小さなナノミクロン単位のブロックを積み木のように構成させることであらゆるものに変化させる、という手法をとった。いわゆるナノマシンの前身のようなものである。

 だが、その研究も空振りに終わった。〔劣化〕という最大の難関を乗り越えられなかったからだ。

 劣化の試験には、温度、腐敗、圧力、日光による酸化、あらゆる菌による物質変化、金属との相性などの様々な面から試されたがどうも上手く行かない。上手く行くはずもなかった。なぜならその開発された〔物質〕それ自体の性質が不可逆的なものであったからだ。

 しかも、その物質自体に味がない。それ自体に〔味〕がないものが上手かろう筈がない。無味無臭なものが人の興味を示すはずがない。当時の技術では、大本から味を構成させることは不可能だったのだ。

 無論、菌によって発酵させることにより旨みや風味も作り出すことも出来る。しかし発酵そのものを促進させてしまっては、本来の商品価値としては本末転倒に過ぎない。

 味を液体に含ませればよい、という意見もあったが、別の香料や味を加えたのであれば、それ自体でその商品は一方向に限定されてしまうのである。それでは当初の目的は達成されぬのは明白の事実といえる。

 そしてこの液体は熱に弱い――。熱によっての固化は避けられない。その反面、冷却しても不可逆的な特性であるがゆえに、液体に戻るなどという都合の良さは皆無であった。

 彼らの研究が暗礁に乗り上げた瞬間、会社は火の車となった。元々母体の小さな食品会社である。経費は雪崩れ式に積み重なり、開発計画当初の勢いは見るも無残に風前の灯となった。言うに及ばず社長とその家族、社員もろとも、首をくくるかくくらぬかの瀬戸際に立たされることになった。

 そこで一筋の光明を見出したのは、とある研究員のつまらぬ戯れからである。

 

 

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