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SF世情余話『乱エボ』  作者: ジェイのすけ
一、行商の老婆(2)
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アルバート氏の夢

 アルバート氏の夢



 メソッコをちょうど『海ほたる』の辺りから眺めると、台座付きの将棋盤が海面上に浮かんでいるように見える。その盤上は、一辺がおよそ6キロメートルの正方形に設計されており、9×9、つまるところの将棋盤のように81のエリアで区分されている。

 その81エリア中に、鉄筋鉄骨の楼閣がぎゅうぎゅうひしめくように建設され、エリアごとにオニオンリング状のハイウェイが網の目のように連なっている。ハイウェイの上部は一般車両が行き来し、その下方には二両編成のモノレールが十分毎に各エリア駅に停車する。

 メソッコへのアクセス方法は、首都高速からの乗用車やバスなどで乗り付ける仕様が一般的だが、三年前に開通した専用モノレール『ミカエリヤナギ線』や遊覧船『チョキブネ号』での乗りつけも可能である。しかし、メソッコが政府直轄の特別行政自治区ということもあり、必ず専用のIDカードをパスポート代わりに携帯しなければならない。たとえ観光でこの要塞都市に出向いたとしても、何度も指紋認証、骨格認証などが行われ、それにそぐわなければ強制的に退場願われるという次第だ。しかし、その幾重にも行われる認証も、あるゲートをくぐるだけの簡単なもので、一人当たり十秒とはかからない。


 そのような認証チェックが行われ、安全面や危機管理などがおもんぱかられたとしても、このメソッコにおける犯罪の検挙数は枚挙にいとまがないほどである。何を隠そうその真意は『東京メソッド』の存在意義ともいえる価値資源に由来する。ゆえに、資材船からの密航や、海外及び反社会組織からのテロ行為による脅威に日々対抗せねばならない。特に、数年前から広がりを見せた『ロボット人権法』が世界を席巻したことにより、一部の人権を有したロボットと、持つことのできないロボットとの葛藤のようなものが拡大化したおかげで、それまでに類を見ない犯罪が増えてきたのだ。

 

 そもそもロボットに人権を与えると言う法案がまかり通ったのは、今から六年前のアメリカ合衆国での出来事から始まる。

 その頃アメリカでは『ロボット婚姻運動』が盛んであった。その中でコアとなって扇動していたのが運動家アルバート氏だった。

 アルバート氏の思想と評判の程はさて置き、その道では有名な変わり者の思想家であったが、これがまた人間をいたく嫌う思想家としても有名で、当然身の回りの警護はすべてロボットで賄っているほどであった。

 アルバート氏の邸宅はロサンゼルス郊外の大豪邸である。が、その敷地内には人間と呼べる者は彼以外誰もおらず、あとは二十体ほどの人間型ロボットと、番犬型のロボットが三十体ほど庭を取り囲んでいた。人の姿はここ何十年と見かけられてはおらず、外界との交流はすべて賄い仕様のロボットが取り仕切っていたということだった。

 しかし、突然ある朝のこと、アルバート氏の邸宅で彼の惨殺死体が発見された。彼の書斎のソファーに、胴体から四肢、首のすべての箇所がものの見事に切断され、血の一滴も残らずに吸い取られていたというのだ。

 無論、この異常事件に全米中が反応し、国民全員が震撼したが、はからずも疑いは賄われていたロボットに矛先が向いていった。

 しかし、最初から「人間を殺してはいけない」「傷つけてはいけない」などとプログラミングが施されていたロボットの人工知能に、そのような惨殺を思いつけるものだろうか? まして、仮にアルバート氏にどのような酷い扱われ方をされていたとしても、ロボットに憎しみなどという人間並みの“高尚”な感情など生まれてくるものだろうか? と、そういった論点が国全体を席巻してゆくようになると、次第に犯人像はアルバート氏の政敵なのではないかという憶測に変化していった。

 そこで容疑をかけられていたロボット達は、みな国民に擁護される立場に打って変わり、悲劇の重要参考人として扱われるようになった。

 さらに、この事件の犯人像は、アルバート氏の運動家としての政敵が起こした見せしめ的な“暗殺”である事に疑いの余地はない、という風聞が全米中で囁かれるようになった。とすれば……

 

 しかしこの後、事件は異例の終息を見せる。

 奇しくもアルバート氏の死後、彼の望んでいた『ロボットの人権にまつわる規定』の法案が合衆国全土で可決されたのだ! 

 無論、どの衆もロボットとの婚姻が許されるまでには至らなかったが、アルバート氏の死によって彼の夢は叶えられたのだ、と当時の新聞記事は伝えている。そして、重要参考人であったロボットたちも手厚く国民に労われ、今では合衆国の英雄として語り継がれている。

 ……ということなのだが、本来ならつじつまの合わない話であることは、当時のアメリカ国民も百も承知である。というのも、『ロボットの人権にまつわる法案』が強引に可決された事にそもそものカラクリがあった。

 実をいうところ、この暗殺は別の目的があってアルバート氏を葬り去った、というものだったのだ。

 なぜなら、アルバート氏は変わり者の思想家として名を馳せていたが、彼のもう一つの肩書きはロボット人工知能の開発の権威であり、山のような利権の持ち主であったというのだ。

 その利権を、近親者のいない彼はロボットに譲ろうとしていた。だからあのような運動も臆面もなく起こしていたらしいのだ。

 なるほど、その利権狙いの何者かが彼をあのような惨殺に見立てたのは予想の範疇に至るところで、偽装工作とも見て取れる。

 当時、どのロボットにも人権はなかったので、目撃証言を取るためなら、ロボットの意思表示があろうとなかろうと、彼らの記憶データを勝手に採取することは可能であったのだ。しかし、暗殺側からすれば、暗殺には細心の注意を払ったとしても、目撃された可能性があると判断し、すべからく偽装工作を謀らざるを得ない状態だった。

 ロボットには旅客機同様のブラックボックス化した小さな記憶バンクが備わっている。たとえ彼らが故障し廃棄されても、その記憶データだけは残る仕掛けになっている。その電力の最大賞味期間は単体で約五年。

 その間に、個々のロボットにデータ化された視覚、聴覚、振動などを感知する触覚などに関する記憶(記録)が当局に解析されれば、瞬く間に暗殺側の意図が判明されるという恐れがあったのだ。

 そこで暗殺側は、議会に圧力をかけ、ロボットに人権を持たせてしまえば、勝手に彼らの記憶データを覗くことはできまい、と法案を可決させ、彼らを擁護する立場をとったらしいのだ。つまり、ロボット達の“意思”に、その発言権を委ねたのだ! 

 結果、彼らは何も答えなかった。そして何も見ていないと語った。とどのつまり、暗殺について誰も見ていないというところに落ち着いたのだ。

 人間嫌いのアルバート氏が、自らの遺産を手塩にかけたロボット達に譲ろうとして起こした思想運動が、彼の死をもって終息を見せたのは、なんとも皮肉な結末である。

 数年経た今でも、暗殺側が誰だったのかすら分かってはいない。果たしてその事件の裏づけが証明されたわけでもない。ただ今現在、わけが分からず、誰の真意も介さないまま某国で『ロボット人権法』が誕生し、その思想が世界各国に波及し、手厚く受け入れられていったのが真実である。

 その後アルバート氏のロボット達も、方々の人間の一族に養子化され、人権を有し、遺産を受け継いでいったのである――。


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