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ソラガメにて

 お茶会から3日たって、ロクサナ様からのお誘いを受けたわたくしは、王都で人気のパーラー「空飛ぶリクガメ」、通称「ソラガメ」にやってきました。平民にはちょっとした贅沢が味わえる店として、貴族には品のいいカジュアルさが受けて、放課後には制服姿の学院生も少なくないお店です。個室は誰でも予約ができ、デートからパーティーまでいろいろな用途に使われています。


 実は、「ソラガメ」はわたくしの実家、モリンベル家の商会が経営しています。弟のために考案したいろいろなお菓子や軽食で、領地の農産物の販路を広げようというお父様の思い付きで乗り出してしまった飲食業の1号店です。

 2年前の開店の際は、王立学院に入学するずいぶん前から王都に連れてこられ、お父様と一緒に厨房や店舗の仕様、食器やメニューの決定、持ち帰り用のパッケージの発注などに駆り出される一方で、料理人たちへの教育やレシピの説明などにも時間を取られて、とんでもなく忙しく過ごしました。学院に入学したときは、ようやく手が離れてホッとしたものです。

 領地を出発する際は、お母様と弟にゆっくり別れを惜しむ暇もなく、これから始まる学院生活に思いをはせてワクワクドキドキする時間もありませんでした。わたくしの学院入学と開店時期が重なったのは偶然のことでしたし、パーラーが領地経営の助けになるということであれば、子爵家の子女として果たすべき責任の一端だったことは確かですが、お父様には恨み言の一つも言いたいと、今も思います。


 ちなみに店名は、弟が大好きな空を飛ぶリクガメから取りました。リクガメが空を飛ぶはずもないのですが、ある時プレゼントされたリクガメのぬいぐるみを見て、「カメさん、飛ぶの!」と言って、ぬいぐるみを水平にクルクル回転させたり、あちらこちらへ飛ぶように動かしたりして遊び始めました。それ以来、どこにでもお供のように連れて歩くようになった空飛ぶリクガメは、弟の大のお気に入りなのです。


 学院内で「ソラガメ」がモリンベル家の関係だということは知られていませんが、他領地からも食材を仕入れていますし、耳ざとい方はご存じかもしれません。ロクサナ嬢はご存じのはずです。なんといっても、お茶会のたびに「ソラガメ」のお菓子を手土産に指定されるのですから。


 本日最後の講義が少し長引いたため、わたくしがお店に着いたときには、すでにロクサナ様は個室でお待ちになっていました。しかも、先日お会いしたジョアンナ様と見知らぬ令息(おらくブライアン様でしょう)まで同席されています。今日の“お呼び出し”に思い当たる節がなく、不安に思っていたところ、先日のお茶会でのマリアンヌ嬢にまつわる話の“中心人物”が揃い踏みでいらしたことに暗澹たる気持ちになったうえに、高位貴族子女の上級生3人をお待たせしてしまったとあって、顔が強張り、遅れたお詫びの言葉も震えてしまいました。

 

 そんなわたくしの様子に、ロクサナ様は鷹揚に手を振って、労わるように微笑まれました。

「大丈夫よ。そんなに硬くならないで。講義の都合であなたが遅くなることも分かっていたし、今日は協力をお願いしたくて来てもらったのだから、むしろこちらが頭を下げるべきなのよ。こちらの二人(ジョアンナ様とブライアン様)のことは気にしないで、言葉遣いも友人同士の時と同じに気楽にしてちょうだい」


 いくら気楽にしていいと言われても、「協力をお願い」されては断ることはできません。いったい何をさせられるのか恐々としましたが、思えば「ソラガメ」はわたくしの“領域”でした。ロクサナ様のテリトリーに呼び出されたのであれば、「お願い」は「絶対指示」になりますが、交渉場所にこの店を指定されたということは、内容が理不尽だと感じて決裂した場合は、この身をどう扱っても構わないということです。わたくしの立場を立てながら、どう応えるはこちらの判断に委ねることを示されています。とはいえ、侯爵令嬢にそこまで歩み寄られては、協力しないという選択肢を選ぶことも難しいのです。あぁ、貴族の社交の難しいこと、面倒くさいことといったら!


 とりあえず、ロクサナ様がおっしゃったことを、ほぼそのまま受けいれることで、ロクサナ様の意図を汲み取ったことを示すしかありません。友人同士と同じ言葉遣いで話すことは難しいでしょうが。


「お気遣い、ありがとうございます」

 体の力を抜いて、あきらめを滲ませながらロクサナ様に軽く頭を下げました。


 ロクサナ様は わたくしが考えたことが「正解」とでもいうように、にっこり笑って大きく頷かれました。

「さぁ、席について。……それで、今は何がお勧めかしら?」


 テーブルには、お茶だけが出されていました。わたくしを待って注文するおつもりだったのでしょう。ウキウキした様子でメニューを見ながら、問いかけるロクサナ様を見て、思わずため息が出てしまいました。わたくしが今も季節ごとのメニュー変更や新商品の開発に携わっていることもご存じのようです。


 お三方の好みをお聞きすると、ブライアン様の要望は「腹にたまるもの」一択。身近に若い殿方がいないわたくしには具体的なメニューの判断がつきかねました。軽食メニューを片っ端から説明しながら「いかがですか?」と問えば、そのほとんどに頷いてオーダーされたことには驚きました。ブライアン様の食欲に、ロクサナ様とジョアンナ様と3人で呆れたような顔を見合わせたことで、ようやく緊張がほぐれてきました。


 季節感も合わせて注文したスイーツや軽食が揃った(ブライアン様がオーダーした軽食はテーブルに乗りきらず、2段分ぎっしり乗ったワゴンがその横に置かれました)後、

「さて、時間も限られていることですし、単刀直入に話をいたします。まず、先日のお茶会で、なにか納得のいかないことがあったようだけれど、なにかしら?」


 あぁ、やはりあの時の私の様子は不審だったのだと反省しました。表情筋を鍛えて気持ちを顔や仕草に出さないようしなければならないと、何度目かの決意をしました。


「それにつきましては、よくよく考えて納得できましたので、ご放念ください。あの折は、大変失礼いたしました」

 本当にその通りなので、素直にお詫びの言葉が出てきました。


「あら、そうなの? でも、気になるから聞かせてくれるかしら。何が気になって、どう納得したのか」


 ロクサナ様の、逃がさないという意志を込めた笑顔が怖い……。

どうやら今日の“お呼び出し”は、先日のお茶会の延長戦のようです。お茶会からの3日間のうちに何かが起きて状況が変わったに違いありません。でも、それがなぜ、わたくしのところに持ち込まれるのでしょうか。あの怪しげな振る舞いが、不興を買ってしまったのでしょうか。




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