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エネルギッシュな令嬢

 学院生は、実家やタウンハウスから通っている人もいますが、わたくしもカトリーナも学院の敷地内にある一般寮に入っています。モリンベル子爵家のタウンハウスにはわたくしの部屋もありますが、両親も弟も領地にいるので、一人そこに暮らすのは寂しくて、また名目だけ、一時的とはいえタウンハウスの主がわたくしになるのも億劫です。


 小さなベッドルームとデスクのある小部屋、トイレとシャワー、お湯を沸かせる程度のミニキッチンが付いた一般寮の部屋は、学生生活をおくるのには充分ですが、貴族子女の社交に必要なドレスやアクセサリーなどを収納するスペースがありません。なので、今日のようにお茶会がある場合は、タウンハウスで準備を整えます。長く勤める執事や侍女、使用人がいつも館をきちんと整えてくれているので、普段は学生寮で気楽に暮らしながら、必要な時にはタウンハウスを使えるくらいが、わたくしには丁度いいのです。


 ちなみに、高位貴族子女の寮は建物も立派です。部屋は一般寮よりずっと広く、侍女や近習の部屋も付いているそうです。


 ウチのタウンハウスには、カトリーナの部屋も用意してあります。フィンガラン男爵家は、タウンハウスを持たず、王都に来た際は旅館を利用しているのですが、元々両家が親しく付き合っていたことと、慣れない王都で励まし合って過ごしなさいという田舎暮らしの両親たちの親心です。おかげで、わたくしも、近くに家族がいないことを痛感させられるタウンハウスに来ることを避ける気持ちが、ずいぶん楽になりました。


◆◆◆◆


 明日は寮に戻るだけなので、今晩は久々にカトリーナとゆっくり気兼ねなく話ができます。学院内では周りに誰もいなくても、また寮の自室といえども、何気ないおしゃべりにも気を遣います。その内容がどこでどのように漏れるか分からない。そんな覚悟がいるのです。


 入浴後、二人してお行儀悪く夜着のまま、わたくしの居室で向かい合いました。


「それで? 他に何を知っているの?」

「1年のヴェローナ・シュロトマー男爵令嬢を知っているわよね。彼女はあの子と同じクラスなんだけれど、『あの子が怖い』って言っているの」


 ヴェローナ嬢とは今日のお茶会でも顔を合わせましたが、おとなしい印象の方です。席が離れていたので、言葉を交わすことは少なかったのですが、彼女と隣り合ったカトリーナに、「もし、こちら(の派閥)でも、あの子を招いてお茶会を開催するようなことになったら、わたくしはお役に立てそうもありません」と、そっとこぼしたそうです。その理由をさり気なく、途切れ途切れながら辛抱強く聞いた結果、カトリーナにも思うところがあったようです。


 マリアンヌ嬢は、下位貴族令息のガルガル団に囲まれて身動きが取れなくなっているのだと思っていましたが、どうやら結構一人で学院内を歩き回っているのだそうです。中庭の奥にある大楠のそば、学舎裏の花壇、老朽化で建て替えが検討されている旧学舎、3・4年生が学ぶ専科棟との渡り廊下など、1年生の令嬢が一人で好んで行く場所とも、特に用があるとも思えないような場所で見かけたと、いろいろな人が彼女を探すガルガル団に伝えているのを聞いたといいます。しかも決まって何かを探しているようだったと。ときには人気のある上級生の高位貴族子息と話している姿も目撃されているそうです。天真爛漫な“新米”貴族令嬢が、好奇心から学院中を探検しているのではなく、何か目的があって学院内をうろついているようで、そう考えれば彼女のすべての行動が計算ずくに見えてきて怖い、と。


 カトリーナも何度かマリアンヌ嬢を見かけたことがあって、廊下で貴族令嬢とぶつかった際に、はっと怯えたような表情で令嬢を見つめ、「申し訳ありません!」と大げさなくらいに頭を下げてバタバタと逃げるように走り去ったそうです。まるで貴族からの叱責におびえる平民のようで、気が悪くなったと言います。

 別の機会では、貴族令息と肩がぶつかって、「あ、ごめんなさい」と口に手を当て申し訳なさそうに相手を見た後に、「大丈夫ですか?」と馴れ馴れしく腕に手をかけたのだとか。「いや、君こそ大丈夫? すまなかったね」などとやり取りした後に、名残惜しむような笑顔を浮かべながら軽く頭を下げて去る姿に鼻白んだと。


 令嬢と令息への対応が違うあざとさ自体、よくあることと気にならなかったようですが、これにヴェローナ嬢の情報が加わって、もしかしたらガルガル団すら彼女の内ということになれば、非常に危険な存在だと、カトリーナは言うのです。


 彼女が何のためにそんなことをしているのか分からない不気味さはありますが、一男爵令嬢としてなんとエネルギッシュなことでしょう。貴族令嬢となったのに、貴族令嬢であろうとしない彼女が、いったい何を思って学院に入学して、どんな目的に向かっているのか。彼女に対して嫌な気持ちを抱くより、そちらの方に気が引かれます。




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