カトリーナと
「おウチの誰か、止めなかったのかしら。外で恥をかけば家にも影響するでしょう?」
「あぁ、ドレスの件? タンガ男爵夫人は領地に帰っているそうよ。タウンハウスには侍女もいなくてメイドだけみたい」
あぁ。メイドでは、細かなドレスコードを知らなくても仕方がないかもしれません。
ボルグバーン侯爵邸でのお茶会の後、カトリーナと一緒にウチのタウンハウスに戻って、サロンで一息ついた後の話題は、やはりマリアンヌ嬢のことです。庶子といえども、子女の外での評判は家の評価にも繋がります。それを気にしないということは、家族や使用人から虐待されているのかもしれないと思ったのですが――。
「あら、いつから?」
「あの子を引き取る前から、ですって。そもそもあの子を引き取ったのは、男爵の独断で、夫人は納得していなかったみたい」
「わざわざ引き取ったのは、家を継がせるつもりなんじゃないの?」
「継嗣は、2年前に学院を卒業した父方の親戚筋の子息が養子に入っているから、その方だと思うわ。今は領地を経営していらっしゃるそうだから、もう優秀な後継ぎもいるし、せめて不憫なわが子を貴族としていいところに嫁がせたい、ってことみたいね」
わたくしの疑問に、次々と答えるカトリーナに、ちょっと呆れました。いったいどこからそんな情報を得ているのでしょうか。
「なんでもよく知っているわね……。それにしても、あなたの言い方、世慣れすぎじゃない? なにか危ないことしているんじゃないでしょうね」
少しばかり心配になったわたくしに、カトリーナは顔の前で手を振ってケラケラ笑います。
「なに考えているのよぉ。タンガ男爵が自分で❝お涙頂戴❞的な話としてあちこちで言っているのよ」
聞けば――。
メイドの一人に手を付けて子どもができた。わが子として認知するつもりだったが、そのメイドは、夫人との間に子供がいないので奥様に申し訳ないと言って、宿下がりしたまま行方不明になってしまった。以来、ずっと探していたのだが、ようやく消息を掴んで彼女が一人で娘を育てていたことを知ったが、会いに行ったときにはすでに病気で亡くなっていて、娘だけが遺されていた。しかも教会の教育施設で優秀な成績を収めているというではないか。今まで何もしてやれずに悔やんでいたが、それなら貴族子女として王立学院に通わせ、幸せな将来への道筋をつけて、親としての愛情を注いでやりたい。幸い、父方の親戚から後継ぎも得て、男爵家の当代としての義務も果たした。これからは親としての幸せを味わいたい――。
ちょっといろいろ言いたくなるお話です。
確かにこの国は一夫一妻制とはいえ、貴族家の後継問題もあることから愛人を囲うことを咎める風潮は弱いですが、わが子を妊娠したメイドが行方不明になっても放置ですか。そうですか。おそらく平民のメイドに対する気持ちなど、その程度だったのでしょう。家内が乱れなくてよかったとすら思ったのかもしれません。平民の女性が一人で子どもを育てることがどれだけ大変か、わたくしに分かるはずもありませんが、相当ご苦労なさったことは推察できます。
それなのに、養育費も払わず、子育ての苦労もせず、いきなり年頃の優秀で可愛い女の子の親でございますと言うのは、いくら血がつながっているとはいっても、あまりに都合がよすぎて、無神経なやり様に思えます。
それに、一度は自分たち親子を捨てて、母親を蔑ろにされたわけですから、マリアンヌ嬢は、タンガ男爵を恨みに思うことはないのでしょうか。もしかしたら、彼女の無作法は、あえてそうすることでタンガ男爵家を貶めて復讐のつもりなのかもしれません。
つらつら思い付くままに、そんなことをカトリーナに話すと、驚いたように目を見開いてから、ゆっくりと何度もうなずきます。
「そうかぁ。レティシアは、そう考えるのね。相変わらず面白くて甘いわ。大体、貴族社会では割とよくある話よ。子供をつくっても金は払わないとか、庶子でも優秀だったらわが子と認めるけど、平凡な子だったら自分の子じゃないってね。まぁ、あの子の場合、あなたが思うようなのとちょっと違うみたい。あなたは近づかない方がいいわね」
「近づかない方がいいって、……他に何を知っているのよ?」
なんだか得体のしれないことを言うカトリーナを問い詰めようとしたその時、メイドが夕飯の支度ができたと呼びに来ました。
「じゃあ、続きは夕食をとりながら……」
「やめて! 久しぶりのモリンベル家の食事よ? 堪能させてよ!」
カトリーナは、身を乗り出して食事がまずくなるような話はしたくないと言い募りました。わが家の料理は、カトリーナから王国一だと評価を得ています。たまにしか味わえないせっかくの機会を邪魔するなと。
とにかく弟のクリストフにおいしいものを食べさせたくて、領地にいる頃から厨房に入り込んではあれやこれや料理長と試行錯誤を繰り返しました。弟や両親がおいしいといったものは、タウンハウスの料理長にもレシピを伝えてつくってもらいますが、領地と王都では手に入る食材が違うので、改良したり新しいものをつくったりしているうちに、かなり満足のいくものができてきたと自負しています。とはいえ、わたくしもカトリーナも、王族や高位貴族が食べているであろう贅を凝らした高級料理など知るはずもありません。所詮未成年の下位貴族子女の無邪気な感想ですが、仲のいい友人にそこまで褒められて悪い気はしません。これまでは、弟だけでしたが、カトリーナにもおいしいものを食べさせたいと思うようになりました。
結局、夕食の間は、マリアンヌ嬢の話題を止められたので、生まれたばかりのクリストフと初めて目が合ったときに何かが通じ合ったこと、乳児の頃の笑顔が天使のようだったこと、舌足らずに一生懸命話す様子が悶絶するほど可愛らしかったこと、わたくしを「エチチ」と呼んで二パッと笑いかけられたときに天国を見たことなどなど、語っても語っても語り足らないまま、いつの間にかデザートが終わっていました。
カトリーナは料理に集中して言葉が少なかったのですが、もっと楽しく会話した方がおいしく食事できたのに残念でなりません。
さて、食事が終われば、わたくしの部屋で先ほどのお話の続きです。