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ロクサナ様の❝お願い❞

 ジョアンナ嬢は、話し終えると大きくため息をつかれました。


「結局、わたくし共(ネヴィル公爵派)では、マリアンヌ嬢が置かれている状況を大きく変えることはできませんでした。パーティーに出席していた(マリアンヌ嬢の周りにいる)令息には、従兄妹のブライアン(シュヴェリーン伯爵家令息)から釘を刺してもらいましたが、あのパーティーの様子では『また彼女が傷つけられた』と騒ぎ立てるかもしれません」


 指先を額に当てて苦々し気におっしゃいます。本当に頭が痛そうです。


 ジョアンナ嬢は、件のティーパーティーにブライアン様のエスコートで参加されたそうで、ジョアンナ嬢が令嬢たちをサポートし、ブライアン様が令息たちを説得する役割だったようです。


「君たちのしていることは彼女(マリアンヌ嬢)のためにならない。彼女には同じ令嬢の友人こそが必要であって、それを邪魔していることを分かっているのか。君たちにも令息同士の結び付きがあるだろう。彼女がそれを得ようとすることを妨げる君たちこそが彼女をいじめているのではないのか。そもそも自分たちの高位貴族への反発に、彼女を利用するんじゃない!」


 ブライアン様は、場所を選んで目立たないよう気を遣いながら、複数の令息に、そこまで踏み込んだ言葉で窘められたそうです。あの変な熱に浮かされたような令息たちに、どこまで伝わったでしょうか。これで少しは、彼らのマリアンヌ嬢を“守る”行動が落ち着いてくれればいいのですが、高位貴族令息にそこまで言わせてしまったのです。今後同じようなことを続ければ、実家にも何らかの圧力がかかることがあるかもしれません。それに気づいてくれるでしょうか。


 イェルク殿下が担当された、貴族令息の行動を抑えるための警告はなされたものの、エリザベト嬢に任されたマリアンヌ嬢と貴族令嬢の親睦については、結果として頓挫したわけです。エリザベト嬢の体面を損なうことにならないでしょうか。


「令息たちがどのように騒ごうと、今のジョアンナ様のお話で、先日のティーパーティーで誰も“あの方”をいじめていないことは、皆さま、お判りいただけたでしょう? もし、何か噂が聞こえてきたら、令嬢たちが“お可愛らしい”あの方とお話しできて良かったと言っていると、お伝えいただけるかしら」


 ロクサナ様が、少なからず重い雰囲気になった座の雰囲気を変えるように、にこやかにそうおっしゃいました。噂を否定するお願いを、派閥違いのジョアンナ嬢に言わせず、具体的な指示としてわたくしたちに伝えるところはさすがですが、言われた内容は苛烈です、


「お可愛らしい」は、あまりに未熟すぎて相手にならないということで、「お話ができて良かった」というのは、今後、自分たちは彼女と友人になるどころか関わるつもりはないことを明確にできて良かったということです。でも、マリアンヌ嬢のいくつもの無作法に触れず、「可愛らしい」「良かった」という言葉だけを捉えれば、ティーパーティーは成功だったということです。そのことを出席者から聞いたこととして第三者が伝えれば、出席者本人の口から語られるより真実味は増します。人は裏で本音を語るものですから、裏で語られた本音としてその言葉を語れというのが、ロクサナ様からの“お願い”です。


 マリアンヌ嬢とティーパーティーで和やかに過ごした、という事実があり、顔見知りとなった先の関係づくりは個々人次第で強制できないとして、エリザベト嬢の面目を立てることになるようです。


 それにしても、❝あの方❞呼びですか……。通常でも揶揄してそう呼ばれる方はいますが、高位貴族から下位貴族に対して使われる際は、痛烈な侮蔑です。今後、ロクサナ様の前で、マリアンヌ嬢のことが話題になることがあっても、お名前を呼ぶことはありません。


 マリアンヌ嬢のこれからの学生生活には、大変な暗雲が立ち込めたものです。ある意味で、不幸な出来事が重なっただけと思えなくはないですが、このまま挽回の機会を得られないのは、いささか可哀そうな気もいたします。


 皆さまが、ロクサナ様の❝お願い❞を胸に刻んで、今回のお茶会の主要テーマはこれで終わったと緊張の糸が途切れかけた時、


「あの……、子爵令嬢は、素敵な会場を設えられたのでしょう?」

(今回のことで、子爵令嬢は叱責されるのでしょうか?)


 意を決して不安げに問いかけたのは、3年生の男爵令嬢でした。件の子爵令嬢とお友だちなのかもしれません。ジョアンナ嬢は優しく目を細められました。


「落ち着いた雰囲気の中で色とりどりの小花をあちこちにあしらって、気持ちのいいとても素敵な会場を用意してくれたわ。軽食もお菓子もすべておいしくて、趣味のいい飲み物を揃えて。いろいろ予想外のこともあったのに、主催者として立派に勤めを果たしたとエリザベト様にもお伝えしたの。ありがとう。彼女に心を寄せてくれるのね」


 下位の者を褒めるときに、言葉を惜しまないジョアンナ嬢に、心が震えました。マリアンヌ嬢の不行状が子爵令嬢の責にならないと安心して、座にホッとした空気が満ちる中、声を上げた男爵令嬢も、うっすらと目を潤ませながらジョアンナ嬢に向かって軽く頭を下げていらっしゃいました。


 でも、わたくしの中には、もう一つ、疑問が渦巻いていました。いえ、あえて明らかにされなかったことに対する好奇心と言えましょうか。話題が普段のお茶会のように上映中の演劇や王都に最近オープンした店のことに流れていく中、さすがに面倒な話題を蒸し返すこともできずに、もんもんとしながら視線をさまよわせていたら、ふと、そしてバッチリとロクサナ様と目が合ってしまいました。ロクサナ様は扇で他からの視線を隠しつつ、それはもう、高位貴族令嬢としてあるまじき人の悪そうな含み笑いをわたくしに向けてきました。


 ヒュッと肝が冷えました。


「自分で問題を解決できないポンコツのくせに、余計な好奇心なぞ持つな!」

 頭の中に、愛する弟からたびたび説教される言葉が巡りますが、もしかして、わたくしはまた、薄氷を踏み抜いたのかもしれません。


 ロクサナ様においとまの挨拶をしているとき、扇で口元を隠しながら耳元でそっと囁かれたのです。

「3日後の放課後、『ソラガメ』の個室で待っているわ」




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