件のお茶会
デコルテを開けた、ヒールを隠して床まで届く総丈のドレスは、俗にいう夜会服で、夕方以降に開催される晩餐会や舞踏会などで着用するものです。学院生はデビュタント前なので、そうした夜のイベントに参加することはありませんが、貴族令嬢であれば、誕生日やお祝い事など家族と一緒に参加するお酒も出るようなパーティー用の格式の高い礼装として、そうしたドレスを持っているのは当たり前です。
しかし、昼間の、屋外ガーデンの、未成年の学院生が集まる、ティーパーティーで、着るドレスでは決してないのです。
昼間に催されるお茶会、お酒の出ないティーパーティーなどでの貴族令嬢として相応しい装いは、慎ましくデコルテを覆い、丈は足首やくるぶしまで。またはふくらはぎの中ほどまでのドレスで軽やかさを演出するのも好印象です。少なくともそれがドレスにおける最低限のマナーです。色味やデザインが地味すぎても、主催者に失礼に当たりますし、メインゲストや主催者以上に華やがないようにすることも必要です。
下位貴族程度では、お茶会のたびに新しいドレスを用意できるはずもなく、かといって、いつも同じドレスでは相手を侮っていることになります。ですから、襟やレース、フリルを付け替えたり、刺繍やビーズの装飾を加えたり、ショールやストールを用いて印象を変えるなど、手間と時間をかけて1着のドレスを使い回す工夫をしなければならないのです。ときに流行りのドレスの話に興じるわたくしたちに冷ややかな目を向けてくる貴族令息もいますが、笑顔で語り合っていてもそこには貴族令嬢の社交において存亡にかかわる命題が横たわっているのです。
話が逸れました。
マリアンヌ嬢のドレスのことです。
意気揚々とティーパーティーにやってきたマリアンヌ嬢の姿を見た子爵令嬢は、他の招待客から隠すように、慌てて彼女を屋敷内に連れ込んだといいます。そして子爵家の侍女とメイドにデコルテを隠すためのショールかケープかボレロを用意するよう申し付けたそうです。その際、マリアンヌ嬢をエスコートしてきた令息が騒ぎ立てようとしたのを、目線と「彼女に恥をかかせて、いじめを増長させるつもりですか!」と叱責して黙らせたのだとか。
ティーパーティーには、マリアンヌ嬢と下位貴族令嬢の親睦を深めるという目的全うの見届け役として、ジョアンナ嬢が同席なさっていました。格上の令嬢の前での明らかなマナー違反。後でどのように話が広がってマリアンヌ嬢が非難され、蔑まれる話のタネになるのか分かりません。子爵令嬢が相当焦ったであろうことは、たやすく想像がつきます。エリザベト嬢から託された、マリアンヌ嬢を他の令嬢と交流させていじめ対策とする意向に沿うどころか、自分が開いたティーパーティーがさらに悪い状況を招く場になるかもしれないなんて、子爵令嬢の立場をわが身に代えてみれば、ゾッとします。
ドレス丈は変えようがありませんから、せめてデコルテを覆ってなんとか無作法にならないよう指示を出している際の声や仕草がキツくなって、途中でマリアンヌ嬢が怯えていることに、子爵令嬢は気が付かれたそうです。また、家族のものも含めて屋敷中から集めたショールやケープ、ボレロの中に彼女が着てきたドレスに合うものがなく、せめて色味でケープを選んだそうですが、素材の違いや微妙に彼女に合わない丈と相まって、どこかちぐはぐな印象になってしまったことを、後になって悔やまれたそうです。しかし、度重なるトラブルに見舞われながらの諸対応に、責められるようなところはないはずです。
ティーパーティーに参加した令嬢たちが、マリアンヌ嬢の滑り出しでの大失態に気が付かないはずがありません。また、子爵令嬢の苦慮にも思うところがあったでしょう。通常であれば、礼儀知らずの仲間と見られないよう遠巻きにしたいところを、マリアンヌ嬢にやさしく声をかけ、話題を振って気を遣ったそうですが、当人は、終始沈んだ表情で、言葉少なに、ときに目元をぬぐうような仕草があったとか。自分が迷惑をかけたとは欠片も思ってもおらず、ちょっと派手なドレスで主催者より目立つことがよく思われなかったようだとつぶやかれたそうで……。
自分の至らなさを素直に謝罪して、せめて笑顔で周りの気遣いに応えていれば……。庶子という立場の難しさは理解できますし、貴族令嬢としての経験が足りないことはこれから覚えていけばいいと、好意的に受け入れられる可能性もありました。いえ、むしろそのためのお茶会だったはずです。それなのに、マリアンヌ嬢は、貴族社会の上下関係や配慮、マナーをまったく無視した言動で、自らその道を閉ざしたようです。貴族社会において、無知は罪なのです。
「無作法でわがままな平民上がり」
このティーパーティーに出席していたネヴィル公爵派の令嬢たちの間で、マリアンヌ嬢の評価は決まってしまいました。