デコルテが開いたドレス
「デコルテが開いた総丈のドレスぅ⁈」
ジョアンナ嬢の説明を復唱したのは、どなただったでしょうか。
「は?」
「えっ?」
思わず声を上げる方、息をのむ方、口元を両手で覆われる方など、反応はさまざまですが、信じられないという思いは同じです。昼間の屋外でのお茶会に、デコルテの開いた総丈のドレスはあり得ません。はしたない……。
◆◆◆◆
お茶会は、ゲストのジョアンナ嬢と直接挨拶を交わしたことのない、わたくしたち下位貴族令嬢の自己紹介を経て、いつものような天気やその日のドレスの話をすることなく、すぐに本題に入りました。
やはり上つ方々の間で、マリアンヌ嬢をめぐる状況は捨て置けないことと認識されていたようで、イェルク第三王子殿下が「このまま放置はできない」とおっしゃったようです。
王立学院は、身分に合わせてクラス分けされていますが、講義は知識や習熟度に合わせて自分に合ったレベルを選んで受けられます。修了試験に合格して単位を取得できれば、上級生と同じ授業を受けることもあります。もちろん、そこに身分の差は関係なく、一応の学年とクラスは決められているものの、歴史・法制・領地経営初級・魔術学初級などの必修科目とそれ以外の所定単位数を満たせば、4年以下の短期での卒業も可能です。受講する科目は所属クラスに縛られないので、イェルク殿下をサポートする高位貴族令息が受講する講義に、マリアンヌ嬢の周りに集まっている下位貴族令息もいたらしく、彼らが纏う気配の危うさを、イェルク殿下に注進されたのだとか。
そこで、彼らをたしなめつつ、マリアンヌ嬢が直面している問題を解決すべく、エリザベト嬢を交えて協議なさった結果、やはり、マリアンヌ嬢に同じような下位貴族の令嬢との付き合いがないことが一つの原因と目されたようです。そして、マリアンヌ嬢と貴族令嬢の交流についてはエリザベト嬢が中心になって、マリアンヌ嬢の周りに集まる下位貴族令息へはイェルク殿下の側近候補の令息が対応されることにしたそうです。
そして、3日前。ネヴィル公爵派の3年生の子爵令嬢が、マリアンヌ嬢を誘ってティーパーティーを催されたようです。
当初は、主催者である子爵令嬢と派閥を同じくする子爵・男爵令嬢6~7人程度のこぢんまりしたお茶会の予定だったようで、面識のない上級生からの突然の招待は戸惑うだろうからと、マリアンヌ嬢のクラスメートの男爵令嬢と一緒に声をかけて、直接招待状をお渡ししたそうです。マリアンヌ嬢は、初めは嬉しそうにしていたそうですが、途中で気おくれしたのか「でも……」とちょっと不安そうにした途端、周りにいた下位貴族令息たちが口々に子爵令嬢と男爵令嬢を責め立てたといいます。
「また寄ってたかって彼女をいびるつもりか!」
「上級生が下級生を虐げるのか!」
「一部の令嬢だけの集まりだなんて、他の目が届かないところで何をするつもりなんだ!」
いくらマリアンヌ嬢のためのお茶会だと言ったところで、最初からマリアンヌ嬢へのいじめの一環と決めつけている彼らが、聞く耳を持つはずもありません。エリザベト嬢の意向を受けている子爵令嬢としては、仕方なく、令息も参加できるティーパーティーへと変更することで彼らを宥めたようです。
少人数の貴族令嬢によるお茶会から、貴族令息も参加するちょっとした規模のティーパーティーへの変更をその場で決断した子爵令嬢の胆力にも感心しましたが、下位貴族令息たちのマリアンヌ嬢がいじめられる前提でしか物事を判断しない視野の狭さと意固地さ、お茶会からティーパーティーへの変更が主催者にどれだけ負担をかけ、大変なことかに思い至らない思慮の浅さと図々しさにあきれるばかりです。
参加人数が増えたため、予定していた会場が屋敷内の一室から、庭を使ってのガーデンパーティーに変更になって、子爵家の支度はさぞ大変だったことでしょう。庭の整備やガーデンテーブル・チェアの設置からの会場設定、什器やフードの用意など、赤の他人である令嬢のために費やすには、あまりにも大きな労力です。だというのに、そうまでして整えた会場に、マリアンヌ嬢は、デコルテを大きく開けた総丈のドレスを着てやって来たというのです。