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王立学院

 貴族子女は14歳で王立学院に入学することがほとんどです。過去に数人いたそうですが、特例で10歳の時に入学したとか、1年で必要単位の修了試験にすべて合格して卒業したというとんでもない神童以外は、14歳から4年間通うことが一般的です。1・2年は基礎科、3・4年は騎士科や文官科、魔法科など卒業後の進路に沿った専科で学びます。入学前には家庭教師からか、それぞれの領地の幼年学校で一般常識的な基礎学力を養い、入学試験を受けた上で入学するのです。


 無論、貴族子女がこの試験に落ちたという話は、聞いたことはありません。


 平民の場合は、各領地の幼年学校や有識者が開く私塾、神殿が運営する庶民のための教育施設での成績優秀者が領主や代官などの推薦を受けて、入学試験に合格した優秀な者だけが通っています。特に年齢制限もないので、下は貴族子女より若い12歳や、成人である17歳で入学する者もいて、幅広い年齢層の平民による相互扶助が、貴族とのトラブル抑止に一定の効果を上げています。当然のことながら、成績下位に平民はいません。末は国や各領地で官吏として働くことを期待されている方々です。平民とはいえ、バックには貴族や大手商会などが付いているのですから、軽々に扱っては痛い目を見ることもあります。


 マリアンヌ嬢は、市井にいた1年前にタンガ男爵家に引き取られたために学院入学準備が間に合わず、1年遅れの15歳での入学になったそうで、そのことを貴族子女から嘲られたそうです。


「ろくな生活もしてなかった平民のくせに、貴族令嬢を名乗る身の程知らず」

「所詮庶子のくせに生意気」

「1年遅れなんて、貴族として恥さらし」


 などなど、貴族としての資質を咎められ、平民からは貴族だからと遠巻きにされて孤立しているのだそうです。


 あるときは、廊下で足を引っかけられて転んだことを笑いものにされ、校舎裏で貴族令嬢の集団に責め立てられた上にぶたれた、とか。

 貴族令息からいきなり腕を掴まれて不適切(!)な言葉を吐かれた、とか

 教材や文具がなくなるのは当たり前で、水浸しにされたものが後で見つかった、とか。

 貴族なら〇〇して当たり前と、何度も理不尽な要求をされた、とか。


 どこにでも難癖をつけたがる者はいるわけで、嫌味や嫌がらせなど多かれ少なかれ誰もが経験していることです。


 それが、なぜ、マリアンヌ嬢のこと()()事細かに表ざたになっているのでしょう?


「貴族たるもの弱者の守護者たれ」


 貴族は弱い者いじめなどしないし、弱い者いじめをする貴族がいることを平民に見せてはいけない。それが貴族としての面目です。ですから、貴族社会では、いじめが明らかになった際には、した方もされた方も恥となるのです。


 下位貴族としても、やられっぱなしで泣いているだけでは侮られます。そのくらいのことにも対処できない能無し、と。多少のことには傷つかない図太さを持ち、嫌だと思うことは自分でなんとかするのが当たり前なのです。


 そして、行き過ぎた行為にはそれなりの報復があることを、思慮ある高位貴族は知っていらっしゃいます。何より下位貴族の方が、圧倒的に数が多いのです。下位貴族には、高位貴族が持つ国家を動かすような力こそありませんが、家門や派閥を超えて、力がないもの同士のつながりがあります。誰もが眉を顰めるような度を越した行為には、そのつながりが火を噴きます。


 高位貴族が持つ権力や経済力を支えているのは、下位貴族なのです。これを敵に回せば、高位貴族の事業や領地経営、社交に支障が出ることもあります。下位貴族の存在を貶める行為があまりにも酷い場合は、貴族としての品位に欠けると信頼も信用も失ってしまうことさえあるのです。それが貴族社会です。


 迂遠なやり方ではありますが、効果は確実で、表立って高位貴族に逆らうことができない下位貴族の自衛手段の一つでもあるのです。だからこそ、家を挙げて高位貴族に抗するようなこの方法は、「よほどの」「貴族としてあるまじき」ことでない限り、軽々しく使うことはできません。


 学院内は社会の縮図ではありますが、逆も然り。学院内の出来事が、実社会にも影響することがあるのですから、高位貴族の子女にも、下位貴族に対して越えてはならない基準というものが存在しています、


 そして、マリアンヌ嬢へのいじめと言われているようなことは、これまで報復に出るほどでもない範囲内にあることなのです。下位貴族の子女にとって貴族社会の洗礼のようなもので、運悪くターゲットになってしまった際には、陰になり日向になり友人や先輩が支えてくれます。相手が増長するようなら、一門や派閥を同じくする高位貴族の子女がそれとなく忠告して事を収めてくださいます。それが、これまでの暗黙の了解でした。言われたことやされたことに傷つき、悲しく辛い思いもしますが、支えてくれる人が周りにいれば内々に始末を付けることができました。


 マリアンヌ嬢の不幸は、男爵家に引き取られたばかりで、下位貴族の友人や派閥関係での知り合いがいなかったためでしょうか?


 確かに彼女の置かれた状況に同情はできます。でも、問題なのは、彼女に対する諸々の行為がいじめとして明らかにされたことで、それを止める行為こそが正義、とばかりに、主に下位貴族の令息たちが血気にはやっていることなのです。


 いじめの犯人捜しをしては、人前で公然と非難して勝ち誇るようなさまは、見ている方がいたたまれない思いをします。さすがに立場はわきまえて、高位貴族子女には行動を控えているようですが、そのぶん、裏では相当な罵詈雑言が飛び交い、高位貴族子女への反発が高まっているようです。


 マリアンヌ嬢をいじめから守るためと称して、常に彼女の周りにいるので、先に聞いた“孤立している”という状態からは脱している、といえるのでしょうか? 楽しそうに笑っているとも聞きますから。


 ただ、それが果たして彼女のためになっているのかについては、はなはだ疑問です。同じクラスどころか、別クラス、他学年の下位貴族令息たちが休み時間ごとに彼女の元にやってきては、周囲をガルガル威嚇しているといいます。授業の変更などの連絡事項を彼女に伝えようとしても、脅しつけるように内容を質されるそうで、それが怖くて伝えなければ、いじめだと騒ぎ立てられるようでは、本末転倒もいいところ。結局のところ、マリアンヌ嬢は、クラスメートからは腫物を触るような扱いをされているのだとか。


 そんな風に周りを下位貴族令息が固めているにもかかわらず、マリアンヌ嬢への嫌がらせは続いているようです。そもそも、クラスメートから誘われない、声をかけても避けられるというのは、彼女を取り巻く貴族令息のせいだとしか言いようがありません。それは、いじめではないでしょう。


 直接暴言を吐かれるようなことは減ったようですが、文具や教材の破損、誹謗の手紙やメモが舞い込むなどの嫌がらせは続いているそうです。彼女の周りにいる貴族令息たちは、犯人が誰とも分からないまま、高位貴族子女の差し金に違いないと決め付け、身分的に自分たちが表立って問いただすことができないことに鬱憤をため込んでいるといいます。


 いまやマリアンヌ嬢は、高位貴族の理不尽に耐える下位貴族の象徴として祀り上げられているような状況です。でも、下位貴族子女の一人として言わせていただければ、そんな象徴、どこに必要性があるのでしょうか。


 それに、文具や教材の破損とは、うわさが出始めた頃の盗難に比べて実行難易度が上がっているように思います。誰にも知られないうちに手紙やメモが手元に届くには、よほど身近に実行者がいなければ難しいのではないでしょうか。


 さて、マリアンヌ嬢の周りで起きているこうした❝動き❞は、いったいどこへ向かおうというのでしょうか。





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