<幕間>マリアンヌのつぶやき
あたしが前世を思い出したのは、あたしが立派なお貴族さまの娘だって迎えに来たってゆう執事さん?に会ったとき。かあさんが死んで、一人で生きていかなきゃなんなくなって、嫌だったけど、前から言い寄られてた、かあさんが働いていた商会のバカ息子の世話になるしかないかと思ってたのに。食堂の手伝いだけじゃ暮らしていけないから。
でも、あたしがお貴族さまの娘だなんて、かあさん、いっぺんも言ってくれなかった。お貴族さまに言えばもっと楽に生活できたのに。あぁ、だから、かあさんが死んだから来たのかな。
とうさんはタンガ男爵ってゆうお貴族さまで、名前だけじゃなくてちゃんと領地ももらってるから男爵でも偉いんだって。なんか普通のおじさんなんだけど、父親だってゆうならあたしのこと養ってくれて当たり前よね。今まですまなかったって言ってくれて、これからあたしのために何でもしてくれるって。
自慢じゃないけど、あたし、結構可愛くて、いろいろ声かけられてうざかったんだけど、バカ息子が一番金持ちだったんだよね。働くのもめんどいから、仕方ないと思ってたけど、貴族なら当然もっと楽できるよね。
なんかその日から生活が激変して、あたしの部屋だってゆう天井が高くて大きい部屋も、かあさんと暮らしていた家が2つくらい入りそう。メイドさんがいろいろやってくれて、ご飯も今まで食べたことないようなのが勝手に用意されて、食事の支度や掃除や洗濯とかナンもしなくていいんだって。
初めてお屋敷に来た夜に、ふっかふかのお布団のベッドに横になって、ようやくいろいろ考えることができたんだけど、執事さんが「男爵令嬢」って言ったとき、なんかブワァ~~~って、いろんなこと思い出した。
真璃って名前で女子高生だったんだ。ここに比べればずっと便利な世の中だったし、親がいたから働かなくてよかったし。
一緒に遊ぶ友だちもいっぱいいたし、カレシもいたのに。今は友だちと呼べるような子はいないし、みんな、なんかがさつだし。
遊ぶってゆっても、スマホもゲーセンもモールも夢の国みたいなのもないし。
ゲームとかライブとか娯楽どころかお菓子とかもなくって、あっちではマ〇〇とかコンビニとか、ファミレスとか、食べたいときに食べたいものが食べられたのに。
こっちの生活って、生きてくだけでいっぱいいっぱいで、なんでこんな思いしなくちゃなんないのかって思ってたけど。
あたし、貴族さまの娘だったんだ……。なんか、今まですっごく時間を無駄にした気分。
思い出したのが、あの時でよかった。その前に思い出してたら、ないものばっかりですっごく辛かったと思うわ。いろいろないことには変わりないけど、少なくとも生活に苦労しないわけだから我慢はできるし、もしかしたら探せば何かあるのかもしれない。
そういえば、ここでもマリって名前だったんだけど、貴族令嬢として相応しくないからってマリアンヌになった。貴族さまって、名前まで平民と違うんだ。
教会の勉強館で出来がよかったのって、前世のせいだったのかも。田舎の中堅高で成績もそこそこだったけど、こっちはせいぜい中学程度だもんね。
なんで「男爵令嬢」でいろいろ思い出したのかってのは、涼世から聞いてたゲームのこと、思い出したからだよね。
流行りだってゆう恋愛シミュレーションゲーム「ディメンション・ラバー~異世界をあなたと生きる」ってヤツで、主人公は元日本人が転生した男爵令嬢で、あたしとおんなじにある日父親の男爵の使いがやってきて、平民から男爵令嬢になるの。王立学園に通うようになって、王子様とか宰相の息子とか騎士団長の息子とか、将来の国のトップたちと知り合って、元日本人としての知識を活かして国をいい方向に変えていくってストーリー。んで、それまでの価値観に凝り固まって変化を許さず、自分たちの権力闘争に明け暮れて国が衰退するに任せていた貴族が邪魔するんだ。学園でその貴族の子供たちにいろいろ意地悪されるんだけど、それに立ち向かっていかなきゃならない。
あたしはそうゆうシミュレーションゲームとかうざくて、消してくヤツのほうが好きなんだけど、涼世がドハマリしてた。異世界に転生するとか転移するとかのマンガも小説も流行ってるらしくって、涼世がそのDラバーの世界に転生したらって妄想をしこたま聞かされてた。ばっかじゃないかと思ってたけど。あるはずもないこと考えてるのが楽しいなんて、おめでたい頭だとからかってたんだけど。
もしかして、あたし、その男爵令嬢に転生したのかもしんない。
涼世のこと、馬鹿にしてる場合じゃないわ。
でも、あたし、死んじゃったのかな。涼世、ゴメンね。あんたのこと馬鹿にして。
あんたじゃなくて、あたしが転生したみたい。
日本人の知識でこの国をいい方に導いていくのかな。
あたし、できるかな。
なんかいろいろ古臭いというか、遅れてる世界って感じだし、もっとみんな、暮らしやすくしたらいいのかな。
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なんか貴族令嬢教育とかって、とうさ……あ、お父様って言わなきゃならないんだった。お父様がお願いしたってゆう親戚のジークリット夫人が家庭教師としてやってきた。カーテシーはちょっと憧れていたから教えてくれるのはうれしかったんだけど、背筋伸ばせとか、お辞儀の角度とか、膝の曲げ具合とか……。なに、この苦行! 笑えって言われたり、笑うなって言われたり、口角だけ上げろってかぁ? 頬が引き攣るぅぅぅ! 動かす指の角度ぉ? 指が攣るわ! 貴族令嬢って、みんなこんなことやってるのぉ?
ジェスチャーで気持ちを伝えろって、なにそれ? 言葉にするなぁ? 言葉は何のためにあると思ってんの? あ、でも、“匂わせ”ってやつか。それは得意かも。