名前は出さないで
「貴族令息は魔法が使えますから、身体強化を禁止したほうがいいと思います。身体強化を使ったらすぐに分かるような魔導具を身に付けて、その分を減点するとか、平民と一緒に競うことを前提に考えていただきますようお願いいたします」
興味深そうに、うなずきながら話を聞いてくださっていたブライアン様が、淀みなく説明するわたくしに疑問を持たれたようです。
「本当によくできた計画だ。今さっき思い付いたものとは思えないが、以前から考えていたのか? それに教えてくれた連携ゲームは、初めて聞いたものばかりだが、どこで知ったんだ?」
あぁ、調子に乗っていました。今さら思い付きといっても信じてはもらえそうもありません。
「ゲームについては、以前、冒険者から聞きました。いつか見てみたい、やってみたいと思っていましたので、順に思い出していくうちに……」
語尾を濁して、なんとなく察していただきたい気持ちを前面に出します。
「そうか、冒険者か。活動する際に連携が必要だから、それを養うためにやっているのかもしれないな」
一応、納得していただけたようです。
どうやらわたくしがいろいろ思い付くことは、この世界では知られていない新しいことが多いようです。わたくしが最初に言い出した、やり始めたということが明らかになると危険だということで、「誰々から聞いた」「誰彼がやっているのを見た」と言うようにと、嫌というほど繰り返し家族から言われています。今回は、冒険者パターンです。
「さて、本当は企画書に起こしてもらいたいところだが……」
ブライアン様がそうおっしゃると、ロクサナ様が空咳をしてブライアン様をキツくにらまれました。
「一応、メモを作成いたしましたから差し上げますわ。ここまで話すだけでも充分すぎるでしょう。そもそも本日の予定になかった話です。あとはブライアン様のほうでお取り計らいくださいませ」
「そ、それもそうだな。いや、思いがけず本当に助かった。ありがとう」
ブライアン様は、テーブルに両手をついて軽く頭を下げられました。
「お力になれたのなら幸いでございます。ただ、本日お話したことは如何様にお使いになっても構いませんが、わたくしの名前だけは出さないでくださいませ」
ブライアン様は公明な方のようですから、たとえ身分が下であっても他人の考えを自分のもののように語ることは許せないとお考えになるでしょうが、これは絶対に聞いていただかなければなりません。名前が出た途端、子爵令嬢が賢しらにと批判を浴びること必定です。子爵令嬢如きの考えなど考慮するのも値しないと思われるかもしれません。こんなお願いをすることになるとは思っておりませんでしたが、あまりにも身分に関係なく分け隔てのないご様子に、危機感を覚えました。
案の定、むっとして気分を害されたようですが、ジョアンナ様が宥めてくださいました。
「レティシア嬢に感謝しているなら、聞いてあげて。彼女にも立場があるし、あなたが気に入った計画でも、子爵令嬢の発案だと分かれば、それだけで反対する人が出てくるかもしれない。今日聞いた話を、本気で実現したいと考えるなら、あなたの自尊心にはフタをしなさい」
お二人の信頼関係が分かるようなご助言です。
そういえば、わたくしは従兄妹づきあいをしたことがありません。確か母方のノッティンガー子爵家に令息がいたはずですが……。今のところ困ったこともありませんが、普段から貴族令息とお会いすることが少なく、お二人の関係が少しだけ羨ましく思ったのと、自分の交友関係の狭さを改めて知った思いがいたします。
ブライアン様はジョアンナ様の言葉にハッとして、貴族らしく二分の笑みを浮かべたわたくしの顔を見て、諸々ご理解いただけたのでしょう。
「レティシア嬢、いろいろ申し訳ない。改めて自分がどれだけ理不尽なことを強制したのか、恥じ入るばかりだ。だが、せっかくの素晴らしい計画、なんとしても実現させてみせよう。それで許してほしい」
下位者に詫びることをためらわず、本当に感情を隠されない方です。妙に感心いたします。
ブライアン様のご気性なのでしょうが、無念そうなご様子にこちらが申し訳なくなってしまいます。最初からわたくしは自分の名前が出るとは思ってもおりませんでした。だからこそ図に乗ってペラペラお話ししたわけで、ここまで気にされると、わたくしの当初からの目的を言い出しにくくなってしまいます。
でも、それはここで言うことではありません。おそらく子爵令嬢に借りをつくったままではいられないでしょうから、機会を待ちましょう。
「いろいろなゲームを見せていただくことを楽しみにしております」
これでおしまいです。心からの笑みを浮かべて話を終わらせました。
思ったより時間がかかって、すでに夕刻です。急いで寮に帰らなければ、寮の夕食の時間に間に合いません。