2人3脚と馬跳びと
「要は、協力し合わなければ勝てない、身体を使ったゲームに強制参加させるということだが、それは模擬戦ではないのだな?」
少し考え込むようにしてブライアン様が聞いてこられました。
騎士科では、実践訓練の一つとして、敵味方に分かれて戦う模擬戦を行うことがあるそうです。チームで戦術を立てて一人ひとりがそれぞれの役割を果たしながら、相手方に勝利することを目指すようですが、わたくしが考えていることとは、似ているようでまったく違います。
「もっと単純に、身分に関係なく男子学生をいくつかの集団に分けて、みんなで同じゲームをして順位を競います。その順位点を足していって集団としての総合獲得点数を競うのです。全員が必ず何らかの競技に参加することはもちろん、リレー方式にすることで、突出した身体能力を持つ人だけが勝つことがないようにします」
一つの集団として他の集団と競うことで、身分も学年も関係なく一致団結しなければなりません。勝利という目標に共に向かうという点では模擬戦と同様ですが、一番の違いは、ゲーム自体が連携しなければ勝てないものだということです。
「リレー形式はまぁ分かるが、連携しなければ勝てないゲームって、なんだそれ?」
言葉で説明しようと思いましたが、肝心なところが理解されないかもしれないと思いましたので、まずは「ソラガメ」の裏庭で、実際に見ていただくことにしましょう。
個室を出る際にスタッフにお願いした紐を持ってきてくれた店のサブマネージャー、ケインズさんにも手伝ってもらうことにしました。ちょうどいいところで男手を得られました。
「忙しいところ悪いけれど、ちょっと変わったゲームをしたいから、手伝ってほしいの」
ケインズさんは急なお願いに驚いたようですが、またわたくしが何かを思いついたのだろうと、困ったような諦めの表情で承諾してくれました。
わたくしはケインズと並んで立って、互いに隣り合う内側の足をくっつけて足首の辺りを紐で縛りました。
「お嬢様! いったい何を!」
ケインズさんが慌てて逃げようとしますが、彼の足首をがっちり掴んだままでいると、態勢を崩したケインズさんは倒れてしまいました。
「はしたない真似だと分かっていますが、いろいろ考えてこのゲームが一番目的に適っているの。お三方にそれを説明するためだから、ちょっとの間、我慢して協力して頂戴」
高位貴族子女のお三方にわけの分からないことをさせてはいけないので、まずは自分が実際にやってお見せしようと思いましたが、ケインズさんには災難なことでした。
「レティシア嬢、俺が代ろう」
見かねたブライアン様から声がかかりますが、
「いえ、このゲームはコツが必要なんです。まずはご覧になっていてください。この状態で、あそこに積んである木箱まで行って帰ってきます」
立ち上がったケインズさんと、改めて並んで立って木箱の方に向かいます。
「申し訳ないけれど、肩を組んで頂戴。わたくしが“ソト・ウチ・ソト・ウチ”と声をかけるから、それに合わせて足を動かして前に進むの。歩幅とリズムが合わなければ転んでしまうから、わたくしの歩幅に合わせてね」
外側の足、内側の足をそれぞれソト、ウチと言いながら叩いて示し、「ソト・ウチ・ソト・ウチ。このくらいの早さでいくから、転ばないよう合わせてね」
せーのっ!
わたくしより頭一つ分背の高いケインズさんに抱えられるようにして、ソト・ウチ・ソト・ウチと足を揃え、歩幅を揃え、跳ぶようにリズミカルに、転ぶことなく、思ったより上手に駆け足程度の速度で行って帰ってこられました。それにしても、わたくしにうまく合わせてくれたケインズさんの理解力と順応力には感心するばかりです。サブマネージャーをお任せしているだけでは、もったいないのかもしれません。
「これは『二人三脚』と言います。お互いの呼吸と歩幅とリズムが合っていなければ、うまく前に進めませんし、転んでしまいます。つまり、二人が連携することが重要なんです。これを何組かのリレー形式で速さを競います」
元の場所に戻って、紐を解いてからお三方にそう説明すると、ブライアン様が一歩前に出て興味深そうに言われました。
「ケインズ、といったか。俺もやってみたいから付き合ってくれ」
わたくしの手にあった紐をするりと取って、ケインズさんに近づいていかれます。ケインズさんはわたくしに恨めしそうな目を向けてきましたが、にっこり笑っておきました。あとで何かお詫びとお礼をしなければなりません。
結局、身長がそう変わらない2人の二人三脚は、ケインズさんがうまく合わせて、ブライアン様は調子よく、わたくしたちよりずっと早く2往復ほどされました。リズムや歩幅次第でかなり早く走れることに気付かれたようで、しゃがんで足首の紐を解いているケインズさんの肩を叩いて楽しそうにおっしゃいました。
「なるほど。これはなかなか面白い。すまなかった。ありがとう」
「いえ、こちらこそ申し訳ないことでした」
その一仕事を終えて和やかな場の雰囲気を、わたくしの一声が壊します。
「では、もう一つのゲームです」
4人が、ぎょっとしてわたくしを見ましたが、もう一つ、やっておかなければならないゲームがあるのです。これは、令嬢にはちょっとできかねることなので、わたくしが実演してお見せすることができません。男性2人がいる、この機会にやってみていただいたほうがよいと判断しました。
まず、ケインズさんに腰をかがめてもらい、膝に手をついて姿勢を保ってもらいます。
「ブライアン様、ケインズさんの背中に両手をついて足を開いて跳び越えてください。跳び越えたら、その場所で今のケインズさんと同じ姿勢を取って、ケインズさんに跳び越えてもらいます。ケインズさんはブライアン様が跳び越えられたら、ブライアン様の背中に両手をついて足を開いて跳び越える。跳び越えた先でまた腰をかがめてブライアン様に跳び越えてもらう。これを3回ずつ繰り返してください」
ブライアン様もケインズさんも、わたくしの言う通りにしてくださいました。見ていると、ブライアン様はケインズさんの背中にぐっと力を込めてその反動で跳び越えていらっしゃいますが、ケインズさんはブライアン様の背中に軽く手を当てるだけで自分の跳躍力で跳び越えていました。相手が貴族ということもあるのでしょうが、ケインズさんの運動能力は侮りがたいと改めて思いました。
今まで考えたこともやったこともない初めての動きにもかかわらず、なかなかスムーズに跳んで馬になって、跳んで馬になって、跳んで馬になって。
背を伸ばしたブライアン様は乱れた髪をかき上げながら「これを延々続けるのか?」と、少し粗くなった呼吸のまま問われました。
「これは『馬跳び』と言います。かがんだ姿勢の人を“馬”と見做しています。例えば10人一組として、まず9人が馬となって1人が順にそれを跳び越えていきます。跳び越えられた人は端から順に自分も跳び越えていきます。最初の1人は9人目を跳び越えたら自分も馬になります。こうして馬と跳ぶのを繰り返しながらある一定距離を進む速さを競います」
「まるで修練だな。……他にもまだあるのか?」
苦笑いしながらも、まだ何かさせられるのかという疑惑と少しばかりの不安が籠った目でブライアン様が見てこられましたが、とりあえず実演はこのくらいでいいでしょう。あとは言葉で説明しても理解していただけるはずです。
この世界では、前世の記憶持ちが結構います。でも覚醒?している人は少なくて、なんか不便だな、と思っている程度。覚醒していても積極的に世の中を変えようという人は少なく、そのための知識も技術もないし、不便でも「そんなもんなんだ」と思って暮らしています。ただ、過去にトイレとシャワーは開発されました。それがなければ、いろいろ無理です……。
ちなみにレティシアは、前世持ちだと覚醒していません。