ブライアン様のお願い
「お待ちください。聞いておりませんわ」
「ブライアン、どういうこと? 今日は“あの方”の学生会入りを他の令嬢がどう考えるかを確かめるだけのはずよ」
ブライアン様の発言に、いら立ちを滲ませたロクサナ様とジョアンナ様の静かな声が続きました。
「いや、だから、令嬢はジョアンナたちに任せればなんとかなるということは理解した。だが、貴族子息たちがな……」
爽やか笑顔から一転して、苦々し気にそうおっしゃいました。
伯爵令息でありながら、ブライアン様はずいぶんと感情を豊かに表されます。これがブライアン様の個性なのか、従兄妹のジョアンナ様とご一緒だから気が抜けていらっしゃるのかはわかりませんが。
やはり問題は、マリアンヌ嬢を利用して高位貴族子女への反抗心を高めているように見える貴族令息たちのようです。たとえ令息たちの行動が、カトリーヌが言うようにマリアンヌ嬢の手並みによるものだとしても。
確かに、始まりはマリアンヌ嬢へのいじめに対する義憤だったのでしょう。でも、それが、自分たちが日ごろ感じている高位貴族子女への反感と結びついて、マリアンヌ嬢の不運や不幸な出来事すべてが高位貴族子女のせいというおかしな考えに固執していったように思えます。でも、そもそも、高位貴族子女が、たかが一男爵令嬢をそこまで気になさっていたのでしょうか。
ともかく、マリアンヌ嬢が、高位貴族子女が中心になって運営する学生会入りすると、彼らは権力に物を言わせて彼女を取り込んだと考えることでしょう。そしてマリアンヌ嬢が自分たちから取り上げられた、あるいは今までの自分たちの行動を否定されたと思って、高位貴族子女への反発心は、ますます高まると推察されます。
ただ、件のお茶会でブライアン様が忠告なさったことを理解した令息もいるはずですから、騒ぎ立てる令息は少ないのではないでしょうか。
「その対応も考えずに、“あの方”の学生会入りをお決めになったんですの?」
「令息を抑えるのは、ブライアン様方のお役目でしょう」
「レティシア嬢には、関係ないことでしてよ」
言い募るジョアンナ様とロクサナ様を両手で制しながら、うろたえたブライアン様は早口で説明されました。
「こちらに非があることは認める。だが、一部の跳ね返り者を放っておくこともできないんだ。どう説明したところで、被害者意識に凝り固まった彼らが納得するとは思えない。イェルク殿下もほとほと困り果てておられるんだ。もちろん、レティシア嬢に問題を解決してほしいなんて考えてもいない。先ほど聞いたように、出来事や人の発言の背景や意図を理路整然と考えられるレティシア嬢なら、なにか別の視点から解決の糸口を思いついてくれるんじゃないかと……」
しかし、話すうちにどんどん項垂れていかれます。
「あ、いや……。どう言葉を繕っても、図々しいな。本末転倒だった」
最後はがっくりとして、頭を左右に振られました。
「子爵令嬢だから、都合よく使っていいとでもお考えになりました?」
ロクサナ様が立ち上がって、ブライアン様の頭上から容赦ない言葉をかけられました。
「本日の用向きも済みましたし、出ましょうか。さ、レティシア嬢も」
続いてジョアンナ様も立ち上がって、わたくしを促してドアに向かおうとなさいましたが、
「あの……。お待ちください」
わたくしは、立ち上がって二人をお止めしました。
お二人がわたくしのことを考えて、ブライアン様を阻止されたことをうれしく思いました。わたくしが関係すべきでない問題でしたし、伯爵令息が権威を振りかざして子爵令嬢に要求を呑ませようとすることは、今問題になっている下位貴族子息たちが抱えている不満の大本なのですから。問題解決のためと称して、同じことをしようとした皮肉さに、ブライアン様ご自身も気づかれたようです。
でも、問題を解決できるとは言いませんが、少し思い付いたことがあります。また、ブライアン様のシュヴェリーン伯爵家の産業も思い出しました。一瞬、「ポンコツが余計なことを……」という弟の声が聞こえたような気もしますが、気にしないことにします。ちょっと楽しくなってきましたので。