学生会入り
年頃の、しかも伯爵令息の「俺」呼びにちょっとドキドキしました。使用人や街中の人たちはともかく、父や祖父、商会の人たちなど、身近に接する大人の男性が自分を俺呼びするのを聞いたことがないので、ひどく新鮮でした。
それはそうとして、これまで接点のなかった子爵子女に、伯爵令息がいったいどんな御用があるというのでしょうか。
「彼女は、学生会で引き受けることになった」
あぁ、なるほど。貴族令嬢としての素養がないとして、2つの派閥から拒否されたマリアンヌ嬢が、他の令嬢たちに受け入れられることは難しいでしょう。とはいえ、仮にも男爵令嬢。平民として扱うわけにも、放置するわけにもいかないとなれば、どこか“所属先”が必要になるのでしょう。
学生会は、学院の学生による自治組織で、主に3年生の高位貴族子女が中心になって、雑務は下位貴族や平民の優秀者が行っています。学院内の問題を解決することも活動内容に含まれているので、あながち無理筋というわけでもありません。ちなみに、昨年はイェルク殿下が会長を務め、今年は名誉顧問として役員に名を連ねていらっしゃいます。
「そうですか」
それで? 続きを促す意味を込めて、小首をかしげてブライアン様を見れば、
「えっ? それだけ?」
はて? 他になんと言えと? 彼女に対応しなければならない学生会役員の方々にはご同情申し上げますが、そんなことをいうわけにもいきません。
続きをお聞かせいただきたくてそのまま待っていれば、
「いや……。彼女が学生会入りすることに疑問はないのか?」
とびっくりしたように返されました。
上つ方々が決められたことに烏滸がましくも疑問を抱いて恥をかいた、先ほどまでのわたくしの姿をお忘れなのでしょうか。表情を変えまいと思っても、思わず眉に力が入ってしまいました。
そんなわたくしたちの嚙み合わなさに、ロクサナ様はこみ上げてくる声を抑えきれずクックックッと笑い、ジョアンナ様は冷笑を浮かべておられます。そんなお二人に凝視されたブライアン様は、気圧されたように
「いや、だから、今以上に令嬢たちから反発を買うのではないかとか、だな……」
伯爵令息のしどろもどろの様子など、なかなか見られるものではありません。興味深く見ていると、まだ笑いの収まらないロクサナ様が
「“あの方”が学生会入りすることをあなたが納得した理由について、察しの悪い伯爵令息に説明してあげて?」
と言って、いたずらっぽい笑みを向けてこられました。
なんということをおっしゃるのでしょうか。またわたくしに恥をかけと⁈
ブライアン様の発言の際は何とか我慢しましたが、今度は間違いなく眉をひそめてしまいました。そんなわたくしを気にすることなく、ロクサナ様は笑顔のまま手のひらをブライアン様に向けて動かされます。さぁ、さぁ、と。
思わずため息が出てしまいましたが、仕方なく、先ほど「マリアンヌ嬢を学生会が引き受ける」と聞いたときに思ったことを言葉にすると、ブライアン様は、今度は腕を組んで考え込まれてしまいました。
いったいどうされたのかと、ロクサナ様とジョアンナ様を見れば、どうしようもないというように、お二人そろって首を横に振られます。
しばらくして、大きく息を吐いたブライアン様は、わたくしに向かってテーブルに身を乗り出されました。
「貴族令嬢であれば、普通にそういうふうに考えるものか?」
「? 普通かどうかはわかりかねますが、これまでのことを考えれば理解できることかと存じます」
はて? ブライアン様が何を問題にして、何をお聞きになりたいのかがわからなくて、やはり首が傾いてしまいます。
「ある程度の学生に前もってお話ししておけば、令嬢たちも心静かに受け入れると思いますわ」
ロクサナ様がその場の雰囲気を補うように、にっこり笑っておっしゃいました。
ロクサナ様のおっしゃる意味はわかります。今後、余計な揉め事が起こらないよう、マリアンヌ嬢を学生会入りさせることにしたと高位貴族令嬢の間で話しておけば、そこから下位貴族令嬢に伝えられて、不満や妬みなどがあっても貴族令嬢があからさまに騒ぎを起こすことはない、と。まぁ、多少の当て擦りや嫌味はあるでしょうけれど。
「はーーーっ、そうなんだな。よーっくわかった」
しばらく考え込んだ後、ブライアン様は、再度大きく息を吐いて、きまり悪そうに頭をかいて、二人の令嬢を見てうなずかれました。
「よしっ! それでだ。改めて、レティシア嬢に知恵を借りたいと思う」
そう言って、わたくしを見て、ブライアン様がさわやかな笑みを浮かべられました。
その笑顔に、先ほどのロクサナ様のような、逃がさないという圧を感じるのですが……。