あの時の疑問
背中に嫌な汗をかき始めました。なかなか言葉が出ないわたくしに、ロクサナ様の笑顔の圧が増していきます。こうなってしまえば、話さないわけにはまいりません。本当に考えなしに小賢しいことを考えたあの日のわたくしを叱りつけたい気持ちです。
でも、いきなり結論を言ってしまっては、上つ方々のお考えを否定することになりかねません。長くなりますが、ここは覚悟を決めて、わたくしが何をどう考えたのかを順を追ってお話するしかないでしょう。
「あの……、えーーー。疑問に思ったのは、ですね。件のお茶会が3日前だったということです。先日のお茶会は、こちら(ボルグバーン侯爵派)でもあの方を招いたお茶会を開催するための情報交換の場として、当初は設定されたのではないかと思ったのです」
視線を自分の前に置いてあるティーカップに据えて、震えあがる心が表に出ないよう、なるべく平坦に話すよう心がけました。
3日違いの2つのお茶会は、準備期間から考えて、ほぼ同時期に開催が決められたということです。マリアンヌ嬢と他の令嬢の親睦を目的としているなら、その機会は多いに越したことはありません。一度に大勢が集まって顔を合わせる場よりも、少人数の集まりで親しく過ごすほうが気の合う友人を見つけやすいものです。ですから、当初は、小さなお茶会を、不自然にならないよう期間を置いて、何度か開催する予定だったのではないでしょうか。最初は、エリザベト嬢の派閥で、次はロクサナ様の派閥、3回目の予定もあったのかもしれません。
本来であれば、件のお茶会は、マリアンヌ嬢の人柄や興味を示した話題、食べ物や飲み物の好き嫌いなどを見定めて、2回目以降のお茶会でより気安く過ごせるようにするためだったと思うのです。ですので、当初、ロクサナ様のお茶会は、件のお茶会を受けて、マリアンヌ嬢を招いた2回目のお茶会開催を申し付かる場として設定されていたのではないでしょうか。
元々タンガ男爵家はどの派閥にも属さず、親しい貴族家に年頃の子女がいないことから貴族子女の付き合いを知らなかったといいます。貴族令嬢のマナーについては、親戚の夫人から学んだそうですが、1年やそこらで身に付くものではありません。そうした状況ですから、マリアンヌ嬢に貴族マナーや知識が足りないことは、ある程度織り込み済みだったはずです。
たかが一男爵令嬢に対して破格の扱いですが、エリザベト嬢のお名前にかけて、マリアンヌ嬢を貴族令嬢社会にうまく溶け込ませなければならないのです。失敗することは許されないはずでした。だから、不思議だったのです。
「件のお茶会の失態で、“あの方”が貴族令嬢としてのマナーも知識も持ち合わせていないことが明らかになりました。でも、庶子で、貴族令嬢教育を受けていないと考えれば、2回目以降のお茶会で、それを教えながら貴族令嬢としての心得を伝えるというやり方を取ることもできたのではないかと思ったのです。エリザベト様の面目がかかっているというのに、なぜその方法が取られないのか、疑問だったのです」
考えが浅く、諸々のことを理解するのに時間がかかるわが身が情けなく、うなだれて顔を上げる気力もありません。
「わたくしごときがエリザベト様とロクサナ様のご意向を思い見ようとしたことが、いかに僭越だったかと恥じ入るばかりです。ご招待いただいた時期からお茶会までの間に、わたくし共にお話しにならない何かがあったのだと存じます。その結果が先日のお茶会のお知らせだったのに、それに疑問に思うなど、おこがましい真似をいたしました」
椅子にかけたままでしたが、深く頭を下げました。
ロクサナ嬢の“あの方”呼びの意味を、もっとしっかりと考えるべきだったのです。噂でしか知らないわたくしと違って、上つ方々は、もっとしっかりとした情報をお持ちになった上でご判断なさっていたはずです。なにか、ネヴィル公爵派とボルグバーン侯爵派からの完全拒絶を決断するだけの、余程のことがあったに違いないのです。そのことに思い至らず、いたずらに好奇心に踊ったことが悔やまれてなりません。
しかし、話し終えてみれば、わたくしの考えを述べただけで、それ以前にもなにか行動を起こしたわけではないのです。お叱りを受けるようなことはないことに気が付きました。では、わたくしのこの話は、この後に続くであろう「お願い」にどのように続くというのでしょうか。
そんなことを考えていたら、ブライアン様が大きく息を吐かれました。
「子爵令嬢が、そこまで考えるのか……」
そう言って、困ったように、頼りなさげに額を掴んで上を向かれました。
?? ブライアン様のおっしゃる意味がわかりません。
キョトンとしていると、ロクサナ様とジョアンナ様の忍び笑いが聞こえてきました。
「気にしなくていいわ。貴族令嬢の社交の一端を見て怯えているだけだから」
顔を見合わせて、同じような一癖ありげな笑いを浮かべているお二人は、かなり仲が良さそうです。
「あなたが考えたように、“あの方”に関しては――」
「いえ、結構です! 何があったか、わたくしが知る必要はありません! 知りたくありません!」
失礼ではありますが、ロクサナ様の言葉にかぶせて、断固聞きたくないことを主張しました。余計なことは知らないに限ります。子爵令嬢ごときに抱えきれないことを寄越されても困ります。
思いのほかわたくしの声が大きかったことに驚かれたようですが、「それもそうね」と話を収めてくださいました。
「改めて挨拶させてもらおう。ブライアン・シュヴェリーンだ」
気を取り直したかのように、椅子に掛けたまま姿勢を改めたブライアン様からお声をかけていただきました。
「お初にお目にかかります。レティシア・モリンベルでございます」
わたくしも椅子に掛けたままですがお辞儀をいたしました。
「実は、今日は、俺のほうに確認したいことがあって来てもらった」