貴族とは
この国では、一言で貴族といっても、伯爵以上の高位貴族とウチのような子爵以下の下位貴族の間には、深くて暗い川があります。
高位貴族は、代々高い官職に就いているとか、国土の主要地域に広い領地を持って高い経済力を有しているなど、国政に大きな影響力を持っていらっしゃいます。下位貴族は、高位貴族の一門として領地の一部を任されていたり、高位貴族より狭いものの単独で領地を拝領していたり、領地を持たず官僚や役人として公職に就いているなど、その在り方はいろいろです。
それぞれ責任の範囲と重さは違うものの、共に国家運営に関わる存在として、貴族には君主への忠誠・名誉と礼節・弱者の守護が求められます。
序列を秩序だったものとして示すための社交儀礼には、下位貴族に課せられる制限も多いのですが、わたくしたちが高位貴族に対して腰を低くするのは、その権力や経済力におもねっているのではなく、国を支え、導くために多大な労力を費やし、重い責任を担っていることに対して敬意を表しているからです。高位貴族の力の源には、下位貴族の働きが欠かせないのですから。
このことを理解していない高位貴族が少なからずいらっしゃいますが、そうした方々は下位貴族からも軽んじられていることをご存じないのでしょう。
とはいえ、実際のところ、高位貴族の高邁な考えは、所詮下位貴族には計り知れないものです。なにかおかしいと思うことがあっても、そこには深謀遠慮があるのかもしれません。ですから、どんな場でも不敬に当たらないよう高位貴族には頭を低くして、小賢しい真似などしないよう、下位貴族のおウチでは、それはもう、キ・ビ・シ・ク、幼いころから教育されるのです。
下位貴族が高位貴族に表立って反抗するなど考えられないはずなのですが、貴族の子女が学ぶ王立学院において、このところ、その火種がくすぶっているように感じられてなりません。若さゆえ、でしょうか。
王立学院には、貴族であろうと平民であろうと等しく学ぶ場である、という建前があります。しかし現実は、まさに社会の縮図。貴族の階級間、また貴族と平民に厳然たるヒエラルキーが、それはもう、頑然と存在しています。気高い高位貴族に下位貴族や平民はへりくだって敬うのが当たり前の状況なのです。
高位貴族子女の中には、実家の権力を笠に着ることに疑問を持たない方々が、ある一定数いらっしゃいます。下位貴族や平民に対して自分勝手な言い分を通すことで、自分が社会に選ばれた重要な人物であることを示そうとする“多少”の嫌がらせやいじめもあります。でも、大方は底の浅い言動なので、下位貴族や平民が我慢できない、許せない、というほど大事になることはありません。いじめや嫌がらせが耐えられる範囲であれば、表面化することはなく、そんなことはなかったことにすることで、身分に関係なく切磋琢磨する場という学院の秩序と存在意義が保たれているのです。
当然のことながら、成績や実績においては、多少の忖度はあるものの、おおむね公平に評価されています。身分ではなく個人としての努力や成果が認められることが、理不尽に耐えざるを得ない下々にとって“救い”になっております。王国の未来を担い、国力向上のための人材発掘・育成という王立学院設立の大義の前では、実家の権力にものを言わせて下駄を履かせてもらったなどというのは、貴族社会においても不正として忌避されることです。そもそも「王立」である以上、教師共々そのようなことに加担したと明らかになれば、国王および王国への反逆と捉えられかねないのです。
長年、そうした状況で❝安定していた❞学内の風紀が、今年入学したタンガ男爵家の庶子、マリアンヌ嬢の周りで揺らぎ始めました。
ちなみに、正式には「タンガ男爵令嬢」とお呼びするべきですが、学院内には分家筋など同じ家名を名乗る方が複数いらっしゃる場合があります。爵位が異なっていることも多く「カールズレイン伯爵令嬢」「カールズレイン男爵令嬢」など紛らわしいので、学院内ではお名前+嬢、お名前+様呼びが一般的です。令息の場合は、すでに爵位を継いでいる方には爵位によって閣下、卿などと呼び分けなければならず、さらに紛らわしいため、お名前+様呼びです。
背は高からず低からず、緩くウェーブしたストロベリーブロンドの髪をハーフアップにまとめ、くりっとしたエメラルドグリーンの目がいつも潤んでいるように見えて、なぜか庇護欲を誘う風情のあるマリアンヌ嬢は、当初、目立つ存在ではありませんでした。なんといっても、今年は、最終学年に進まれた第三王子のイェルク殿下の婚約者、ネヴィル公爵家のエリザベト嬢という最高位貴族の子女が入学されたのです。どのような意味であろうと、エリザベト嬢以上に目立つ存在などいてはいけなかったはずなのです。
ところが、新学期が始まって3カ月くらい、1年生のマリアンヌ嬢がいじめにあっていて、内容が、事細かに知れわたり、学院一の❝有名人❞になっていました。
初めて投稿いたします。
多分30話くらいで終わるはず。お付き合いいただければ幸いです。