7.発明王
「お嬢様、なにやら不審人物がおります、少々お待ちください」
馬車に乗って自宅に帰ると、屋敷の門の前に1人の男が立っていた。
貴族にしては貧相で、平民にしては清潔感のある、おそらく最近増え始めた富裕平民の青年だろうか。
青年はこちらを見るなり、「あの」と声を上げて、頭を下げて話しかけて来た。
「すいません、僕っ、いえ、ワタクシっ、町工場を経営しております、レヴォルト・ニューベンチャーと申します、どうかヴォーパル公爵にお取次ぎ願いませんでしょうか!!」
レヴォルト・ニューベンチャー、その名前は聞き覚えがあった。
今はまだ無名だが、私が処刑される8年後には〝発明王〟と呼ばれ、画期的な発明を沢山生み出し、世界一の億万長者になっていた人だ。
革命とは直接的に関係はしないものの、彼の活躍が平民の力を強めて、結果的に貴族の権力を弱体化させる事になった訳だし、そういう点では敵とも言えるかもしれない人だ。
「レヴォルト・ニューベンチャー、発明王、そんな人がいったい我が家になんの用でしょうか・・・?」
私は馬車の中から顔を出して男にといただすと、レヴォルトは慌てて頭を下げて答えた。
「発明王だなんてそんな、周りが持ち上げてるだけです、僕っ、ワタクシは、ヴォーパル公爵様に支援してもらいたい発明品があって、それを頼みに参った次第であります、どうか、話だけで聞いて頂けませんでしょうか」
そう言ってレヴォルトは私に深く頭を下げて頼み込んだ。
普段なら突っぱねるような相手だったが、私は夢の中でレヴォルトが発明王になると知っていたので、ここで恩を売るのは何かの役に立つと思い、レヴォルトを招き入れる事にしたのであった。
「・・・分かりました、ではお話を聞きましょう、付いてきてください」
「・・・という訳で、ワタクシが開発した蒸気自動車を量産する為の工場を作る為にヴォーパル公爵様に融資をお願いしたいのと、また、蒸気自動車の普及の為の法律の改正や、教会からの許可を頂きたいのですが」
「Zzz・・・」
「お嬢様、起きてください」
私はシンデレラに肩を揺さぶられて目を覚ました。
会話は殆ど理解出来てなかったが、言いたい事は分かっていた。
「はっ・・・・、えーと、蒸気自動車を作りたいという話出したね!、とっても素晴らしいと思います!、私、感動しました!!」
とりあえずべた褒めしておく、未来では蒸気自動車は貴族社会から疎まれて、それが貴族と平民の対立を生む一因にもなっていたが、レヴォルトが発明王になる以上、否定する理由は無かった。
「では、この話をヴォーパル公爵様にも取り次いで頂けますでしょうか、もちろん協力の暁には、アンジュリエット様への見返りも惜しみません!」
と、レヴォルトは喜び勇んだ様子だったが、正直私はこの話をパパにしても受け入れられるとは思えなかったので、どうしたものかと一瞬だけ思考し、シンデレラに丸投げした。
「あー、えーと、シンデレラはどう思った?、私は蒸気自動車は未来の乗り物って感じでとても素晴らしい発明だと思うのだけど・・・」
「・・・そうですね、確かに画期的で先進的な、とても素晴らしい発明なのでしょう、ですが、これを今の世の中に普及させるには、障害がいくつかございます」
「障害?、いったいどんな問題があるのですか?」
私の質問にシンデレラは丁寧に解説してくれた、シンデレラは私の家庭教師役でもあるので、こういう解説は手馴れたものなのである。
「先ず、この国において乗り物を持っているという事は一種のステータスなのです、馬や飛龍など、こういった乗り物は所持するだけでも平民が一年働く以上のコストがかかります、だからこそ貴族は乗り物を所有する事で平民に対しての優位性を保つ事ができて、尊敬される存在になれるのです、ですが平民がコストのかからない機械の乗り物を手に入れてしまえば、それは旅行や運送と言った、貴族が特権的に手にしている利益を損なう事になり、それは貴族階級からの大きな反発を生む事になるでしょう」
「・・・えーと、よく分からないけど、車が普及したら貴族が損をするって事?」
「貴族が持っている既得権益が損なわれます、例えば道路の真ん中を通る権利や、人より早く目的地に到着する権利、と言ったものが、車の普及によって無くなるという話です」
「あー、なるほど、車が普及する事で皆が早く移動できるようになったら、それは確かに貴族にとっての損になる、って事か、他には?」
「次に宗教上の法律の問題が障害となります、セイクリッドソード王国では厳格な身分の階級社会であり、平民は奴隷同然の生活を送る事を教義としております、それを車によって大きな〝自由〟を与える事は、教会組織が黙っていないでしょう」
「あー、〝平民は道の端を使うべし〟とか〝 貯金はするべからず〟とか、そんな感じのきつい法律があるんだっけ、だったら結局、平民は車を持てなくて、それで貴族は車を使わないって話になる訳か・・・」
「お見事ですお嬢様、珍しくきちんと理解出来たようで、私も鼻が高いです」
「ま、私もたまにはね、でも、それだったらどうやったら蒸気自動車を普及させられるの?、こんな素晴らしい発明を使わないなんて、とても勿体ない事だと思うんだけど」
「・・・それですがお嬢様、はっきり申せば、この国で蒸気自動車を普及させる事は不可能でしょう、乗り越えるべき障害とは世の中の仕組みそのものですから、それを覆すにはそれこそ革命しか無いという話です」
「え・・・、そんな、だって、こんな素晴らしい発明品を否定するなら、それこそそんな世の中はおかしいって革命されるような話じゃないの!?」
「確かに、それもまた正しい道理ですが、ですが、それでも世の中には実現出来る事と出来ない事がある、蒸気自動車の普及とは、この国に於いては実現不可能なものであるかと思われます」
「そんな・・・」
そこで私は、一つの答えを知った気がした。
セイクリッドソード王国が革命されたのは、新しいものを受け入れられないこの古いしきたりのようなものに大きな原因があるのでは無いかと、ここで初めて一つの疑念のような物を抱えるようになったのだ。
今まで知らなかった知識を〝 学ぶ〟事で、この国の問題がどこに存在するのかという疑念を、ようやく抱えるようになったのである。
そして私たちの会話聞いていたレヴォルトは、申し訳無さそうに告げた。
「あの、やっぱり、無理ですよね、全ての民が乗れる乗り物を発明するなんて、そんなのそもそも破綻してますよね、ごめんなさいアンジュリエット様、余計な手間をわずらわせてしまい、この埋め合わせは必ずします、それと、僕の発明を素晴らしいと言ってくれた事、一生忘れませんから!!」
そう言ってレヴォルトは広げていた資料をカバンにしまって立ち去ろうとする。
確かに、ここまでの話を聞いたならば、車をこの国で普及させる障害が余りにも大き過ぎて、それは実現不可能だと思うのも仕方ないだろう。
でも私は知っているのだ、8年後の世界では車は当たり前のように使われて、そしてそれを貴族たちもこぞって利用している事を私は知っている。
だから、この発明は無駄骨にはならない。
だから、ここで手放す訳にはいかないのである。
───────そこで、私は一つのひらめきを思いついた。
何か〝 キッカケ〟があれば、蒸気自動車はみんなから受け入れられる。
ならば。
「そうだ、ならその蒸気自動車で、カボチャの馬車を作る事は出来ませんか!!」
文明レベルは中世~近世の移り目くらいです
具体的には1870~1890年代くらいのアメリカの南北戦争や日清戦争が起きる手前で、ヴィクトリア朝全盛期くらいの文明レベルの中に
魔法や蒸気機関といった独自の技術が進歩している
そんな世界観です
人権意識だけは古い封建社会であり、当時のヨーロッパ的ではありません、アンシャン・レジームに近いです
ここだけ補足させて貰います