3.アン・ハピハピハピ・バースデー
「今日はようこそおいで下さいました、王女殿下、我が娘アンジュリエットの10歳の誕生日会に来て頂き、誠に感謝申し上げます」
そう言って父は恭しく所作に則った一礼をして主賓、つまり今日招待されたお客様の中で一番偉いお客様である王女殿下に挨拶をした。
第1王女、アリス・エクス・セイクリッドソード、彼女は私と同い年の王女であり、家族ぐるみの付き合いのある私の親友だった。
それに応えるようにアリスも一国の王女に相応しい洗練された所作で返礼する。
「お招き頂きありがとうございますヴォーパル卿、大切な友人のめでたき日にお招き頂いた事、こちらこそ感謝申し上げますわ」
まだ9歳なのに一人前の淑女にも劣らないような非の打ち所の無い完璧な一礼。
一国のお姫様に相応しい、そんな立ち振る舞い。
そんな見慣れた仕草が、なんとも言えないくらい私の胸を締め付けた。
・・・おかしい、別に、夢を見ただけなのだから、私はアリスちゃんと8年間も生き別れになった訳でもないのに。
それなのにアリスちゃんの顔を見た瞬間、久しぶりの再会を果たしたような感動で、私は抑えきれない感情に衝き動かされるままに、人目をはばからずにアリスちゃんに抱きついてしまった。
「うわあああああああああああああああん!!、アリスちゃん!アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃあああああああああああああああああん!!」
「え、ちょっと、アンちゃん!?、そんな泣くほど喜んでくれるなんて!、何かあったのですか!?」
「だって、アリスちゃんの顔を見たら、嬉しくて、悲しくて、うわあああああああああああああああん!!」
アリスちゃんは今日から2週間後のアリスちゃんの誕生日に、誕生日会を襲ったわるものに殺されて死ぬ。
それがただの夢だと思っていても、その夢の中で感じた喪失感や悲しみは今も私の中に残っていた。
だから私は、アリスちゃんと8年振りの再会を果たしたような錯覚を覚える程に、アリスちゃんの姿を見て感極まったのである。
そんな私の奇行を、他の来賓も、父も、アリスちゃんの従者も、皆が私が気が触れたのだと思って注意するが。
アリスちゃんは私の涙と鼻水で立派なドレスが汚れるのも構わずに、私を離さなかった。
「アンちゃん・・・、何かあったのならば、後で聞かせて頂けますか、わたくし、今日は夜まで一緒にいられますから」
「・・・明日の朝までじゃあダメかな?、夜までだと足りないかも・・・」
「まぁ、たった1ヶ月ぶりなのにそんなに話が積もってますのね、・・・分かりました、では今日はアンちゃんのお屋敷にお泊まり出来るように掛け合ってみますね」
アリスちゃんはそう言うと、同行してきた従者に何やら言付けをしてお使いに行かせた。
おそらく今から外泊する旨を国王陛下に報告するのだろう。
国王陛下には私もそれなりに気に入られている関係であり、父も公爵で枢機卿という高い地位についている以上、そこに外泊する事には恐らくなんの問題も無いだろう。
何より私は、アリスちゃんのただひとりの友人であり、そしてアリス王女のお気に入りだったのだから。
そして私にとってもアリスちゃんとは、生涯でただ一人の友人であり、かけがえの無い存在だったのである。
───────シンデレラが言っていた私にしか出来ない事、それがアリスちゃんの友達で居続ける事であり、ひいては外交や国政に影響力を持てるような友好関係をきずく事だと、私は教わった。
だけどそういう事を抜きにして私は、今日はアリスちゃんと一緒に過ごす時間をめいいっぱいかみしめたいと、そう思ったのであった。
「アン様、こちら大粒のダイヤでこしらえた最高級の宝剣です!」
「アン様、こちらは遥か海の彼方にある大陸から取り寄せた、七色の蝶で彩ったブーケでございます!」
「アン様、こちらは名匠、アホクサイ先生が残したと言われる名画でございます!」
誕生日会が始まると、私は求婚目的の貴族の子息達からプレゼントを渡されていた。
今の時点での私は、王女のお気に入りの公爵令嬢であり、政略結婚の相手としての価値はかなり高い、という訳である。
だが私はなんの心もこもってない形ばかりのプレゼントを渡されても全く嬉しくなかったので、「その辺に置いといて」と口に出そうとし、踏みとどまった。
(・・・そうだ、ここで不満だらけでプレゼントを受け取らなかったせいで、ここにいる男の人たちはみんな私にプレゼントを渡すことを諦めて、誕生日会には誰も来なくなるんだ・・・)
誰もいない誕生日会、そんな存在してはいけない切ない記憶が思い起こされた。
それを思い出した私は、記憶に引っ張られるままに涙が流れた。
だから私は「その」まで出かかった言葉と、不機嫌を表した表情を踏みとどまって、無理やり笑顔を作って、泣きながら言ったのである。
「まぁ!、なんて素敵なプレゼント!!、こんな素敵なプレゼントを貰えるなんてきっと、私は世界一の幸せものですね!、どれもこれも、仮に私が他国に嫁に行く事になっても家宝として、末永く大切にさせてもらいますね!!」
「────っ、まさか、俺のプレゼントでそこまで喜んで頂けるなんてっ!!、アン様どうか私と結婚してくださいっ!!」
「おいっ!、抜け駆けしてんじゃねぇこのロリコン野郎!!、アン様、こんな変態ロリコン野郎より、俺の方が年が近いですし裕福ですよ!、一生苦労はさせません!!だから俺の所に────」
「いやいやアン様、俺がこの中で一番金持ちでイケメンでアン様に相応しい男です、絶対幸せにします!!、一生かけて守ります!!、だからアン様、どうか俺をあなたの婿にしてくださいっ!!」
そんな私の態度に男たちはこぞって求婚してくるわけだが、正直私は恋に憧れている年頃であるゆえに、政略結婚をする気は無かったのでやんわりと断った。
「ごめんなさい、まだ私、10歳なので、結婚する事は出来ません、それでは失礼しますね」
そう言って私は受け取ったプレゼントをシンデレラに渡すと、今度はいやいや招待されて来たらしい、〝お付き合い〟で来ていた他の招待客の男の子や女の子にも声をかけて、一人ずつ手渡しでプレゼントを受け取りに回ったのであった。
こうして招待された貴族の子息子女や子弟を回るとパーティーも終盤に差し掛かるくらいの時間が過ぎて、私も汗をかく程に疲労していたが、一度シンデレラに頼んで体を拭いてもらいお色直しをして、改めてパーティーに参加したのである。
「・・・お疲れ様ですアンちゃん、いつもはもっとぞんざいな態度なのに、今日は別人みたいにおしとやかにしてますのね、わたくし、ちょっと驚いてしまいました、それに謝らせてくださいまし、わたくしはアンちゃんの事、分かってるようで何も分かってなくて、ただ見くびっていただけでした、ごめんなさい」
招待客への声掛けを終えて主賓席に戻ると、ずっと私の様子を見ていたらしいアリスちゃんから急に頭を下げられて、私は戸惑った。
確かに今日の私の態度は、私をよく知る人間から見れば見るほどに、不可解で異常に映った事だろう。
だから私はアリスちゃんにフォローを入れた。
「そんな!、アリスちゃんより私の事分かってる人なんていない!、パパやママよりもアリスちゃんの方が私の方が分かってるもん!、だってアリスちゃんのプレゼント、私が大好きだって話した白馬の騎士様の絵を描いてくれたんだよね、アリスちゃんのプレゼントが私にとっては一番嬉しいんだもん!!だからアリスちゃんが一番だよ!!」
「えっ・・・?、アンちゃんはまだそのプレゼントの包装を解いてはいませんよね・・・?、なのになぜ、私が描いた絵を・・・?、うぅ・・・、アンちゃんはこんなにもわたくしの事を理解しているというのに、わたくしはなんて至らないのでしょうか、アンちゃんに合わせる顔がありませんっ・・・!」
そう言ってアリスちゃんは両手で顔を隠した。
私はどうすればアリスちゃんの誤解を解けるのか考えたが、大勢の人間がいる前で〝夢〟の話をする訳にはいかない、それを話せば未来を知る人間として命を狙われる危険を伴うとシンデレラを釘を刺されていたからだ。
なので私はたまたま閃いたその考えを、思わず口に出した。
「・・・そうだ!、アリスちゃん!、じゃあゲームをしよう!、ゲームをしてアリスちゃんが勝ったら、それはアリスちゃんが誰よりも私を理解しているって証明できる、そんなゲームを!!」
「ゲーム、ですか・・・?」