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不穏でしかないパーティーですわ

 サルメライネン公爵邸の使用人達は、女主人を失って以来十数年ぶりとなるパーティーの準備に連日連夜遅くまで取り掛かり、なんとか賓客たちをもてなす手立てを整えた。


 幸いな事に大富豪である公爵家は金に糸目をつけず、必要な物を全て優先的に抑える事が出来た。


 急な招待にも関わらず、げにも珍しいサルメライネン公爵邸への招待に応じぬわけにはいかないと、招待状を受け取ったほぼ全ての客達が応じるという盛況ぶりだった。

 公爵邸の前には馬車が長蛇の列を成し、出迎えるフットマンがどんなにか手際よく応対しようとも、容易にさばききれるものではない。


 ヒュルケの専属執事であるエルディは、公爵家の執事とはまた別の立場であった為、幸いにして自らが準備に追われることも無かったわけだが、ヒュルケの指示を取り継ぐ役目を担っていた為、使用人達に伝える際には工夫を凝らし、彼女の指示をそのままには伝えずにセンスと手際とを考慮した上で伝えていた。


 それ故に、彼こそがこのパーティーの真の主催者であると言っても過言ではない。


 次々と訪れる賓客達を出迎えるヒュルケの側で、誰がどのような立場の者かをこっそりと伝える役目もまた、エルディの仕事であった。


「実に有能な男だな」


 ヒュルケの父であるサルメライネン公爵が、白髪交じりの髭を撫でつけながらエルディを誉め称えたので、ヒュルケは自慢げに「そうですの、エルディは優秀で素敵でしょう?」と微笑んだ。


 公爵は背が高く、体つきもがっしりとした武骨なまでに武人らしい男であった。

 家柄で結婚相手を選ぶしきたりのある貴族には珍しい程の愛妻家で、ヒュルケの母を亡くした傷が癒える事無く、また、癒そうという気もなく、「例え心の傷であろうとも、傷は全て男の勲章である」と無理やりな言葉を宣って、後妻を娶ることをしないと明言した男だ。


 ヒュルケの母である亡き公爵夫人は、算術に明るく領地の管理だけでは飽き足らず、様々なビジネスへと手を伸ばした。

 農産物や資源の豊富な領地は更にうるおい、領民たちも幸福となり、巨万の富を得た為、領地には学業を学ぶ多くの施設が設けられた。


 公爵夫人亡き後にそれらの業務を引き受けたのは、公爵家に居るもう一人の執事カレルヴォである。彼はエルディとは異なり、長い下積み期間を経て公爵家の執事にまで上り詰めた男だった。

 公爵が幼少の頃からフットマンとして従事してきたのだ。

 その為、公爵に褒められたエルディに、嫉妬の籠った視線を向けるのも当然の事だった。


「お嬢様専属の男娼風情が……」


 と、カレルヴォは品の無い言葉をエルディへと投げつけて、素知らぬ顔のまま固い革靴の踵でエルディの脚を踏みつけようとした。

 しかしエルディが「お嬢様、御髪が乱れております」と言ってさらりと躱した為、バランスを崩し、公爵へともたれかかる羽目となった。


「も、申し訳ございません!」


 青ざめながらも慌てて謝罪したカレルヴォに、公爵は困った様に眉を寄せた。


 そんなやりとりがあった事など露知らず、ヒュルケはそわそわとしながら邸宅の出入口を見つめている。


「エルディ、アレクシス王子はまだいらっしゃらないの?」


 不安気にエルディの袖を引き、ヒュルケが声をかけた。艶やかな絹製の淡い桜色のドレスに身を包み、白い肌の首元には控えめなピンクダイヤモンドのネックレスが揺れている。

 ほっそりとした肩があまりにも華奢に見えて、エルディはつい支えてやりたくなる衝動を必死に抑え込んでいた。


「何かあったのではないかしら……?」

「身分の高い方は遅れて来る習わしでしょう。落ち着いてお待ちください」


 さらりとした口調でヒュルケに返し、エルディは忌々し気に瞳を閉じた。

 魔法を使用した彼の脳裏に王族の印章を掲げた豪華な馬車が映し出され、他の馬車を差し置いて優先的に案内された為、もう間もなく公爵家の門を通過するところである様子が浮かび上がった。


「お嬢様、殿下が到着された様です」

「あら、本当!?」


 ヒュルケは嬉しそうにパッと顔を明るくすると、アレクシスを出迎えるべく自ら邸宅の門へと駆けて行った。エルディは彼女のそんな様子に胸を痛めながらも、澄ました顔のままヒュルケを追って門の方へと向かった。


「お待ちしておりましたわ、殿下!」


 豪華な馬車から優雅に降り立ったアレクシスを、ヒュルケは深く膝を折って出迎えた。


「ヒュルケ、お待たせしてしまい申し訳ございません」


 そう言って、アレクシスは王子らしくお辞儀をすると、ヒュルケの前に手を差し伸べた。

 ヒュルケもそれに応じて手を添えて、二人は婚約者同士らしく堂々と邸宅へと入場した。


 その後ろを王族お抱えの従者達と共について行く自分は間抜けなものだと思いながら、エルディも続いた。


——二人の仲睦まじい様子を見るのは沢山だ。さっさと役目を終えてしまおう。

 と考えて、エルディは「お嬢様、別室を用意しております」と声を掛けたが、ヒュルケは困った様に「殿下は今お着きになったばかりですわ」と返した。

 そっけなさを感じつつも、普段ならばともかく、こうした公の場で執事という立場では不満を口にする事などできはしないと自粛した。


 広間に一歩足を踏み入れた途端、アレクシスの来訪に会場内は拍手喝采で出迎えた。


 こうなってしまう前に用事を済ませてしまえば良かったものをと、エルディは溜息をついた。主役の二人がパーティー中に揃って姿が見えなくなれば、あらぬ噂が立つに決まっているからだ。

 寧ろ、ヒュルケはそれこそ好都合だと考えているのかもしれない。


 二人が公爵への挨拶に向かうと、公爵は笑顔で出迎えた。


「仲睦まじいとの噂を耳にしていたが、どうやら本当の様だな」


 公爵の言葉に、アレクシスは品よく頭を下げて笑みを浮かべた。


「令嬢の様に思いやりに溢れた方を、愛さずにはいられません」

「そうかそうか」


 公爵は上機嫌で頷いた後、ジロリと殺気のある視線でアレクシスを見つめた。

 且つて『英雄』と謳われた面影が垣間見え、重圧がアレクシスにのしかかる。


 低く、吟味するような声で、公爵はアレクシスに問いかけた。


「だが、陛下に『婚約破棄』の申請をしたと聞いたが?」


 思わず息を呑み、回答が遅れたアレクシスに、公爵は更に言葉をぶつけた。


「確かに、ここ最近の娘は人が変わった様に乱暴で思いやりの欠片もない行動が目立っていた。だが、私からすれば愛する娘である事には変わりはない。とはいえ、殿下の愛は失っていたはずではありませんかな? それだというのに、こうして元の娘に戻ったと思った矢先、手の平を返されたのではどうにも信用などできるはずもない」


 ジロリと視線を何故かエルディにも向けたわけだが、エルディは全く動じる事無く穏やかに見つめ返したので、公爵は僅かに唇の端を持ち上げた。


 そして、エルディは傍観者の様な冷たい視線をアレクシスへと向けた。


——公爵の言い分は尤もだが、もとはと言えば全てヘリヤの……いや、私が未熟であるが故の影響だ。アレクシスの事は気に入らないが、多少の罪悪感は持たざるを得ない。


 二人に責められている様な状態となり、アレクシスは唇を噛みしめその場に跪いた。


 そして、ヒュルケの手を取り、その甲に口づけをした。


 王家の者が公爵家の令嬢の前で跪くという様子に当然ながら招待客達は驚き、会場内がざわめいた。


「今までの無礼を皆の前で詫びます。この先どのような事が起ころうとも、私のこの気持ちは変わりません。貴方を愛しています。どうか、結婚してください」


 その様子を見つめ、エルディがぎゅっと拳を握り締めた。

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