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私が悪い魔法使いでした

「なるほど、それでお嬢様は幼少期の王子との思い出が消えていたのですね。私の封印が解かれていくのと同時に、お嬢様に掛けられた貴方の魔法も解かれていった。酷い事をしますね、ヘリヤ」


 エルディの言葉に、ヘリヤは唇を噛みしめた。


「あたしが彼女から奪ったのは、『思いやり』と『悲しみ』だよ」

「成程。それがアレクシス王子との思い出と強く関わっていたからですか」


 苦々し気にヘリヤを睨みつけるエルディに、ヘリヤは悲し気に眉を寄せた。


「どうしても、あんたの願いを叶えたかったの」

「……願い?」

「今更恍けないでよ。あんたがあの子に心を奪われて、ずっと側に居たいと思っていた事くらいお見通しなんだから!」


 エルディは溜息を吐くと、ヘリヤの言葉を否定せずに問いかけた。


「何故私の願いを叶えようと思ったのです?」

「あんたを好きだからに決まっているじゃない! 好きな人が幸せなら嬉しいからよ!!」


 思いを吐き出すかのように叫んだヘリヤを、エルディはうんざりしたように見つめた。


「……その考えには同感ですね。私もお嬢様の幸せを望みます。だからこそ、彼女を苦しめた貴方を赦すわけにはいきません」


 ヒュルケに想いを寄せている事を認めたエルディに、ヘリヤは首を左右に振った。


「でも、あの子は駄目なのよ。あの子だけは! 忘れて頂戴、エルディ。あんたを好きだから、破滅へと突き進むと分かっているこの恋を、成就させるわけにはいかないの!」

「仰る意味が分かりません。お嬢様はアレクシス王子に想いを寄せているのです。私のことなど眼中に無いのですから」


ピシャリと言い放つと、エルディはすぅっとヘリヤに向けて手を翳した。


「私の封印が解かれたからには、部外者である貴方をこの物語から追いやるのは造作も無いことです。さあ、お引き取り下さい。ヘリヤ・ハス・サリエル」

「思い直して。どんなに望んでも、この恋は上手くはいかない。悲劇となるの!」


ヘリヤは切実たる様子でエルディへと諭す様に訴えかけた。その様子から視線を外し、エルディは溜息を吐いた。


「……貴方に言われるまでもなく知っています。この思いが実る事はあり得ないのですから」

「そういうことではないの! シンデレラの物語の中で、私、見たのよ! あの子は駄目よ! お願いだからその想いを断ち切って、エルディ・アロ・アフリマン!!」


 ヘリヤは一体何を見たというのだろうかと気にはなったものの、何を知ったところでどうにかなる事では無いとエルディは考えた。


——どれほどに欲しようとも、彼女の心はアレクシスのものなのだから……。


「騒がしいその口を少しは閉じたらどうですか」


うんざりとしてそう言い放つと、ヘリヤの瞳から涙が溢れ、つっと頬を伝った。


「あの子じゃなければ、あたしはもっと祝福できたはずなのに……」

「そんなものは求めていません」


光がエルディの掌から放たれた。ヘリヤは寂しげな表情を浮かべながら消えて行き、エルディはキュッと掌を握り締めて光を消した。


「誰が何と言おうとも、私はお嬢様の願いを叶えるとお約束したのです。例え魔法による偽りの愛情であったとしても、彼女がそれを望むのであれば……」


 小さくため息をつき、中庭からヒュルケが眠る塔を見上げた。いつの間にか切り倒された太い棘の幹がいくつも散らばっており、エルディはハッとして慌てて大地を蹴り塔の最上階へと飛び立った。


——まずい! 王子は既に塔に上り、お嬢様の元へとたどり着いているかもしれない。


 塔の窓からするりと室内へと入り込むと、エルディの予測通りアレクシス王子と瓜二つの男が、今にもヒュルケにキスをせんと顔を近づけていた。エルディはつかつかと近づくと、背後から王子の頭をめいっぱい殴りつけた。


ガン!! 


「☆%$&#¥!!!!」


 エルディに殴りつけられて王子が悶絶しながら蹲り、エルディは殴りつけた手をぷらぷらと振って痛めた拳を労わった。


「全く、ひと様の家に勝手に上がり込んでおきながら、眠っている女性にキスをしようとするだなどと、貴方は変態ですか」


 淡々と怒りを露わに言葉を放ったエルディを王子が涙目で見上げ、そのスカイブルーの瞳と緩やかな癖毛の金髪を見たエルディは、ピキリとこめかみに青筋が浮き上がった。


——忌々しい程にアレクシス王子にそっくりですね……。


「無礼者! 何故突然私を殴りつけるのです!?」


 涙目で訴える王子に、エルディは憤然としながら見下ろした。


「聞こえませんでしたか? この変態め! 同じ言葉を何度も言わせる愚行は目に余ります。変態の上に馬鹿なのですか? どちらが無礼者ですか?」


ぷっくりと王子の頭部に巨大なたんこぶが膨れ上がり、王子はそれを擦りながら申し訳なさそうに俯いた。


「その……確かに非礼はお詫びします。ですが、あまりの美しさにすっかりと魅了されてしまったのです。貴方もご覧ください、この姫の美しさを。誰もが彼女に恋をすることでしょう!」


 エルディはヒュルケの方を見ようともせずに、「存じております」とさらりと答えた。


「言われるまでも無く、お嬢様は誰よりもお美しいです」

「成程、貴方も姫に魅了されていらっしゃるのですね!?」

「いえ、同類にしないで頂きたい。私は貴方の様に変態ではございませんので、眠っている方を襲う様な真似は致しません」


——まずいですわ……。完全に目を覚ますタイミングを失ったわ。


 ヒュルケは瞳を固く閉じたまま冷や汗を掻いた。言い合う王子とエルディの言葉を聞きながら、さてどうしたものかと悩んだ。


——それにしても、エルディが私を『美しい』だなんて、心にも無い事を仰るとは思いませんでしたわ。


「変態ではありません! 是非彼女を我妻に迎えたいと考えてのことですから、責任は取るつもりです」

「眠っている人を妻に迎えるのですか? やはり変態以外の何者でもありません。お引き取りください」

「貴方は彼女の何なのですか!? もしやこの呪いを掛けた魔法使いなのでは!? だから私の邪魔をするのですねっ!?」

「やれやれ勘違い甚〈はなは〉だし……」


と、エルディは言いかけて、自分の役どころは確かに悪い魔法使いであると思い出した。


「……いかにも、私が悪い魔法使いでした」

「貴様っ!!」


 王子が素早く立ち上がり、剣を抜いた。エルディは苦笑いを浮かべながら王子を見つめ、「乱暴な方ですね」と肩を竦めて言った。


「このような美しい女性に、なんと恐ろしい呪いを掛けたのです!? 貴様はもしや悪魔の化身では!? ならば愛する彼女を護る為、私が貴様を退治しないわけにはいきません!」


 王子の言葉を聞きながら、エルディはズキリと胸を痛めた。

 ヘリヤがヒュルケへと呪いの様な魔法を掛けたのは自分のせいだ。さしづめ自分も悪魔のようなものだ。

 だが、ここで物語通りとする訳にはいかない。自分はヒュルケのファーストキスを死守しなければならないのだと、スンとしたすまし顔を王子へと向けてサラリと言い放った。


「……変態に守られても、お嬢様は嬉しくないと思いますが」


 しらけた顔をしながら言い放つエルディに、王子はふんと鼻を鳴らした。


「成程、貴様も彼女を愛しているのだな? 愛する彼女に振られたが故に、腹いせに呪いを掛けたというわけか!」

「腹いせにですか?」

「ああ、そうだとも! それ程に彼女は美しいのだから。さあどうだ? 図星なのだろう!?」


 ヒュルケはドキドキしながら二人の会話に聞き耳を立てていた。

——エルディは私を好きでは無いはずですわ。けれど、答えが気になって息が詰まって死にそうですわ……。


 緊張でヒュルケの鼻息が荒くなり、フスーフスーと音が鳴った。


 必死になって狸寝入りを決め込んでいるヒュルケの様子にエルディは気づくと、困った様に片眉を下げた。

——何故すぐ起きないのです? ……ああ、目覚めたからには王子とのキスを期待しているのですか。残念ながら私の目の前でそんな事を繰り広げさせるわけには参りませんね。


 エルディはスゥっと手を動かすと、王子に向けて素早く翳した。


「む! 貴様、何をする気だ!」


 眩い光が王子を包み、ヘリヤを消し去った時と同様に王子の姿が消えていく。エルディはきゅっと掌を握り締めて光を消した後、やれやれとため息を吐いた。


「お嬢様、狸寝入りは感心いたしません。お嬢様が目をお覚ましにならない限り、城の呪いが解けず物語を終える事ができません」

「……あら、気づいていらしたんですの?」


 気まずそうにヒュルケは起き上がると、苦笑いを浮かべた。


「王子とのファーストキスが叶わず残念でしたね」


 さらりと言い放ったエルディの言葉に、ヒュルケはカッと顔を赤らめた。


「残念も何も、エルディはそれを食い止める為に奮闘してくださっていたのではなくて!?」

「……ええ、まあ。ですが何やら期待されているような素振りでしたので」


 つっとヒュルケから視線を外し、エルディは塔の窓の外を見つめた。ヒュルケが目覚めた事で呪いが解け、城中の者達もまた目を覚ましたようだ。


「さて、この物語ももう終わりです。次の物語へと参りましょう」


 淡々としたエルディの言い方に、ヒュルケは何か彼を怒らせるような事を言ってしまったのだろうかと心配になり、エルディの服の裾をツンと引いた。


「私、貴方の気に障る事をしてしまったのかしら?」


 不安気なヒュルケのシーグリーンの瞳を見つめ、エルディは咄嗟に身を翻〈ひるがえ〉すと彼女を壁へと追い詰めてじっと見下ろした。ヒュルケは困惑しながらエルディを見上げ、心配そうに眉を寄せた。


「な、何かしら?」

「………」

「エルディ。ひょっとしてどこか怪我でもなさったの?」

「……何故そう思うのです?」

「だって、とても痛そうな顔をしているのですもの……」


 エルディはズキズキと心の痛みを味わいながら、唇を噛みしめた。そしてヒュルケの側を離れると、「どこも痛くはありません」と小さく答えた。


「さあ、お嬢様。次の物語へと参りましょう」


 パッと辺り一面が光に包まれた。ヒュルケはエルディの手を握り、「ええ、一緒に行きましょう」と言った。


 眩い二人が二人を包み込む。

 エルディは手袋をしている事を後悔し、ヒュルケの仄かな手の温もりを味わいながらすぅっと消えて行った。

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