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いばら姫は楽勝ですわ

「国中の紬車(つむぎぐるま)を焼き捨てよ!! 背いた者は死刑とする!!」


 王命により兵士達は、城内は勿論の事、国中を捜し歩いては紬車を燃やして回った。

 ヒュルケは城の中で退屈そうに欠伸をし、物語の進行を見守っていた。


——ここは『いばら姫』の物語の中。魔法使いの呪いで、いばら姫は紬車の針に指を刺して、百年の眠りにつき、王子様のキスで目覚めてめでたしめでたしのお話ですわね。なんて楽なヒロイン役なのかしら。何もせずにいるうちに呪いを掛けられて、眠っているうちに片付くんですもの。これなら名前なんか適当でも、どうってことありませんわ。


 ヒュルケはソファから立ち上がると、城の中を探検することにした。今日は国王夫妻が不在である為、ヒュルケの行動を誰も制限することができない日。つまりは『紬車の針に指を刺して眠りにつく日』なのだ。


——エルディはどこかしら? 王子役はまたアレクシス王子のそっくりさんですわよね?


 辺りを見回しながら歩くヒュルケに、王城の兵士や使用人達が会釈をする。ヒュルケは物語の王女らしく愛想笑いを浮かべてみたものの、顔が引きつって不敵な笑みとなったが、王城に仕える者達はヒュルケの表情に一瞬驚きはするものの、礼儀正しく敬う様に会釈をしてくれた。


 中庭へと足を踏み入れると、古い塔が立っているのを見つけ、『これが例の塔ね?』と、ヒュルケはほくそ笑んだ。


——確か、中におばあさんが居て、紬車を回しているはずですわ。


 さっさと眠ってしまえば、目覚めた頃には物語が終わっているはず。と、ヒュルケは颯爽と塔の階段を駆け上がった。


 バン!! と、勢いよく扉を開け放つと、室内にはカラカラと音を立てながら紬車を回す人物が居り、ヒュルケの登場にビクリとして振り向いた。

 灰色の髪に銀色の瞳をしたその人物は、エルディ・アロ・アフリマンそのものだ。彼は苦笑いを浮かべると、「もう少しお淑やかに登場するこはできないのですか?」と、呆れたように肩を竦めて見せた。


「エルディ!」


嬉しそうに微笑むヒュルケからすっと視線を外すと、エルディは紬車を指さした。


「さあお嬢様。あの紬車でグサッとやってください」

「指を刺すだけで百年も眠るくらいなら、いっそ最初から百年眠るという呪いを掛けた方が簡単だったのでは無いかしら?」

「お嬢様は偶に真理をつきますね」

「だって、そうしたら国中の紬車を燃やす必要なんてありませんでしたもの」


ヒュルケは溜息をつくと、「きっと沢山の人が困ったと思いますわ」と、寂しげに言った。


「他人の事などどうでもいいお嬢様が、思いやりの心を見せるとは。こうして物語の中に入る事で随分と学んだご様子ですね」

「失礼ですわね! エルディこそ、眉毛さんに『他人に興味が無い冷たい男』と罵られていたのではなくて!?」


エルディは素直に頷くと、塔の壁に寄りかかって僅かに笑みを浮かべた。


「ええ、その通りです。私もお嬢様と共に学ぶ事ができました」

「あらそう。授業料は高くてよ?」

「……勿論、報酬は忘れておりません。大分私の封印も解けて参りました。元の世界に戻った暁には、必ずやお嬢様の願いを叶えてみせましょう」


ヒュルケはシーグリーンの瞳を見開くと、「あら」と、素っ頓狂な声を上げた。


「封印が解けてきたということは、貴方、『恋愛』とは何かが分かったの!?」


ヒュルケの言葉に、エルディは寂しげに眉を寄せ、僅かに頷いた。


「……ええ、恐らくは。ですが、真に理解しようとするのは、控えたいと思います」

「どうしてかしら?」

「私にとっては、やはり必要のない感情であるからです」

「どうして必要のない感情ですの?」


エルディは溜息を一つつくと、「さあ、私のことは良いではありませんか」と口早に言い、さっと手を紬車へと向けた。


「お嬢様、どうぞ安心してお眠りください。お目覚めの頃にはアレクシス王子と瓜二つの彼が、お嬢様の目の前にいらっしゃることでしょう」


ヒュルケは躊躇う様に紬車を見つめた後、その視線をエルディへと向けた。頬を染め、恥ずかし気な表情を浮かべるヒュルケに、エルディは小首を傾げた。


「……如何いたしましたか?」

「その、私はファーストキスなんですのに、眠っている間に済ませてしまうだなんて、なんだか……」

「物語の中での出来事です。ノーカンで良いでしょう。元の世界に戻った後、やり直せば良いだけのことです」

「そうは思えませんわ!」


両頬を両手で覆い、ヒュルケがあまりにも恥ずかしそうに瞳をぎゅっと閉じるので、エルディはやれやれと肩を竦めた。


「キスの一つや二つ、減る物ではありませんでしょうに」

「ファーストキスは一度きりですもの!」

「踊った事がないだの、キスをしたことが無いだの、どうでも良い事に拘るのは止めていただけませんか? 面倒です」


冷たく言い放つエルディに、ヒュルケはぷっと頬を膨らませた。


「乙女心の分からない貴方が、『恋愛』とは何かが分かるなんておかしな話ではなくて!? 本当に封印が解けて来ているのかしら!?」

「ご安心ください。乙女心とは永遠の謎にございます」

「では、エルディはキスをしたことがあるんですの!?」

「さて、どうだったか。記憶にございませんし、つまりは興味もございません」


ヒュルケはエルディに詰め寄ると、ぐっと顔を近づけた。


「まあ、腹立たしい! そんなだから眉毛さんに封印の魔法を掛けられてしまうのですわね!? 納得ですわ!」


ヒュルケの顔が余りにも近い為、エルディは顔を背けて苦笑いを浮かべた。


「お嬢様、男にそう顔を近づけるものではありません」

「よく言いますわ! 貴方はそういう事に興味を示さないのではなくて!?」


 更に顔を近づけてくるヒュルケに戸惑い、エルディはチラリと横目でヒュルケの唇を見つめた。艶やかで柔らかそうな桜色の唇が、今にも触れそうな程にエルディの側にあり、ヒュルケが言葉を放つ度にその吐息がこそばゆく首にかかる。


「分かりました、分かりましたから、離れてくださいお嬢様! 王子とのキスは私がどうにか食い止めます」

「あら。でもキスをせずにどうやって私は目覚めるのかしら?」

「そもそも呪いは『百年の眠りにつく』というものなのですから、貴方の目覚めに王子のキスは不要な行為です。たまたまタイムリミットであったというだけのことなのですから」


エルディが壁につけた背をずりずり擦らせながらヒュルケから離れ、コホンと咳払いをした。


「このまま話していてはいつまで経っても物語が終わりません」

「それもそうね。兎に角、私のファーストキスは死守して頂戴!」

「承知致しました」


ヒュルケはニコリと微笑むと、紬車へと近づいた。人差し指をそっと伸ばした後、ポツリと呟く様に言葉を放った。


「私が眠っている百年の間、エルディは何をして過ごすつもりですの?」

「物語の世界での百年など、一瞬のことです。『百年後』という文章一つで済んでしまうことなのですから」

「それでも、少しの間一人きりになってしまうのではなくて?」

「……恐らくヘリヤがまた邪魔をしに現れることでしょうから、お嬢様が眠っている間に食い止めます」


ヒュルケは寂しげに「そう」と言うと、人差し指を紬車の針へとプツリと刺した。


「エルディが護ってくれるのでしたら、私は安心して眠る事ができますわ……」


 そう言い残して倒れるヒュルケを抱き留めて、エルディは「おやすみなさい、眠り姫」と囁いた。


 物語の通り城中の人々が眠りにつき、辺りは静寂に包まれた。ヒュルケを抱き上げたエルディは彼女をベッドへと運び、そっと寝かせた。


——さて、今外に向かえば、王子がヒュルケの唇を奪うべく(いばら)と格闘しているに違いない。が、その前に……。


 エルディは塔の窓からヒラリと飛び降りると、中庭で不服そうな顔を浮かべるヘリヤの元へと降り立った。

 城は既に棘に覆われており、つい先ほどヒュルケが眠ったばかりだというのに、まるで百年の歳月が過ぎたかのように荒れ果てていた。


「封印の魔法は完全に解かれてしまったようね、エルディ・アロ・アフリマン」


 ヘリヤの言葉に、エルディは静かにヘリヤを見つめたまま微動だにしなかった。塔を見上げるヘリヤに、「今度はどのような邪魔をするおつもりですか」と尋ねると、ヘリヤはふんと鼻を鳴らした。


「さーて、どう邪魔をしようかしらね? あの子とあたしを入れ替えるというのではどうかしら?」


エルディは小首を傾げると、声を張り上げるヘリヤをじっと見つめた。


「……ヘリヤは、アレクシス王子を好いているのですか? そうまでしてキスがしたいのですか?」


エルディのその言葉にヘリヤはカッと顔を赤らめると、憤然として怒鳴りつけた。


「ふざけてるの!? あたしが好きなのはあんただって言ってるでしょうがっ!!」

「それであれば、貴方の行動は辻褄が合いません。何故物語を無事に終える邪魔をするのです?」

「あんたがあのご令嬢にくびったけだからに決まってるじゃないっ!!」


ヘリヤはエルディの側に寄ると、まるで懇願でもするかのように潤んだ瞳を向けた。


「だから、あの子から王子との思い出を記憶から消して、婚約を破棄するように仕向けたのに!」


ヘリヤの言葉に、エルディは眉を寄せた。


「……私の為だったと仰るのですか?」

「ええそうよ!! エルディ・アロ・アフリマン。あんたはずっと、あの子を好きだった。それに気づいていなかっただけ!」


 エルディはふと考えて、ため息交じりに「そうかもしれませんね」と答えた。ヒュルケがアレクシス王子との婚約が破棄された時、あの場には確かに心を高揚させる自分が居た。それは胡麻化しようのない事実だ。


——自分の心を偽る事は、できはしないのだから。

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