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王宮に連れて行かれた聖女は状況が飲み込めない

作者: 水瀬月/月



「ただの水を聖水だと偽ったのはお前で間違いないか?」


 高い位置から偉そうに私を見下ろす年老いた男が私に言った。いや、本当に偉い人だから非常にまずい状況なのですが。


「ナイン、その娘は口が利けないのか?」


 私のすぐ隣にいるナインと呼ばれた男は「話せますよ、陛下」と笑顔を浮かべながら答えた。


「ねぇねぇ、お父様! あのイケメンはいったいどなたですの?」


「聖女だというから期待して来てみれば……なんかぱっとしない人ですね」


 王様の横に座るお子様方は大変失礼である。


 



 ——遡ること一時間前。





 私、グローリア・コットンは朝の一仕事を終えて王都にある広場に来ていた。


 広場では様々な話が聞こえてくる。


「なぁ、お前はどこで聖水を手に入れたんだ?」


「聖水じゃなくて治癒水だろ?」


「貴族は金があるから聖水をたんまり買い込めていいよなぁ」


「いや、なんでも聖女様が貧しい人々には施しを……」


 聖水だの聖女だの、そういった話がだいぶ人々の間で広まっているようだ。


 そろそろ気を付けないといけないか、と考えていたら隣の家の夫人に声を掛けられた。


「あぁ、よかった。グローリア、探したよ!」


「あら、おばさま。どうしたんですか?」


「ついさっき、あなたの家に騎士たちが来てたわよ。何人も引き連れてるから何かあったんじゃないかと思って心配したのよ」


「え」


 騎士が私の家に……?


「ねぇ、大丈夫? 何か只事じゃなさそうだったわ。もしかして心当たりはあるの?」


「い、いえ、ありません。教えてくれてありがとうございました! 私、このあとは仕事がありますので! それでは!」

 

 私は夫人にお礼を言い、その場からすぐさま離れた。

 

 何か心当たりはあるかって、あり過ぎるからまずい。私は急いでとある場所へと向かった。


 そのとある場所とは、私がいつもお世話になっている商団が入っている建物だ。


 周りを確認するが騎士の姿はない。急いで中へと入るといつもと同じようにみんな仕事をしていた。


「よかった、みんな無事だったのね」


 いつもと変わらない光景にほっと一安心する。そこへ商団をまとめているナインが現れた。


「あ、グローリア。待っていたよ」


 ナインは私が作った聖水や治癒水を人々へ届ける役目を担ってくれている。時には貴族と高値で取引をするような危険なことまで。


 ちなみに、聖水を国の許可なしに販売することは重罪だ。


「ナイン、私の家に騎士が来ていたって聞いたんだけどもしかして聖水のことがばれてしまったのかしら?」


「あぁ、そのことなら大丈夫、心配しないで。君のことは私が守るから」


 ナインの"守るから"という言葉にうっかりときめきそうになるが、ナインの言葉に深い意味はない。お互いに良い取引相手といったところか。


「いや、私は一応神聖力があるから逃げられるけど……」


「逃げる……?」


「えぇ、前に話したでしょう?」


 この商団を利用して聖水を売るときに、もし万が一何か問題が起きた時はそれぞれ自分の身は自分で守ること、という話をした。


「そうか、そうだね。たしかに逃げた方がいいかもしれないね」


 ナインはそう言いながら私の髪に優しく触れて微笑んだ。そして私の手にカチャリ、と手枷をはめた。


 ……ん? 手枷?


「えっと、ナイン? これは何かな?」


「ふふ、手枷だよ。君のために特別に可愛く作らせたものなんだ。大丈夫、痛くはないだろう?」


 ナインは嬉しそうに笑っている。私の手に手枷をはめて何がそんなに嬉しいのか。


 ナインが微笑むたび、真っ黒な髪の毛がさらりと流れる。


「え、まぁ、たしかに可愛いけど……じゃなくて。え? なに、どういうこと?」


 私はこの状況が分からず混乱する。

 いや、なぜ手枷?


「さぁ、グローリア。一緒に来てくれるかい? これから君に手伝って欲しいことがあるんだ」


「え、何を……」


 ナインが私の手を取り(手枷付きだけど)エスコートをしてくれる。手枷をはめられているというおかしな状況でなければ、つい見惚れてしまいそうになるほど様になっているから腹が立つ。





 ——そうして冒頭へと戻ることとなる。





「いや、これはどういう状況……?」


 私がやっと発した一言目はそれだった。


 ナインに連れてこられたのは王宮。の、陛下の御前。そう、私の目の前にいるのはこの国で一番偉い王様だ。


 横に座っているのは王女と王子なんだろう。まだ十二歳ほどとまだ幼い。陛下は歳をとってもまだまだお元気なようで。


「グローリア、君が違法に聖水を販売していたからこうして陛下にお呼ばれしたんじゃないか」


 ナインは悲しそうな表情で言ってはいるが、手で隠しているその口元が微かに笑っているのが分かる。


「いやいやいや、どういうこと?」


 ここへ来る前に手伝って欲しいことがあるって言っていたけど、せめて説明してから連れて来て?


 何、会話を合わせればいいの?


「その娘はコットン子爵の娘で間違いないか?」


 陛下がそう言って一人の男性を見る。そこには私と同じ茶色の髪色をした男性が。


 いや、茶色の髪の人なんて大勢いるのですが。


「はい、陛下。私の娘で間違いありません」


「そうかそうか、よくやったな。もう下がってよいぞ」


 そうしてそのまま私の父親だという男は娘の顔など一度も見ずに出て行ってしまった。


 これまで一度だって顔を見たこともなければ会ったこともない人。だって、生まれてすぐの私を神殿に預けてしまったんだもの。


 貴族の娘が神殿に奉公した、なんて聞こえはいいけれど実際は捨てられたのだ。


 貴族だから魔法が使えるだろうと思って神殿も受け入れたけれど、何の力もない私をただのお荷物と判断したのか、十六歳になってすぐに追い出した。


 そんな私を助けてくれたのがナインと商団のみんなだった。


 神殿を追い出されてこれからどうしよう……と途方に暮れて、広場の水を飲んでいた時。

 子供たちに汲んであげた水の様子が少しおかしいことに気が付いた。


「お姉ちゃん、この水とってもおいしいよ!」


「あれ? 怪我が治ってる!」


 不思議に思った私はその水を持って王都で有名な商団に持ち込んだ。


 ただちょっと確認したかっただけ。半分だけど、私も貴族の血を引いているから何か特別な力があるのかも、って。


 そう思って鑑定をしてもらったらまさかの聖水だと判明。店主にどこで手に入れたんだと問い詰められて、「怪我をして困っていたら女性がくれたんですぅぅ!」と言ってごまかして逃げたけれど。


 まさか聖水だとは思っていなかったから、全力で走って逃げた。だって聖水を作れるのは聖女だけなんだから。


 私が聖女だなんてありえないわ、と思い込みたかったけれど意識して水に触れてみるとあら不思議。聖水へと変わってしまった。


 急いで逃げた私を追いかけて来たのがナインだった。たまたまあの場にいたようで、聖水だと気が付いたらしく。


 最初はもちろん怪しいと思ったけれど、聖水の使い道を聞いて協力することにした。

 

 貧しい人たちに配ったり、時には貴族に高値でぼったくったりと。


 それがなぜかこうして陛下にばれてしまってこんなことになっている。


 このよく分からない状況にどうナインに声を掛ければいいのか。


「店主を連れて来い」


 陛下に言われて連れて来られたのは見覚えのある男だった。


「水を鑑定しに来たのはこの娘で間違いないか?」


「はい! 間違いありません、陛下」


 私が最初に聖水を鑑定しに行ってしまった店の店主だった。


「わかった、下がれ。どうやら本物のようだな」


 陛下は何やら考え事をしている。そんな中……。


「ねぇねぇ、お父様っ。わたくしあれがほしいですわっ」


 王女は空気を読まずにナインを指差した。どうやら王女はナインの見た目の良さに浮かれているようだ。人を指さしてはいけませんよ、王女。


「少し静かにしてくれんかの、王女よ。それとあれはやめておきなさい」


 王女は「えぇ、なんでですの?」と納得できないようだ。ツインテールの髪を揺らしながらぷんぷんと怒っている。


「さて、ナインもご苦労だったな。お前があれを持ち込んできた時は嘘かと思ったんだがな」


 って、ナインがばらしたの!?

 

「いえ、私は大したことはしておりませんよ。それで陛下、これから聖水はどうされるのですか?」


「なんだ、聖水とは? なんのことを言っておるのやら」


 陛下は「はっはっは……」と髭を触りながら笑っている。いやぁ、実に悪どい笑顔だ。悪役だ。


「公表はしないのですか? それでしたらこちらの少女はどうなるのでしょう?」

 

 あ、私のことね。


「そんなことを知ってどうする」


「はは、陛下。ただの好奇心ですよ。聖水が作れるということはこの少女は聖女ということではないですか? それを隠すとなると、他国に知られたらこの国はどうなるんだろうなぁ、とか思ったりするわけですよ」


「なんだ、今日はやけに長舌ではないか?」


「いえいえ、ただ心配しているのです。聖女が現れた場合速やかに保護し、意思を尊重して尊厳を守ること。これは各国共通の認識ではないですか。大国の中には聖女を象徴として崇める国もありますし……。まぁ、それでどうなるんです?」


「それは聖女だったらの話であろう? まぁいい。今日は気分が良いからな。教えてやらんこともない」


 ちょっと、私抜きで勝手に話が進んでいきますがどういうことですか? 

 私はただここに立っていればいいんですかねぇ。なんとか言ってよ、ナイン!


「その娘は第三王子と結婚させる」


 ……は?

 え、け、結婚? 誰と誰が? 結婚?


「おや、第三王子ですか。ですがあの王子は何の力もないのでは?」


「そこが唯一の取り柄だろう。聖女——いや、その娘が力を持っても困るからな。あいつも、いつか役に立つかもしれんと思って生かしておいてやったことに感謝するだろうよ」


「はははっ、そうですかね。ところでその第三王子と最後に会ったのはいつなんです?」


「最後も何も、一度も会ったことなどないわ。母親の妊娠がわかってからそのまま離宮に閉じ込めたからな」


「あぁ〜、そうなんですか。ちなみに結婚のことをご本人は知っているので?」


「知るわけがなかろう。あいつに伝えるつもりもない。結婚など形だけのものだからな」


「あぁ〜、そうですか。でもまぁ、そのご本人にはたった今伝わりましたけどね」


「……なんだと?」


 え、なになに。どういうこと?

 っていうか、私さっきから本当に空気扱いされてるんですけど?

 

 一応私は当事者ですよね?


「はぁ、まだ気が付かないんですか? あぁ、一度も会ったことがないから王子の顔なんて知らないんでしたっけ。私のことも気が付かないですしね」


「……まさか」


 陛下が驚いて玉座から立ち上がる。お偉い王様を玉座から立ち上がらせるなんてさすがナイン。


 王女も王子も興味津々だ。


 私も驚いてナインを見る。


 え、うそ……、まさかナインは……。


 ナインから漂う"只者ではない感"の正体はまさか……!?


「はい、こちらがその第三王子でーす!」


 ナインがそう言いながら一人の男性に向かって手をひらひらとさせた。

 その男性はいつもナインと一緒にいる冴えない付き人、アクシオじゃないか。というか、いたんだ。


「なっ、冴えない付き人とは失礼だな!」


 ナインに第三王子だと紹介されたアクシオがここにいることに今初めて気が付いた。


「なんだ、ナインじゃないんだね」


 そういう雰囲気だったじゃない。


「え、グローリア。まさかこの状況でダジャレを……?」


「え……?」


 この場がシーン、とした。


 王子が「あの聖女は見た目がぱっとしないだけでなく、くだらない事まで言うのか」と呆れている。大変失礼である。


 王女も「平民ってあんなにお馬鹿なんですの?」と言っている。いや、あなたにだけは言われたくない。


「お前たち、ふざけるのも大概にしろ」


「あぁ、すみません、陛下」


「ナインよ、その冴えない者が第三王子だとでも言うのか?」


「そうですよ、この瞳を見てください」


 アクシオが長い前髪をかきあげて瞳を見せる。そこには王家を象徴とする灰色の瞳が。


 陛下は驚いてはいるがいきなり現れた息子に対し、これといって焦っている様子はない。

 息子と言われたのが冴えない見た目のアクシオだったからだろうか。


「えぇ、あれがお兄様なんですの? 冴えないですわぁ〜」


「おいおい、あれは兄なんかではないよ。僕たちとは違う、下賤の身から生まれたんだから」


 王女も王子もどういう教育を受けているのだろうか。この国の未来が大変心配である。


 王女たちとアクシオを見比べると、たしかに灰色の瞳は同じだ。二人に比べて冴えない雰囲気なのはこの際仕方がない。生まれ持ったオーラは変えられない。


「灰色じゃなくて銀色だ! グローリア、なんだ君はさっきから失礼だぞ!? いつも思っていたが私に対する君たちの態度は……」


「はい、アクシオ殿下。ちょっと黙っていてください」


 口を押さえられたアクシオ殿下は口をもごもごとさせている。仮にもこの国の王子だから不敬罪になってしまうのでは? と心配になる。


「ねぇ、グローリア。気付いているか分からないけれど、さっきから心の声が言葉に出てるよ?」


「え?」


「まぁ、グローリアの言う通り、アクシオはこの国の王子だからね。私でなかったら不敬罪になるかもね」


「うん? ナインでなかったら……?」


 ナインでなかったらとはどういう意味なのだろう。まぁアクシオの友人だものね、多少の無礼は許してくれるのだろう。ぜひ私も許していただきたい。


「それで、そんな何の力もない第三王子なんぞ連れてきて何を企んでいる?」


「それはまぁ、この国の消滅……じゃなかった、王の首をすげ替えるとかですかね?」


 ナインのその言葉に陛下は大きな笑い声を上げた。周りにいる陛下の側近や騎士などもつられて声を上げる。


「お前如きに何ができるというんだ。周りを見てみろ、ここには大勢の騎士がいるのだぞ」


 陛下の一言で騎士が私たちを取り囲んだ。


 え、いや、ちょっと待ってください。私完全に巻き込まれてるだけなのでは? どうしてこんな流れになったの?


「ごめんねグローリア。怖いかい? さっきも言ったけれど、私が君を守るから」


 私の表情を見て何を勘違いしたのか、ナインはわざとらしく胡散臭い笑顔を向けてくる。


「ねぇ、ナイン。もういいよね? 私、逃げようと思うからあとはよろしく」


「え、逃げるだって?」


 だって説明もないまま連れて来られたかと思ったら実はアクシオが王子で、この国の首をすげ替えるとかそんな大層なことに巻き込まれるだなんてごめんだもの。


 早く帰りたい。逃げよう。幸い私には神聖力がある。


 神聖力を使って転移をしようとした。


 が、できなかった。ましてや何の力も出せない。


「え、あれ?」


「どうしたんだい、グローリア?」


「神聖力が使えないの……」


「あぁ、ごめんね。それはこの手枷のせいだね」


 そう言ってナインが私の手枷を優しく撫でる。この手枷の存在をすっかり忘れていた。


「何をしたの?」


「だって、グローリア逃げるんでしょ? グローリアが私から逃げられないよう、神聖力を抑える手枷を特別に作らせました」


 にっこりと笑うその笑顔はもはや悪魔の微笑みと言っても間違いではないだろう。


「頭おかしいんじゃないの……」


「ふふ、グローリア、それは褒め言葉として受け取っておくよ」


「ねぇ、ちょっと二人とも!? この状況で何やってるの!?」


 アクシオがナインをバシバシと叩いてそちらに気を向かせる。


「いたたた、アクシオ、大丈夫だって。そろそろ来るんじゃない?」


「来る気配ないんですけど!? ナイン、ちゃんと連絡したんだよね!?」


「したした、したよ。計画通り」


 何かが来るらしいけど、そんなものを陛下が待つわけもなく、騎士たちが私たちを捕らえようと攻撃を仕掛けてくる。


 それをなんとかやり過ごす。が、ナインは余裕そうだけれどアクシオ殿下に至ってはあっさりと捕まってしまった。


「アクシオ、だから鍛えた方がいいとあれほど言ったじゃないか」


「私は頭脳派なんだ!」


 アクシオ殿下は押さえられながらばたばたともがいている。


「ねぇ、お父様ぁ。やっぱりわたしくしあれが欲しいですわ。ちょっと、騎士たち! あの者の顔に傷を付けては絶対にだめですのよ! 国宝にするんですもの!」


 押さえつけられている兄のアクシオではなくナインの顔を心配している王女。


 ナインの顔はどうやら国宝級らしい。そしてさっきからナインを自分の物にしようとしている王女に対してかなり苛立っているのが自分で分かる。


「ねぇ、ナイン、この手枷を外してくれない?」


「だからだめだよ、逃げるでしょ。あ、来たみたい」


 ナインがなぜか上を見る。


 上? って、天井しかないけれど。


 どれだけ無駄なお金を使って作られたんだろうかと思う天井が突然大きな音を立てて落ちてきた。


「えぇ!? 落ちてきた!?」


 潰される、と思ったけれど崩れた天井は宙に浮いたまま。どうやら誰かが魔法を使ったのだろう。


「殿下〜〜! 生きてますか〜〜?」


 なんともこの場にそぐわない呑気な声が上から聞こえた。しかも変な生き物に乗って。


「いや、何あれ……」


 さすがの私もそろそろキャパオーバーだ。アクシオも「やりすぎだ!」と怒っている。


 王女は「なんですの? あれはなんですのぉ!? あれも欲しいですわっ!」と、見たことのない変な生き物にとても興奮している。


 王子は「え、無理」と距離をとった。


 「遅いぞ、シン」とナインが声をかけた男の子はなんだか見覚えがあった。


 あぁ、そうだ。商団で見かけたことがある子だ。他の人たちも見たことがある。なんなら商団の受付さんまでいるじゃない。


「いやいやこれでも飛んできたんですよ〜〜?」

 

 そうね、確かに飛んできたようね。


「じゃぁ、あとはお前たちとアクシオに任せるから」


「はいはい〜。ナインハルト殿下はこれからどうするんです?」


「グローリアを連れて国に帰るよ。この場を見届けさせてもらったらね」 


「りょーかいです! では殿下、ちょっと待っててください〜〜!」


 シンたちはそのままこの国の騎士たちと戦闘を始めてしまった。アクシオが「ナインも手伝ってよ!」と声を掛けるがナインは私と安全なところから高みの見物をしたまま動こうとはしなかった。


 大丈夫かとはらはらしたけれど、シンたちが来た途端にこちら側についた騎士が多くおり、あっという間にこの場を制圧してしまった。


 なんだ、初めから味方だったのね。


 どこから連れて来たのか、なんだか王族っぽい人たちがいつの間にかこの場にいた。


 陛下も王女たちもあっさりとお縄になっている。


 死ぬのと独房監禁どちらがいいかな? だなんて悪魔の二択を迫っているアクシオはなんだかんだナインと気が合うんだろうな、と思った。


 震えている王女たちを見て少しだけ可哀想になった。


「大丈夫、まだしつけが間に合うあの双子のような幼い者をアクシオは殺したりなんてしないよ」


「え、双子だったの?」


 似ているなぁ、とは思ったけど。


「さて、無事に終わったことだし帰ろうか」


 いや、どこに?


 「よっこいしょ」と言いながらナインが私を抱きかかえた。いきなり抱きかかえられて無意識のうちにナインの首へ手を回してしまった。


「グローリア、積極的で嬉しいよ」


 違います、目線が高くなって怖くなっただけだから。手が動かしづらいだけなんだから!

 

「ちょっとナイン、おろしてよ!」

 

「だめだよ、逃げるでしょ」


 もう、さっきからずっとそれじゃない!

 ナインは私の言葉など聞き入れずにすたすたと歩いていく。


「あ! グローリア、協力ありがとう」


 アクシオが剣を誰かの首に突き付けたままいい笑顔でお礼を言ってくるが、私は協力した覚えなどない。巻き込まれた覚えならありますけど。


「グローリアのおかげでアクシオと共に私の国が行動に移す名分ができたからね。まぁ、これはきっかけに過ぎないんだけれどね。あまりにも罪が多すぎて」


 この国がどれだけ腐っているかはナインたちと一緒に活動してきたからよく知っている。


 でも、私でも分かるほど理由がかなりこじつけなのでは。

 

「手っ取り早い名分が聖女である私だったのね……。それなら説明してくれてもよかったじゃない……」


「ごめんね、グローリア。君って顔に出やすいから」


「うっ、たしかに……。ところで……」


「うん?」


 さっきシンがナインのことナインハルト殿下って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?


 ナインハルトって言ったらお隣の帝国の……。


 ひょいっ、と私は抱きかかえられたまま何かに乗せられた。あの変な生き物に。


「え」


「さぁ、グローリア。私たちの国へ帰ろうか」


「いやいやいやちょっと待って! いろいろとおかしいから!」


「うん?」


 うん? と首をこてんと傾けたナインの笑顔は今日一番と言ってもいいほどのものだった。


「そんな笑顔に騙されないからね!?」


「ちぇっ」


「ねぇ、ナイン。いや、ナインハルト殿下」


「ナインでいいよ」


「聞きたいことがたくさんあるの」


「うん、なんでもどうぞ」


「ナインは……帝国の王子、なの?」


「そうだよ」


「この生き物って何?」


 私の質問にぷはっとナインは笑った。「次の質問がそれなの?」って。いやだって気になるんだもの。


 この生き物……何よ?


 見た目はアヒル? ほげぇぇって鳴くけど。


「他にも聞きたいことはたくさんあるんだよ? でも何から聞いていいのか……で、とりあえずこの手枷を外してもらえない?」


「それは難しいかなぁ。国へ帰るまでは我慢してほしいな。だって逃げるでしょ?」


「ねぇ、ナイン。今日ずっとそれ言ってるけどどういうことなの?」


「私から逃げないでほしいんだ」


「逃げるも何も……」


「どこにも行かないって約束してくれるのなら」


「う、うん……約束する」


 私がそう言うとナインが手枷をカチャリと外してくれた。全く痛みはなかったけれど、やっぱり不自由だったからね。


 両手が自由に使えるようになってすっきりした。


「ねぇ、グローリア。私と一緒に帝国へ来てくれない?」


「え? 一緒にって……」


 有無を言わさず連れて行かれると思っていたんだけど……。だってすでに乗せられてるし。


「最初はね、手枷をはめて神聖力を使えなくし逃げられないようにしてから連れて行くつもりだったんだよ」


 こわっ。


「でも、やっぱりそういうのはよくないからね。ちゃんと私の気持ちをグローリアに伝えないといけないよね」


「気持ち……」


「グローリア、私は君とずっと一緒にいたいんだ」


 後ろから抱きかかえられている状態で耳元でそんなことを言われるなんて恥ずかし過ぎる。


 もちろん、恥ずかしさだけではない。


 ナインが私と同じ気持ちだったことが嬉しくて。


「ねぇ、ナイン……」


「グローリア、返事は……?」


「プロポーズがこのアヒルもどきの上っていうのは少し雰囲気に欠けると思うんだけ……って、ぎゃぁぁ!」


 アヒルもどきがいきなり「ほげぇぇ」と鳴きながら飛び立った。いきなりだったから「ぎゃぁぁ」とか可愛くない叫び声が出てしまった。


「グローリアは雰囲気を壊す天才だね」


 ナインは顔は笑っているけど、それはそれは怒っている時の顔だ。


「いや、アヒルが」


「もういいよ、このまま帝都まで行くから」


 え、帝都って帝国の帝都ですよね!?


「ナ、ナイン、ちょっと落ち着こうか。無理やりはよくないよ? それにほら、私の家の荷物とか手続きとか」


「大丈夫、もう解約して荷物は送ってあるから」


「……それって初めから私に選択肢はなかったということなのでは?」




 

 私は帝都に着くまでの間、出会いから今日に至るまでの愛について長々と語られるはめになった。


 ただ、アヒル酔いがひどくて半分以上聞いていなかったなんて言えないんだけれどね。



終わり。



読んでくださりありがとうございました。

少しでも面白かった思っていただけましたら、評価・ブックマーク・いいね、などで応援していただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


こちらの小説もぜひ!


★短編小説

【《コミカライズ》聖女として国を守るためにせっせと加護を施していたら"婚約者の王子が結婚式を挙げている"との知らせが入ったのですが】


★連載小説

【誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る】


読んでいただけると嬉しいです!


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