第46話 サイレント、人狼を追いかけない
前回のあらすじ
カマテとアリア、人狼の香りで眠ってしまう。
サイレント、カマテと人狼を追いかけようとする。
「どうかされましたか、お客様。そんなに慌てて」
玄関で昨日と同じように、おかみさんに声をかけられた。
玄関はドアが閉まっていたため、人狼の香りは室内まで入っていないということか……
「大変です。今、貴方の息子さんが魔物にさらわれたんですよ」
「そうでしたか」
おかみさんが落ち着いた様子でこたえた。
「そうでしたか……じゃないよ、なんでそんなに落ち着いているのさ。カマテの命が危ないんだよ!! はやく助けに行かないと!!」
ボクは玄関から外へと出ようとした。
「待ってください、お客様。夜間外出許可証はお持ちですか?」
「持ってないけど、そんなこと言っている場合じゃないよ。一刻を争うんだから!!」
「それなら、外に出すわけにはいきません」
おかみさんは玄関の前に立ちふさがった。
「息子の命がかかっているのに?」
「規則は規則ですので」
「そんなこと言っている場合じゃないんだって」
ボクはおかみさんを押しのけて外へと出た。
そこに、人狼とカマテの姿はなかった。
「あ、ちょっと、お客様、すぐに宿屋に戻ってくだ……すー」
慌ててボクを追いかけてきたおかみさんはばたりと倒れて、眠ってしまったので、慌てておかみさんを抱きかかえる。
おかみさんも人狼の香りにやられたのだろう。
ボクは鼻から大きく息を吸い込む。
うん、確かに、眠くなる香りだ。
おかみさんを抱きかかえたまま、探知能力を使ってはみるが、人間に化けなおしたのか、既にボクの探知範囲を超えているのか、狼の気配を探ることはできない。
念のためにボクは地べたに這いつくばり、音を探る。
町中はしんと静まり返っていた。
足跡を探す。
「ふむふむ、足跡は村の外のほうへ向かう道にあるな……」
このまま村の外まで追いかけるか。
ボクの脚なら、すぐに追いつくはずだ。
いや、待てよ。
おかみさんを抱えたまま人狼に追いつくのは難しいな。
一度、おかみさんを宿屋の中に入れてから探しに行けばいいか。
ボクはおかみさんのベッドがどこにあるか分からなかったため、カウンターの上におかみさんを乗っける。
うん、これでよし。
さて、人狼を探しにレッツ・ゴー。
ボクは宿屋から1歩出たところで足を止める。
いや、待てよ。
アリアは言っていた。
人狼は残酷な罠を用意できる……と。
そうだよ、『逃げる魔物を深追いするな』っていう、冒険者の標語があるじゃないか。
よし、宿屋で籠城作戦といこう。
断じて、罠が怖いからじゃないんだからね。
そう、これは安全確保を優先しただけだ。
人狼が村の外に逃げたと見せかけて、ここら辺をうろうろしていたら、宿屋にいる人全員が危ないし。
脚が震えているのは武者震いで、断じて、一人で怖くて震えているわけじゃないんだからね。
勘違いしないでよね。
……って、誰に言い訳しているんだろう、ボクは。
ボクは籠城をするために、玄関から自分の部屋に戻った。
…………
……
「アリア、アリア」
ボクはアリアに声をかけ続ける。
「ん……何デスか、師匠?」
良かった。
呼びかけに反応してくれて。
外は月が沈みきってしまったというのに、アリア、全然起きないんだもん。
人狼の香りの効果は何日も続くんじゃないかと心配したんだから。
「昨夜のこと、どこまで覚えてる?」
「どこまでって……カマテさんが人狼に捕まって……それを目撃したアリアは……そう デス、寝てしまったんデス。アリアが寝た後の状況を教えてくださいデス」
アリアは機転が利くな。
すぐさま状況確認をするなんて。
「カマテが連れ去られた後、外に出たんだけど、既に姿が見当たらなくてね。しかたないから宿屋に戻って、アリアを起こし続けていたんだ」
「師匠、あの香りを嗅いでも、眠りに落ちなかったんデスか?」
「うん、まあね」
「さすが師匠デス。アリアは寝てしまいました。すみませんでした」
「人狼の香りのせいだから、仕方ないよ」
「師匠には人狼の香りに耐性があるんデスかね」
「耐性? そんなのないと思うよ」
「いやいや、謙遜は必要ないデス。耐性がなければ、アリアみたいに寝てしまうんデスから」
「ボクは香りに鈍感だから気づかなかっただけなんじゃないかな」
「羽虫まで気配察知ができる師匠が鈍感なわけないデス」
「気配察知と香りは別の話な気がするけど……」
「別じゃないデス……多分」
「多分かい!!」
「ボクが香りに耐性があるかどうかは別にどうでもいいから。それよりもカマテが気になるよ。町の中を探してみよう」
「分かったデス」
ボクとアリアは、カウンターですーすーと寝息をたてているおかみさんを素通りして外に出た。
まだ辺りはうす暗いが、ほんの少しだけ太陽が垣間見えた。
太陽が少し見えているのだから、今は夜間じゃないと言い張れるはずだ。
ボクとアリアは宿屋から住宅街へと向かった。
カー、カー。
住宅街に入ったとたん、おびただしい数のカラスの鳴き声が耳に入ってきた。
「アリア、聞こえる?」
「聞こえるデス。師匠、この町では朝一番にカラスが鳴くんデスか?」
「朝鳴くのは、鶏だよ。カラスが鳴くことなんてめったにないさ」
「……ということは、何かが起きているってことデスね?」
「そうだね。とりあえず、鳴き声のする方へ行ってみよう。嫌な予感がする」
「分かったデス」
気配察知。
薄暗い住宅街の裏路地で、人の気配はない。
あるのは、無数のカラスの気配だけだ。
カラスたちは周りを警戒しながら、『何か』に群がっていた。
その『何か』には、生きている気配がない。
「ほのかに鉄の臭いがするデス」
ふいに嗅覚の良いアリアが呟いた。
「鉄の匂い……もしかして……」
先行していたボクは、アリアの前にたちふさがり、とっさにアリアの目を両手で押さえる。
「どうしたんデスか、師匠」
「見ちゃダメだ」
そこには、カマテらしき子どもが血まみれで車いすに乗っていた。
医者を呼ぶ必要はないくらいに、無残な姿だ。
「誰か、誰か来てくれ!! 子どもが無残に死んでいる!!」
「子どもが死んでるだって?」「まさか、村長と同じように、また魔物にやられたのか?」「おい、安易に適当なことを言うな。まずは、状況確認だ。子どもは家からでるな」
しんと静まり返っている住宅街で、ボクが大声で叫ぶと、住宅街から何人か大人達がやって来た。
「これは、カマテじゃないか」「ああ、カマテに間違いない」「カマテのお母さんを呼んでくるよ」「俺も行こう」
町が慌ただしくなる。
「アリア、とりあえず、ここから離れよう」
「分かったデス」
アリアは素直にうなずいた。
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、人狼を追いかけずに宿屋で籠城をきめこむ。
サイレント、カマテの無残な亡骸を見つける。