第35話 サイレントとアリア、宿屋に泊まろうとする
前回のあらすじ
サイレントとアリア、タナトス教の教祖様がもしも人狼だったらを考える。
サイレントとアリア、宿屋に向かう途中で劇のクライマックスだけを観る。
「いらっしゃいませ」
宿屋に着くと、カウンターに立っていたおかみさんが笑顔で迎えてくれた。
「すみません、泊まりたいのですが、空室はありますか?」
「何名様ですか?」
「ボクとアリアです」
数が分からないボクは、名前で人数を伝える。
「お二人様だと……1部屋で良ければ空いていますね」
おかみさんは台帳を確認しながらこたえた。
「今日は混んでますね」
言ったら失礼だけど、前に来た時はいつも1人1部屋借りることができたのに、今日は1部屋しか借りられないなんて……
「たまたま、遠方から来た劇芸人の一座が、旅の疲れをいやすために数日宿泊されることになったんですよ」
ああ、さっきの広場にいた一座か。
「そうなんですね。アリア、ボクと同室だけど、大丈夫?」
「アリアはシャワーがあれば、どんなところでも良いデス」
「それじゃあ、そこでお願いします」
「お食事は、夕食と朝食がサービスでつきますが、いかがなさいますか?」
「いただきます」
「それでは、宿帳にお名前をお願いいたします」
宿屋のおかみが、宿帳とインクペンを差し出してきた。
うん、無理。
ボク、字なんか書けないもん。
「アリア、書いてくれるかな? ボク、両手が痛くて」
手が痛いフリをしながら、字が書けないのをごまかす。
「両手とも一緒にデスか? まさか、ダークドラゴンと戦った時にケガでもしたんデスか?」
しまった。
利き腕だけ負傷だと言えばよかった。
「怪我じゃないけど……」
どうしよう、実は文字が書けないから……とは言い出せない雰囲気だ。
「怪我じゃないなら、どうしたんデスか?」
「これはね……アリアを持ったから……かな」
「アリア、そんなに重かったデスか?」
明らかに落ち込むアリア。
「そういうことじゃなくて……」
「それなら、どういうことデスか?」
「それはね……ボクのケガはどうでもいいんだよ。まずは、宿帳に記帳するんだ、アリア。おかみさんも待っているし」
本当は全然痛くないので、無理矢理にも話題を変える。
「分かったデス」
アリアは一文字一文字を丁寧に字を書く。
達筆……かどうかは分からないけど、書いている所作が、とてもエレガントだった。
「あら? あなた、古い文字を書くのね! こんなにキレイなエイシエント文字、初めて見たよ」
書いている字を覗きこんだおかみさんが感嘆する。
へぇ、アリアって、古い文字を書くのか……
「あはは……ところで、交易が盛んそうな村なのに、宿屋はここだけなんデスか?」
アリアは字を書きながら尋ねた。
「ああ、そうさ。近くの町に豪華な宿をとって、ここには、日帰りで仕入れをする商人が多いからね。この村の宿屋は商売あがったりなんだよ」
宿屋のおかみさんはいら立ちを隠そうともせずに話してくれた。
「近くの町デスか? それって、もしかして……」
「そう、憎きカバッカの町よ」
おかみさんはさらに険しい顔になる。
「なるほど……見えてきたデス」
アリアは納得をした。
「アリア、何が見えてきたの?」
「商人のほとんどは、比較的豪華な宿があるカバッカの町に泊まって拠点にしていて、ホバッカの村には日帰りでお菓子を仕入れているから、この村の宿屋にはあまり恩恵がないということデスね」
「宿だけではなくて、水も食料も全てカバッカの町で調達するから、レストランもあまり儲からないのよ」
「そうなると、村の人々はみんなお菓子作りをしたがるデスね」
「結局、どこもお菓子作りを始めるもんだから、安さ競走と客引き競争が始まって、この村の産業は衰退しているのよ」
「負の連鎖が起きているから、ホバッカ村のみなさんは、カバッカの町が憎んでいる……ということデスね?」
「そうなのよ」
「なるほど」
良く分からないけど、ボクも頷いておこう。
それにしてもすごいな、アリアは。
少しの情報で、これほどまでに推測ができるなんて。
「あ、バカな冒険者さんだ!!」
声の主は先ほど負の気配を出していた、車いすの男の子だった。
「お客様に何失礼なことを言っているんだい! すみません、後で言って聞かせますので、許してください」
「気にしてませんよ」
……って、アリアの目の前でボクのことをバカって呼んだ!?
どうしよう、アリアにバカってばれちゃう。
「師匠、もしかして……」
まずい、まずい、まずい。
アリアも勘づいているみたいだ。
なんとか誤魔化さないと。
「これはね、アリア……」
「アリア、見ず知らずの子どもにバカにされたデスか?」
「え?」
「だって、アリアを見て、バカな冒険者だって言ったデス」
いや、それはボクのことじゃないかな……
そもそも、アリアはこの村に来たことがないし、冒険者登録をしていないから、アリアはまだ正式な冒険者じゃないしね。
でも、勘違いしているなら都合がいい。
このまま黙っておこう。
「確かに、冒険者ってのは、冒険ばかりしていて、根無し草だからね。町の人にはバカにされがちなんだよ。でもね、色々な町や村に行って、バカにされるってことは一人前の証でもあるんだ」
「どうしてデスか?」
「同じ場所にずっといる冒険者は、冒険者とは呼べないからね」
適当なでまかせで誤魔化しておこう。
「なるほど、つまりアリアも一人前だと認められたということデスね?」
「そういうことだよ!」
ボクはサムズアップをした。
「少年、アリアのことはたくさんバカにしていいデスからね」
「バカにしていいなんて、変なお姉ちゃん。さすが、検問所で檻に入れられただけのことはある」
「ちょっと、なんてことを言うの!! 重ね重ね申し訳ございません」
平謝りするおかみさん。
忙しい人のためのまとめ話
サイレントとアリア、宿屋に泊まろうとする。
アリア、宿屋の少年にバカにされたことを誇らしく思う。