第32話 サイレント、誘拐犯と勘違いされる
これまでのあらすじ
サイレント、小麦の値段があがることで、貴族の利益が半端ないことを知る。
サイレント、解決策を考える。
「それは……くじとか?」
「くじはやめておいたほうがいいのよ」
「何でですか?」
「くじを作成し、くじがあることをみんなに周知して、くじを引く順番を決めるのに、労力と時間がかかるのよ」
「それはそうかもしれませんが、それなら、何日かあればできますよね?」
「大変なのはここからなのよ」
「え? あとは当選者に小麦をあげるだけじゃないんですか?」
「違うのよ」
「当選しなかった人が、自分の運を恨み、くじで当選した人を恨み、くじの主催者さえも恨み、命さえも狙うかもしれないのよ。そんな人がもしも一人でもいたら、その騒動を皮切りに、集団で暴動を起こすかもしれないのよ」
「そんなこと……いや、起こるかもしれませんね、暴動」
院長先生の言葉を否定しようとしたが、彼女がいないカバッカ町にいる司祭様の顔が思い出され、ボクはうなずいていた。
いや、正確には彼女がいないことを妬んだ暴動ではなかったんだけど。
「それなら、全員が助かる道はないんですか?」
「あるにはあるけど、今の状況だと難しいのよ」
「あるにはあるんですか?」
「王様が協力してくれればなのよ」
「ああ、それなら、絶対に無理だろうさ」
パン屋の女店員はあきらめの表情でつぶやいた。
「どうしてですか?」
「隠しているみたいだけど、王様は体調が悪いみたいだからさ」
そうだった、王様はあげはに操られているんだった。
「おのれ、あげはめ!!」
「ちょっとー、サイレンコさんー」「何を言っているのよ」
そうだった。
ヴァンパイア・あげはの話は秘密だったんだ。
「あげは? 何の話さ?」
女店員は目をぱちくりさせて訊いてくる。
「あげはというのはデスね……」
そして、正直にあげはのことを説明しようとするアリア。
「それは、こっちの話です!! パン、ありがとうございました」
ボクはアリアの口を手で塞いだまま、アリアをひきずり露店から立ち去った。
「少女誘拐!!」
「少女誘拐じゃないから!! 違いますからね!!」
周りからの冷たい視線に気づいたボクはすぐさまアリアの口を塞いでいた手をはなす。
「アリアからも何か言ってあげて」
「アリア、この状況を何とかしないといけないと思うデス!!」
「『この状況を何とかしないといけない』って、やっぱり、誘拐なのかしら?」「警備兵に通報するべきでは」「通報した方がいいのよ。こんな白昼堂々の誘拐とは、世も末なのよ」
うぎゃー、完全に勘違いされてるし。
「何とかしないといけない状況っていうのは、小麦が高騰しているってことだよね?」
ボクはわざとらしいくらい大きな声でアリアに尋ねる。
「その通りデス。小麦の値段をなんとかしないと、真面目な農民さんが気の毒デス」
「なんだ、誘拐じゃなくて、小麦が高騰している状況のことか……」「あやうく警備兵に通報するところだったよ」「アリアちゃんを誘拐しようとするなんて許せないのよ」
ふう、どうやら誤解は解けたみたいだ……1人以外には……
「……って、院長先生じゃないですか」
「ちっ、ライバルを減らすチャンスをみすみす逃したのよ」
「何か言いました?」
「今、サイレントがアリアちゃんを誘拐しようとしているという誤解を解こうとしていたのよ」
耳打ちをしてくる院長先生。
そんな風には感じなったけど……
「二人で何をコソコソ話しているんデスか?」
「小麦が高騰している今の状況を何とかしないといけないけど、どうにもならないと話していたのよ」
「そんなことないですよー。まだできることはあるかもしれませんー」
「ボクたちに何ができるんですか?」
「ありますよー。まずは王城へ行くんですー」
「王城へ? 何しにですか?」
「小麦が高騰しているという現状を王族に伝えるんですよー」
「今の状況を王族は知っているのではないデスか?」
アリアは驚きながらフラットさんに尋ねた。
「知らない可能性が高いですねー」
「え? 知らない? 何で?」
「王様の体調が悪いのでー、政務どころではないはずですからー」
「なるほど……って、ボクたちが王族に現状を伝えるって言っても、門前払いされて終わりじゃないですか?」
「ちょっとしたコネがあるので、お姫様になら会えるはずですよー」
さすがはフラットさんだ。
「ちょっとしたコネ? それなら、フラットだけで行くといいのよ」
院長先生、どんだけフラットさんと行動を共にしたくないんだよ。
「そんなつれないこと言わないでー、みんなでいきましょうよー。私だけだと、うまく説明できないかもしれないですしー」
駄々をこねるかのように、院長先生の腕をつかむフラットさん。
「ちょっと、フラット、物は考えてから言うのよ。サイレントは指名手配されているのよ。王城に行ったら、捕まえてくれと言っているようなものなのよ」
「確かにそうですよ」
そうだった、ボク、指名手配されているんだった。
「サイレントさんってー、どこにいるんですかー?」
フラットさんは辺りをきょろきょろ見回す。
「それは、ここに……」
『ここにいます』と言おうとして、ボクは口をつぐむ。
「ここにいるんデスか?」
アリアまでもきょろきょろと周囲を見回し始めた。
『もうそろそろ、アリアちゃんにカミングアウトするのよ』と院長先生は念話でメッセージを送ってきた。
ボクは院長先生の眼を見て、こくりとうなずく。
「ここにサイレントお兄ちゃんはいないね。どこかに隠れてはいるだろうけど」
『サイレント』
院長先生との念話のメッセージがボクの頭に直接届くが、ボクは空の上を見上げて、口笛を吹いた。
「それならー、このまま王城に行っても問題ないですよねー?」
「そうですね、フラットさん。サイレントお兄ちゃんはどこかに隠れていて、ここにはいないんですから」
「ちょっと、サイレント、何を言っているのよ!!」
「え? サイレントお兄ちゃんの声が聞こえたんですか、院長先生?」
ボクまでもがきょろきょろとあたりを見回す。
ボクの態度を見てにらみつけてくる院長先生。
絶対にアリアにだけは女装はバレたくないんだ!!
「それならー、なんの問題もないですよねー? みんなで王城へ行きましょうー」
「そうですね」
ボクたちはフラットさんの後をついていった。
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、誘拐犯と勘違いされる。
サイレント、女装だけは絶対にバレたくない。