第29話 サイレントと院長先生、借金男がどうして借金をしたか予想する
これまでのあらすじ
サイレント、ナ・リキンの馬車のせいで露店から出られない。
サイレント、ナ・リキンに借金をした人と出会う。
「どうしてですか? 絶対にろくでもない理由ですって!! お酒とか!!」
「あの人からお酒の匂いがしたのよ?」
「そういえば、お酒の匂いは全然しませんでした……だけど、今はアルコールが抜けているだけかもしれませんよ。素面でしたし」
「さっきヒールを使った時に、治せるところは全部治そうと思って、魔法をかけたんだけど、手が豆だらけだったこと以外は彼の体は健康そのものだったのよ。だからお酒を飲んでいる可能性は低いのよ」
「健康だとどうして、お酒を飲んでいないってわかるんですか?」
「お酒を飲めば、肝臓が悪くなるからなのよ。でも、どこも悪くなかったのよ。少なくとも日常的にお酒は飲んでいないはずなのよ」
なるほど、そういうことか。
それならお酒での失敗ではなさそうだ。
「それなら、女遊びじゃないですか?」
「その可能性も低いのよ」
「どうしてですか?」
「私、助けた人は独身かどうか、薬指の指輪を見て必ずチェックして、独身なら結婚を迫るようにしているんだけど……」
さすが、院長先生だ。
人助けをするときでも、下心を全く隠そうとしないなんて。
「さっき殴られた人に駆け寄った女性、薬指に殴られた男と同じ指輪をしていたから、おそらく奥さんなのよ。女遊びで借金をしたのなら、奥さんがついてくるはずないのよ」
なるほど、確かに。
もしも女遊びで借金したなら、奥さんには愛想をつかされて一緒に借金とりのところまで来ないだろう。
「それなら、ギャンブルなのでは?」
「さっきも言ったけど、あの人の手は、豆だらけなのよ。ギャンブルをするような手には見えないのよ」
「最近、ギャンブルを覚えたかもしれませんよ」
真面目な人間が覚えたてのギャンブルで破産したなんてことは、よくある話だ。
良くない話だけど。
「その可能性も低いのよ。ギャンブルをした借金なんて、普通は隠したがるのよ。それにも関わらず、公衆の面前で借金を遅らせてくれと彼は言ったのよ」
確かに、ギャンブルで借金をしたならば、わざわざ公衆の面前で返済を遅らせることを頼み込む必要なんてない。
そんなことをすれば全員に後ろ指をさされるのがオチだ。
「へえ、ここらじゃ見かけない顔だけど、あんた見る目があるね」
話しかけてきたのはパン屋の女店員だった。
「そうなのよ。私は心が広い上に人を見る目もあるのよ」
自信満々に胸を張る院長先生。
「こんなに小さいのにね」
「誰がありんこみたいに小さいのよ!?」
珍しく院長先生が怒って女店員に殴りかかろうとしていた。
「院長先生は心が広いんでしょ? その広い心で許してあげなよ」
ボクはとっさに院長先生を羽交い絞めにする。
「はっ、美女による幼女誘拐!?」
女店員は羽交い絞めにしているボクを見て言い放った。
「誰が美女じゃ、こら……じゃなかった、誰が幼女誘拐じゃ、こら!!」
院長先生を止めなければよかった。
そうすれば、院長先生はこの女店員に怒りの鉄拳を食らわせていただろう。
後悔。
「幼女誘拐じゃないですねー」
うん、そうだよね。
幼女誘拐じゃない。
「この小さい人は大きい人よりも年上ですからー」
「はっ、つまり、熟女誘拐!?」
確かに院長先生はボクより年上だけど、熟女は極端すぎない!?
「そうそう、見た目は幼女、実年齢は熟女……って、誰が熟女なのよ!? 私は人間で言えばまだ成人さえしていないのよ!! ホーリ……むぐっ」
ボクは本気で魔法を唱えようとしている院長先生を羽交い絞めにして口を両手で塞ぐ。
「むーっ、むーっ!!」
必死に抵抗して、呪文を唱えようとする院長先生。
「抵抗しても離しませんよ。こんな街中で魔法なんか唱えたら、甚大な被害が出るんですからね」
さすがに、町を壊滅させたら、ボクまで牢屋行だ。
手を離したらダメ、絶対!!
「熟女の口までふさいで誘拐しようとするなんて、可愛い顔をしてやることが卑劣ね」
手、離そうかな……マジで!!
「卑劣じゃないデス。こんな白昼堂々、誘拐なんかしようとするはずないデス」
「そうともいいきれないのさ。最近じゃ、冗談じゃなく、金のために人さらいをする輩が多いからね」
「治安が悪いんデスか?」
「ああ、そうだよ」
「どうしてデスか?」
「今、パンを買いに来たような金持ち貴族連中が治安を悪くしているのさ」
「貴族が治安を悪くしているだって!? チンピラを雇って、お金を強奪でもしているの?」
農民のお金を強奪し、一文無しにしてから、お金を貸したのだろうか?
そうだとしたら、質が悪い。
「強奪? そっちのほうが幾分かマシだったろうよ」
幾分かマシってことは、強奪より酷いことが起きてるってこと?
「一体何があったんですか?」
「今年、ここらあたりの小麦は不作だったから、貴族たちが結束して市場に出回っている小麦の買い占めに走ったんだよ」
「神様が倒された後、パニックになった貴族たちが、とりあえず生き延びるために小麦を買い占めた時とほぼ同じ状況ということですねー」
「あの時の再来なんて、悪夢なのよ」
院長先生は眉間にしわを寄せる。
「あの時の大混乱は本で読んだことがあるデス」
ボク以外のみんなが納得をする。
「ああ、なるほど、なるほど、そういうことね」
さっぱり分かっていないけど、話についていきたいがあまりに、ボクもとりあえず大きくうなずいた。
忙しい人のためのまとめ話
サイレントと院長先生、借金男がどうして借金をしたか予想する。
サイレント、院長先生とフラットさんとアリアの話についていこうとする。