第26話 サイレント、アリアの師匠になる
前回のあらすじ
サイレント、アリアの目標を聞く。
サイレント、一緒に魔王を倒そうとアリアに誘われる。
「それでは、アサシンのサイレント」
アリアはまるで、騎士団団長かのように、ボクの名前を呼び捨てにする。
「はい」
あまりにも威厳がある声だったので、つい返事をしてしまった。
「アリアとパーティー組んで、魔王を倒しに行くデス」
びしっと人差し指をボクの方に向けてくるアリア。
「嫌だ」
師匠という呼び方がアサシンのサイレントの呼び方になっただけで、言っている内容はさっきと同じじゃないか。
「それなら、サイレント、アリアと契約して、下僕になるといいデス」
「イヤだよ……って、だんだんボクの立場が弱くなってない?」
「なるほど、師匠は立場が気になるんデスね。それなら、師匠になるか、パーティーメンバーになるか、下僕になるか、好きなのを選んでいいデスよ」
「うーん、そうだな……アリアの下につくってのは嫌だから、契約して下僕になる……ってのははないな」
「それなら、師匠かパーティーメンバーデスね?」
「そうだね、アリアの師匠になって魔王を討伐するか、アリアとパーティーメンバーになって魔王を討伐するか悩むな……って、ボク、どれも選ばないからね」
選んだ時点で魔王討伐が決まってしまうじゃないか!
「なるほど、下僕も師匠もパーティーメンバーもいやだということは、あの関係デスね」
「あの関係?」
「恋人関係デスよ」
「恋人関係!?」
もうっ、アリアったら、院長先生と同じく、恋愛脳なんだから。
「そうデス」
ボクが恋愛にうつつを抜かすわけないじゃないか…………と思いながら、ボクはちらりとアリアの顔を盗み見る。
アリアの頬は紅潮して、少しだけ照れているようだ。
カワイイ。
アリアは師匠とか下僕とかパーティーメンバーとか言っていたけど、それらは建前であって、最初から恋人関係になりたかったんじゃないか?
そうだよ、あの院長先生の差し金だもん。
そういうことに違いないよ。
「うん、恋人関係もいいかもしれないな」
「師匠、恋人になったんなら、世界の平和のためにすぐにでも魔王を倒しにいくデス!!」
「い・や・だ。恋人関係なんかにならないんだからね」
これは、逆だ。
アリアは師匠とか下僕とかパーティーメンバーとか恋人とか言っていたけど、それらは建前であって、最初から魔王討伐がしたかったんだ!!
「それじゃあ、どんな関係なんデスか? まさか、婚約者ですか!?」
アリアは顔を真っ赤にして尋ねてくる。
婚約者……婚約者ってなんだ?
聞いたことのない言葉だ。
バカだと思われないために適当に返事をしてしまおう。
「まあ、それでもいいけど」
「いいんデスか?」
「職場体験をしにきたんだから、まずは、先輩と後輩の関係でしょ?」
「サイレント先輩で、アリアが後輩ってことデスね?」
「そうだね……」
……と肯いてから気づく。
もしも、町中でアリアが『サイレント先輩』と言ったら、あのバカのサイレントが先輩面している……とバカにされるかもしれない。
そうなれば、すぐにでもアリアにバカだとばれてしまう。
「サイレントは言わないで、先輩にしてくれないかな?」
「分かったデス、アリアは先輩と呼ぶデス。いい慣れませんが頑張るデス」
そう言ってから気づく。
そういえば、以前、男の先輩冒険者が女の後輩冒険者に先輩と無理矢理呼ばせて問題になった……っていうセクハラ事件があったっけ……
ちょっと待てよ。
それって、今の状況に似てるよな……
「あー、アリア、言いづらかったら、先輩じゃなくても、違う呼び方でもいいんだよ」
「それなら師匠が良いデス」
「師匠か……」
師匠ならば、ボクの名前も出てこないし、気配を消せば、町中でもボクだと気づかないはずだ。
なんなら、フードをかぶって、ボクの顔を隠せば、サイレントが師匠になったとは気づかないだろう。
それに、アリア自身が決めた呼び方だからセクハラにもならないはず。
「よし、今日からボクはアリアの師匠だ」
アリアに師匠と呼ばせるからには、予定変更だ。
ボクがあえて師匠になって、アリアにキツイ修行をさせよう。
そうすれば、その修行に耐えられなくなったアリアは、早々に冒険者を諦めるはずだ。
うん、この作戦でいこう。
院長、ボク、院長の辞めさせるクエストを見事達成させてみせます。
「師匠、ありがとうございますデス」
右手で鎌を抱え、左手でスカートの端を持ち、膝を曲げてまるで貴族のように丁寧なお礼をするアリア。
「それでは、すぐにでも修行をするデス!!」
「今から……って、こんな深夜から!?」
「今からやれば、キツイ修行がもっとキツイ修行になるはずデス」
それはそうなんだけど、眠いから無理。
「アリア、今日はもう遅いから、修行は明日にしよう」
「何でデスか?」
「それは……そう、近所迷惑だから」
「近所迷惑?」
「そうだよ、キツイ修行をするにしても、近隣住民に迷惑をかけたら、この町では暮らしていけないからね」
「でも……」
「まずは、寝ようか?」
「……分かったデス」
アリアはしぶしぶ頷くと、自分の大鎌を拾って、当たり前のようにボクのベッドで横になり、大鎌を抱き枕にしていた。
「いやいや、何でボクのベッドに寝ているの?」
びしょびしょの体で寝たから、ベッドまでびしょびしょになっている。
「師匠が寝ようとおっしゃったのデス」
「自分の家に帰って、自分の部屋で寝てよ」
「こんな夜中に、うら若き乙女のアリアを外に出歩かせるんデスか? それは人としてどうなんデスか?」
うっ、これは言い返せない……ってこともないな。
「それなら、そもそも、夜中に家に来ないでよ」
「夜中じゃないと、師匠に勝てないじゃないデスか」
「いやいや、夜中でもボクに勝てなかったじゃないか」
「寝込みを襲って負けたんデスから、起きている時に襲ったら、絶対に負けますよね? だから夜中に来たんデスよ」
「そっか、そうだよね。うん、納得」
「納得していただけたなら、おやすみなさいデス」
「おやすみなさい……って、いやいや、アリア、そこどいて。ベッドで横になれない」
「一緒にベッドで寝ればいいじゃないデスか」
「え? 一緒のベッド……」
その考えはなかった。
シングルベッドを二人で半分ずつ使う……
……って、そんなことが院長先生の耳に入ったら、責任を取って結婚させられるかもしれない。
ダメだ。
もしも、アリアと結婚したら最後、両親の仇、魔王討伐を迫られる。
「あのさ、やっぱりベッドは一人で眠った方が良いと思うんだ……」
「確かに、アリアもそう思います……すーすー」
「だからね…………って、既に寝息を立てて寝てるし!」
うん、ボクは床で寝たほうがよさそうだ。
もしも一緒のベッドに寝て、アリアが寝返りをうった方向が悪ければ、あの鎌の先が脳天にぶっ刺さるかもしれないしね。
忙しい人のまとめ話
サイレント、アリアの師匠になる。
アリア、サイレントのベッドを占領する。