第64話 サイレント、絶対に動かないようにとお願いされる
これまでのあらすじ
アリア、ヴァンパイア・あげはの心をばきんばきんに折る。
院長先生、ヴァンパイア・あげはを言葉巧みに牢屋へと誘導する。
そうだった、ボク、勝手に杖の力を使っていたんだった。
すっかり忘れていた。
「あれ? でも、ボクが杖を使ったことにより、天使たちがヴァンパイア・あげはの支配から逃れたんですよね? これって罪になるんですか?」
ボクは振り返らずに尋ねる。
「もちろんっす。無断借用したのだから、罪に問われるに決まっているっす。現行犯だから、裁判するまでもないっす」
もしかして、ボクも連行されて牢屋送りにされてしまうのだろうか……
「ちょっと待つのよ!! サイレントに抱き着くのは私なのよ!!」
え?
今、ボクに抱き着くとかそういう話じゃなかったはずだよね?
「なんでいつの間にか、ボクに抱き着く話になっているんですか?」
「神の作った杖を無断借用した罰として、天使長官カナエルはサイレントに抱き着こうとしているのよ。だから、私が待ったをかけているのよ」
「そんなことしないっす。私はこのサイレントを無断借用の罪で牢屋送りにしようとしているだけっす」
「問答無用なのよ!!」
傷だらけでボロボロな姿の院長先生は天使長官カナエルの話を完全にスルーして、ボクに飛びついてきた。
ボクはひょいと院長先生をかわす。
「「ぎゃー!!」」
悲鳴をあげる院長先生と天使長官カナエル。
ボクが院長先生をかわした結果、院長先生は、ボクの後ろで肩をつかんでいた天使長官・カナエルとあつい抱擁を交わしたので、お互い傷にさわったのだろう。
「堕天使にダメージを負わされたら、天使は回復できないのに、そんなに強く抱きしめられたら、傷口が開くっす。はやく、手を離すっす」
ボクの予想通り、やっぱり、傷にさわったようだ。
「それはこっちも同じなのよ。天使にダメージを負わされたら、堕天使は回復できないのだから、はやく手を離すのよ。カナエルちゃん。げへへ」
にやけながら、カナエルに抱き着き、体をすりすりとさせる院長先生。
あ、院長先生はわざとカナエルに抱き着いたんだな。
「こっちは最初から抱き着いてなんかいないっす。あなたが離せばいいだけっす」
耐えられなくなったのか、天使長官カナエルは、力ずくで院長先生をひっぺ返す。
「ああ、そんなにムキにならなくても、良いじゃないのよ。減るものじゃないのよ」
ひっぺ返された院長先生は、性懲りもなく天使長官カナエルに抱きつこうとした。
まだ諦めていないのか……
「良くないっす。あなたに強く抱きしめられて、確実に体力が減っているっす!!」
天使長官カナエルは院長先生を腕で押し返す。
「ぶーぶー。それなら諦めてあげるのよ」
「最初から私の邪魔をしないでくださいっす。こっちはこの男を牢屋に入れなくちゃいけないっすから」
「サイレントを牢に入れるつもりなのよ? そんなことさせないのよ。サイレント、私を背負うのよ!!」
「え?」
「はやく!! 牢屋に入れられたいのよ?」
「分かりました」
ボクは言われるがまま、院長先生を背負った。
さすがは小さい院長先生だ。
思っていた以上に軽い。
「合体なのよ!!」
「合体したところで、何がかわるというっすか?」
「魔力の総量がかわるのよ」
「また、その男から魔力を借りるつもりっすか?」
「その通りなのよ!! ホーリィ!!」
院長先生はものすごい魔力を練りこんで、ホーリィを唱える。
「それなら、こっちも倒れている仲間の天使の魔力を使わせてもらうっす!! このアーティファクトのペンダントの力でここにいる天使全員から魔力を集めるっす……」
なんてこった、天使カナエルが持っていたアーティファクトには、仲間の魔力を集める能力も付与されていたのか……
倒れている天使たちの数は明らかにボクの数よりも多い。
これじゃあ、ボク達大ピンチじゃないか。
「……ってペンダントがないっす!!」
ポケットの中や床を確認する天使長官カナエル。
「これのことなのよ?」
院長先生はニコニコ笑いながら自分の手を広げ、ペンダントを見せた。
「え? いつの間に盗ったっすか?」
「さっき抱き着いた時、いただいたのよ」
院長先生は抜け目ないな、本当に。
「くっ!!」
天使長官カナエルは悔しそうに下唇を噛んだ。
「もしも、今回、神の作った杖を無断借用したことを見逃してくれるなら、ホーリィを放たなくてもいいのよ?」
「目の前に犯罪者がいるのに、黙ってそれを見過ごせないっす。ホーリィを放つといいっす!!」
天使長官の矜持だろうか、カナエルは覚悟を決めて堂々とこたえた。
「いい度胸なのよ!!」
今にもホーリィを唱えそうな院長先生。
「院長先生、そんなすごい魔力を今の天使長官カナエルにくらわせたら、さすがに死んじゃいますよ」
ボクは小声で院長先生に伝える。
「分かっているのよ。最初から天使カナエルのギリギリを狙って、気絶させるつもりだったのよ」
院長先生も小声で返してきた。
「あ、そうだったんですね」
よかった、命まではとるつもりはなかったのか。
それはそうだよね、本当はボクたちが神タワーに忍び込んだのが良くなかったんだし。
「それでサイレントにお願いがあるのよ」
「なんですか?」
「私は魔法にホーミング処理を施さないといけないから、カナエルの隣の床にホーリィが当たるまで、絶対に動かないで欲しいんだけど、できるのよ?」
「できるに決まっているじゃないですか。ボクはアサシンのサイレントですよ? 何時間もじっと立っているのなんて朝飯前ですから」
「それは頼もしいのよ! ホーリィ!!」
院長先生がボクの背中からホーリィを打ち出したその瞬間である。
「あれ? 何かすごい魔力がするのだが」「敵が侵入して、魔法を使ったみたいだな」「おい、天使長官に向かって大きな魔力が向かっているぞ!!」
天使たちが全員目を覚ましはじめた。
「なんでこのタイミングで全員起きるの!!」
ボクは思わず、腕を動かして、ツッコミを入れてしまった。
「あ」
院長先生の『あ」というすっとんきょうな声で、これはやってしまった……と悟ったボク。
ドーン!!
爆発音は、院長先生のホーリィが天使長官カナエルに当たった瞬間だった。
忙しい人のためのまとめ
院長先生、天使長官カナエルに抱き着いて、アーティファクトのペンダントを拝借する。
院長先生、天使長官カナエルを無傷で気絶させようするが失敗する。