第5話 サイレント、院長先生と立ち話をする
これまでのあらすじ
サイレント、森の中の木の上にいた人たちが賞金稼ぎだと知る。
サイレント、殺気立っていたのが院長先生だと知る。
まさかとは思うが、孤児院があまりにも貧乏だから、ミスリド海集落まで、魚の買い出しをしにきたとかかな……
カバッカ町でも少しでも安いものを探してわざわざ遠いところまで出向いていたしな。
「何しているかって、サイレント、あなたを探しに来たのよ!!」
「ボクをですか?」
「そうなのよ。何週間も前からこのミスリド海集落に滞在していたんだけど、会えないから諦めてカバッカ町に帰ろうとしていたんだけど、会えてよかったのよ」
院長先生は抱き着いてきたので、ボクはひょいと身を翻してそれをかわす。
「ちょっと、感動の再会なのに、どうして逃げるのよ」
「すみません、院長先生って、なんだかんだ理由をつけて抱き着いてくるから、よけるのが癖になっちゃって……」
ボクが謝ると、背後にアリアが至近距離で立っていた。
「師匠、こんな往来の少ない集落に探しに来るなんておかしいデス。もしかして、賞金稼ぎに転職して、師匠を捕まえに来たのではないデスか?」
院長先生に聞こえないように耳元でささやくアリア。
「院長先生が賞金稼ぎに転職? いやいや、それは絶対にない」
院長先生が教え子であるボクを捕まえに来るなんてあるわけないじゃないか。
「デスが……」
何か言いたそうにするアリア。
あ、そっか。
きっと、アリアは院長先生とそんなに付き合いが長くないから、院長先生の性格をよく知らないんだな。
「アリア、大丈夫だから。ここはボクに任せて」
ここは先輩面をさせてもらうよ、アリア。
「分かったデス。師匠に任せるデス」
アリアは小声でうなずいた。
「どうしたのよ、二人でこそこそ話をして」
「あ、すみません、先ほど村の若者から、“旅人の冒険者”は久しぶりに来たと聞いていたのに、院長先生がいたから驚いてしまって」
ボクは適当に話をごまかす。
「ちょっと、サイレント、私は“カバッカ町の孤児院の院長”で“旅人の冒険者”じゃないのよ」
「確かに!!」
院長先生は町人であって、旅人でも冒険者でもない。
「……って、ちょっと待ってください。院長先生がここにいるってことは、カバッカ町の孤児院はどうしているんですか?」
「今はジューンちゃんに任せているのよ」
ジューンちゃんは誰か知らないけど、きっと安心できる人に任せているんだろう。
「へー、珍しいですね。院長先生が孤児院をほかの人に任せるなんて。いったい何かがあったんですか?」
ボクは真剣に尋ねる。
院長先生が大切にしている孤児院を留守にして、他の子に任せてこんなところまで来るなんてよっぽどのことがあったに違いない。
「何かあったって……何かあったのはあなたなのよ」
「え? ボク?」
「そうなのよ。あなた、カバッカ町であなた指名手配犯にされているじゃないのよ」
「え? あ、そうですね……って、ちょっとまってください。それで、ボクを追ってきたと?」
「そうなのよ」
こくりとうなずく院長先生。
その表情は真剣そのものだった。
「えっと……院長先生も懸賞金に目がくらんだとか?」
アリアがさっき言っていたように、ボクの首を取りに来たのか?
ボクは院長先生と少しだけ距離をとる。
「そんなわけないのよ。貴方が心配だったから追ってきたのよ」
院長先生、疑ってごめんなさい。
「ボクはご覧の通り大丈夫ですよ」
「そうみたいなのよ、あなたの顔を見て一安心したのよ」
ボクは、アリアに『ほら、大丈夫だったでしょ……』とアイコンタクトをとる。
アリアから返ってきたのは、不審の目だった。
まだ、疑っているの、アリア。
「師匠を探しているというなら、どうしてカバッカ町から離れたところにあるミスリド集落に来たデスか? 本来であれば、隣のホバッカ村や近くの町を探しに来るはずデスよね?」
アリアは院長先生に聞こえないように、ボクの耳元でささやいた。
確かに、アリアの言う通りだ。
ボクを追ってくるなら、こんな辺鄙なところには足を運ばないはずだ。
「院長先生、どうしてミスリド集落にきたんですか?」
「ラカンが言うには、サイレントが海水を飲むことにハマっているって言っていたのよ。だから、ミスリド海集落にいるかな……って思ったのよ」
「院長先生、それは安易ですよ。ボクが海水にハマっているからミスリド海集落にいるなんて……」
「でも、実際に今、ミスリド海集落にいるじゃないのよ」
「え? あ、はい、そうですね」
「安易だというなら、詳しく説明してほしいのよ」
言えない。
さすがに、ホバッカ村とニック村から追放されて流れ着いたなんて言えない。
追放されたことがバレたら、絶対にお仕置きされる。
「ボクは海水にハマっていたから……このミスリド海集落に来たん……です」
ボクは奥歯をかみしめながら言った。
「やっぱり海水にハマっているからじゃないのよ」
「……そうですね」
ボクは言いたいことを飲み込みながら、こくりとうなずいた。
「ところで、サイレント、海水ってどうやって飲むのよ? やっぱり水で薄めてから飲むのよ?」
あ、この流れはまずい流れだ。
「師匠は『冒険者特別証』を取得しているから、海水を原液のまま飲むことができるんデス。アリアもいずれは『冒険者特別証』を取得して……」
「わー、わー、わー」
アリアの話の途中でボクはわめきたてて、院長先生にアリアの話を聞こえないようにする。
そもそも、『冒険者特別証』なんて存在しないし、アリアに海水を原液で直接飲ませようとしていたなんてバレたら、とんでもないお仕置きが待っているじゃないか。
「『冒険者特別証』? それは何なのよ、サイレント?」
「何でもないです、何でもないんです。院長先生、海水を飲むよりも久々の再会を祝して、食事でもしないですか?」
ボクは強引に話題を変える。
「それは素晴らしい提案なのよ」
「師匠、久々の再会なら、アリアが水を差しちゃ悪いデス」
「水を差す? 何を言っているの、アリア、カバッカ町の院長先生だよ? アリアも知っているでしょ?」
いくら付き合いが短いからとはいえ、院長先生の顔を忘れるなんてことないよね?
「アリア、この方は知らないデスよ」
アリアは真顔のままきっぱりと言い切った。
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、院長先生と立ち話をする。
サイレント、アリアが院長先生を知らないことを知る。