32話 サイレント、火ネズミに遭遇する
これまでのあらすじ
サイレント、ボルケノ火山を登るが、魔物がいないことに気づく。
フラットさん、サイレントの無事を祈る。
――ボルケノ火山8合目付近で――
ボクは走りながら、考えていた。
山の天気は変わりやすいっていうけれど、今日は晴れていて、満月も出ているから絶好の月見日和だな……と。
いやいや、本当はこんな呑気なことを考えちゃいけないのは分かっている。
分かってはいるのだが、全然魔物の気配がしないんだもん。
ずっと戦闘ばかりだと思っていたこっちとしては、拍子抜けだよ。
もうすでに、山頂が目と鼻の先にあるんだもの。
もしかして、薬草摘みは楽勝なんじゃないか?
このまま、山頂まで魔物に遭わずに行ってやるぜ!!
……と意気込んだ矢先、何か生き物の気配がした。
ボクは足を止め、慎重に気配の主に目を凝らす。
しかしながら、ちょうど月明かりが雲に隠れてしまったために、暗くてよく見えない。
強いて言うなら、ボクと同じくらいの大きさの岩だね。
……って、暗闇なら大抵のものが岩にしか見えないじゃないか。
このまま月明かりが出てくるまで待つか?
おっちゃんの命がかかっているんだ。
いつ出るかわからない月明かりなんか、待っていられない。
それならマジック・バックから松明を取り出すか?
いや、ダメだ。
明かりをつけたら、相手に自分の位置を教えてしまう。
もっと目を凝らしてよく見るんだ。
ボクは集中して気配のするほうを見つめる。
もふもふとした毛のようなものがある。
これって、もしかしてベッド?
そうだよ、ベッドだよ。
きっと、このベッドはボクが山頂に来るのを待っていたに違いない。
お疲れ様、ここで一休みしてお行き……ってことだろう。
よし、ここはひとまず、休みますか……
「……って、生き物の気配のするベッドが山頂にあるわけないだろ!」
ボクは一人で突っ込みを入れてしまった。
何をやっているんだ、ボクは。
今の声で敵に自分の位置を教えてしまったぞ。
襲われるかもしれないと思ったボクはすぐさま、脚のホルダーからダガーを出して、かまえた。
ダガーをかまえた瞬間、月明かりがあたりを照らし、生き物と目があってしまった。
これって、もしかして、ネズミ?
ちょっと待って。
ボクと同じ大きさくらいじゃないか?
いやいや、ネズミに見えるだけで、ほかの生き物かもしれないよね。
そうだよ、こんな大きいネズミが存在するわけないよ。
『チュー』
謎の巨大生き物が鳴き声をあげた。
うん、間違いなくネズミだ。
きっと、これがフラットさんから依頼された火ネズミだ。
フラットさん、ボクくらい大きいネズミなら、大きいネズミだって言っておいてよ。
もっと小さいネズミを想像していたよ。
もしも、チューと鳴かなければ、スルーしているところだったよ。
そう思いながら、ボクは即座に戦闘モードに入る。
まずは退路の確保。
今まで登ってきた道の気配を探るが、生き物の気配はない。
火ネズミに背を向けて逃げても、回り込まれることはなさそうだ。
次にフィールドと状況の確認。
石ころや岩が多い上に、上り坂なので、瞬動は使えない。
大きな岩や、木々もないので、隠れるところもなし。
ターゲットは1体だが、すでに目が合ってしまっているから、隠れるところもないこのフィールドで、暗殺はできない。
生態も不明で、弱点もわからない。
うん、今すぐにでも逃げたいね。
退路は確保できているんだし。
でも、逃げちゃダメなんだよ、闘気草が採取できないから。
闘気草が手に入らなければ、おっちゃんが死んでしまうかもしれないから。
逃げられないのだから、作戦を考えないと。
えっと、瞬動は地形の関係で使えないから、瞬動を使わずに、走って距離を詰めて、ダガーを突き刺して速攻で倒す。
子どもでも考え付く、シンプルな作戦だけど、シンプルイズベストだよね。
Sランク程度の弱い魔物なら、事前情報なしでも倒せるはずだしね。
だって、スライムよりも弱いんだから。
行くぞ!!
ボクは走って火ネズミとの距離を詰め、ダガーを振り下ろした瞬間、火ネズミは確かにボクを見て、チューと鳴きながらジャンプをしてボクとの距離をとった。
まさか、ボクのスピードを見切っている?
いやいや、Sランクの弱い魔物がボクの動きを見切れるわけないよね。
きっと偶然だろう。
ジャンプして空中にいる火ネズミはボクの次の攻撃をよけることができないはずだ。
ボクはもう一度脚に力を入れ、火ネズミのジャンプ先まで距離を詰める。
「これで終わりだ、観念しろ火ネズミ!!」
ボクはもう一度ダガーを思いっきり振り下ろした瞬間である。
ぼんっ!!
爆発音がしたかと思ったら、爆風が起きて、そのまま吹っ飛ばされてしまった。
まさか、この火ネズミの技か?
ボクは空中で回転して体勢を立て直し、地面に着地をしながらも、火ネズミから視線を離さなかった。
火ネズミは真っ赤な炎に包まれていた。
もしかして、この火ネズミ、ボクの攻撃に気づいて自爆したんじゃないか?
それが証拠に、火ネズミは炎の塊となって、燃えているではないか。
ああ、分かったぞ。
火ネズミがSランクの理由が。
きっと危機的状況になると爆発して、自爆するんだ。
だからSランクなんだ。
まったく哀れな魔物だな、火ネズミは。
Fランクのスライムだって、自爆なんかしないのに。
ボクは真っ赤に燃えている火ネズミから視線を動かさずに自滅する様子を見届ける。
もちろん、他の魔物に囲まれないように周り気を配りながらだ。
さて、そろそろ、燃え切ったかな?
まだ火ネズミは燃え続けてはいるものの、まったく動かないので、もうすでに死んでしまっている可能性は高い。
火ネズミの丸焼きを回収してしまえば、フラットさんのクエストは達成するから、今ここで回収してしまおう。
ボクは火ネズミに1歩だけ近づいた。
その瞬間、火ネズミは炎に包まれたまま、ボクに向かってとてもはやい速度で体当たりをしてきた。
ボクはそれを慌ててよける。
危ない、危ない。
ボクも火ネズミの自爆に巻き込まれて、火だるまになるところだった。
火山に棲んでいるのだ。
火に耐性があるのだろう。
丸焼けになるまで、もう少し時間がかかるのかもしれないな。
ボクはもう一度火ネズミから距離をとって、注視し続けた。
…………
……
火ネズミが丸焼けになってから、月も動いて、だいぶ時間がたった。
今度こそ、大丈夫だろう。
ボクはもう一度火ネズミに近寄る。
その瞬間、またも燃えたままの火ネズミに体当たりされた。
ボクはまた紙一重で火ネズミをよける。
ボクの中で一つの疑問が湧いて出る。
もしかして、火ネズミは自爆なんかしていないんじゃないか?
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、火ネズミに遭遇する。
サイレント、火ネズミが自爆したと思い込む。