16話 サイレント、平和なニック村を知る
これまでのあらすじ
サイレント、火山の被害を軽んじて、おばさんを怒らす。
サイレント、おばさんに冒険者ぽいって言われて、イラつく。
「ところで、この村に冒険者ギルドはありますか?」
「冒険者ギルドね…………ああ、あったはずだよ」
おばさんはほっぺに手を当て、少しだけ逡巡した後にこたえた。
「良かった。この村に冒険者があって」
ボクはとりあえず胸をなでおろす。
町や村によっては、冒険者ギルドが運営されていないこともある……ってラカンから聞いたことあるしな。
実際に、ホバッカ村には冒険者ギルドはなかったしね。
「師匠、まさかとは思うデスが、もしかして、冒険者ギルドに就職するつもりデスか?」
「就職するも何も、今現在、ボクは冒険者じゃないか!!」
「そうだったデス!! 師匠は冒険者だったデス」
忘れていたのかいっ!!
心の中でツッコむボク。
「それなら、最初から冒険者として働けばいいじゃないか。なんだって、他の職業に就こうとしたんだい?」
あ、言われてみればそうだ。
まずい、ここは何とか誤魔化さないといけないぞ。
良い言い訳はないものか……
「えっとそれはですね……」
ボクが言い訳を考えていると、
「ああ、そういうことだね」
急に納得するおばさん。
「そうです、そういうことなんです」
全然分からないけど、とりあえずうなずいておく。
「そうよね。あそこは……ねー」
ねーと言いながらニッコリと笑うおばさん。
僕も一応笑っておくが、意味不明だ。
どういうこと?
「何かあるんデスか?」
気になったのだろう、アリアが聞いてくれた。
ナイス、アリア。
「何かあるというよりは、冒険者ギルドって名前ばかりで、さびれているんだよ」
「さびれてるって、近くにダンジョンとか、魔物の出現が多いとかってないんデスか?」
「フェス様のご加護のおかげで、ダンジョンは近くにないんだよ。ボルカノ火山の頂上付近には魔物がごろごろいるけど、そんなところは基本的に行かないしね」
何をしてくれているんだ、フェス様は。
フェス様のおかげで魔物が出ないなんてことになったら、冒険者の仕事があがったりじゃないか!!
「あれ? でも、樹海の中に魔物がいるんじゃないんデスか? 護衛の依頼があってもよさそうデスが……」
そうだよ、この村の近くには、樹海があるじゃないか。
人ジゴクとか、ジツゲンゴロウとかいるんだから、冒険者を護衛にくらいするでしょ。
「樹海なんて誰も行かないよ。行くとしたら、楽して稼ごうとする輩くらいさ。そんな輩は当然、少額に費用を抑えたいから、冒険者を護衛につけようなんて発想すらないよ」
「それってつまり、この村は冒険者に頼らなくてもやっていけるってこと?」
「そうだね。平和な村だからね」
「師匠、この村だとそもそも冒険者としては生きて行けなさそうデス。この村は止めた方がいいデス。やっぱりアリアと一緒に魔王を倒しましょう!!」
どうしてもボクに魔王を倒させたいんだな、アリアは。
「まあまあ、まだこの村に来たばかりだし、色々回ってから決めればいいんじゃないかな?」
絶対に魔王を倒したくないボクは抵抗する。
「そんなことないデス。善は急げデス。早くアリアと冒険者をやると決断するデス」
「いやいや、そんなに結論をはやくする必要はないさね」
助け舟を出してくれたのは、おばさんだった。
「そうそう、とても良い村なんだから、冒険者としてじゃなくて、他の職業で就職できるかもしれないし」
ボクは助け船に乗っかる。
「そうだよ、この村は平和なんだから」
そう言いながら、おばさんは遠い目をし始めたその時である。
「おい、口悪ババア、いい加減、心をこめて謝りやがれ!!」
平和な村にボクの背後から謝罪を求める怒声が響き渡った。
あれ?
この村は平和なんだよね?
なんで怒声なんかするんだ……と思い、ボクは後ろを振り返る。
そこには別のおばさんがいた。
「誰が謝るか!!」
振り返った瞬間、今度はまた後ろから大きな声。
大声をあげていたのは、今の今まで一緒に話していたおばさんだった。
おばさんvs おばさんの口喧嘩の戦いの火蓋がきられました。
解説は、ボクの心の声でお届けします。
「あんたが私をみんなの前で罵倒したこと、私は忘れてないからね」
新しく出てきたおばさんの熱のこもった先制攻撃だ!!
どうやら、相当の恨みのようですね。
「それは、昨日で15年経って時効のはずだろ!! 今すぐ警備兵を呼んでやるから待ってな!!」
今まで話していたおばさんは、他の人を呼んで対処するようです。
新しく出てきたおばさんとは違い、冷静なようです。
「バーカ。うるう年があったから、明日が15年のその日なんだよ。だから今日はいくらでも言っていいんだよ」
新しくでてきたおばさんは、ベロベロバーをしてきた。
解説のボクの心、どう思われますか?
そうですね、中年のおばさんの口喧嘩とは思えないほどに幼稚ですね。
ですが、これは相当、心にダメージを負いそうですよ。
「きー!!」
悔しそうにする今まで話していたおばさん。
やはり、言い負かされて悔しそうです。
「私は忘れないよ、あんたが私をこき下ろしたことを!! 詫びろ! 詫びろ!!」
ここで、詫びろコールで連続攻撃だ!!
これは、素晴らしい、連携攻撃……いや、コンボです。
「はやく明日になって欲しいね。そしたら、罵倒したことを言われないんだから」
詫びろという言葉を無視して、話をそらしていなします。
うまい、返し方です。
「ふん、明日になったら、何にも言えないくなるから、今日これでもか……っていうくらいしつこく言ってやるのさ」
おっと、新しく出てきたおばさんは、またもやベロベロバーだ。
ここではもっと違う挑発をして欲しかったですね。
おしりぺんぺんとか。
新しいおばさんは、技のレパートリーが少ないようですね。
「ああ、しつこく言うといいさ。どうせ今日までなんだから。だから、どこかに行きな!!」
おおっと、相手をどこかへ行かせる作戦です。
どうやら、今まで話していたおばさんのほうが
「いいだろう。あんたのいないところで悪口で花を咲かせてやるさ」
新しく出てきたおばさんは言い捨てると、どこかへと立ち去って行きました。
これは今まで話していたおばさんの完全勝利と言っても過言ではありません。
……いや、よくよく考えてみれば、過言でした。
訂正してお詫びいたします。
「ごめんなさいね、お二人さん」
今までボク達と話していたおばさんは丁寧に謝ってくる。
「何か大変そうな人に絡まれたみたいでしたが、大丈夫ですか?」
あれが俗にいうモンスター・クレーマーというやつだろうか?
まあ、こんなモンスター・クレーマーなんか滅多にいないよね。
「ああ、あの程度のこと、この村の日常茶飯事さ」
こともなげにおばさんは言う。
「日常茶飯事? これが?」
すごい、大喧嘩だったじゃないか。
「そうだよ。この村は、憎しみを根に持つ村なのさ」
「憎しみを根に持つ?」
「そうさ。人に言われた悪口や、いじめられたことは絶対に忘れないのさ」
「15年とか言っていたのは、どういうことデスか?」
「ああ、この村はあまりにも憎しみが深すぎて根に持つので、憎しみは15年までという掟ができたのさ」
「逆に言うと、15年までは根に持っていいということデスか?」
「そういうことだね」
しっかりとうなずくおばさん。
15年がどれくらいの期間かは分からないが、とにかく長い期間、言い続けて良いということは分かった。
ニック村、恐ろしい村だ。
ニック村じゃなくて、『憎む村』に改名すればいいのに……
「もし、時間があるなら、私がムカついている奴25人の話を聞いてくれるかい?」
「いいデ……」
アリアが了承しかけたので、ボクはアリアの口を両手でふさぐ。
「あ、すみません。ボク達時間がないんです」
「そうなのかい?」
「そろそろ今日の宿を探さないといけないので、これで失礼します」
「あら、そうなのかい。残念だね。それじゃあね」
ボク達はおばさんと別れた。
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、平和なニック村で、口喧嘩を目撃する。
サイレント、ニック村を憎む村に改名すればいいのにと思う。