13話 サイレントとアリア、ニック村へ入る
これまでのあらすじ
サイレント、話題を変えようとする。
サイレントとアリア、村を発見する。
「ここは何ていう名前の村何だろう?」
「ニック村デス」
アリアが断言する。
「アリアも初めて来る村だよね? どうして分かるの?」
もしかして、アリア、エスパーなのか?
初めて入る村の名前が分かるなんて……
「入り口のところに石の門に、ニック村と書いてあるからデス」
「さすが、アリア。ボクは気づかなかった」
そっか、石の門の近代的な模様は文字だったんだね。
ボクにはミミズが這っているようにしか見えなかったよ。
「そうか、ニック村か……久しぶりだな……」
「師匠、来たことあるんデスか?」
「ないよ。ノリで言ってみただけ……なんだけど、どこかで聞いたことあるような気もするんだよな……」
「何かで有名な村なんデスか?」
「有名な村……とかじゃなかったとは思うけど……うーん、どこだったっけな……思い出せないや」
どこだったかは覚えてないけど、誰かがニック村のことを話していた気がする。
まあ、思い出せないってことは、大切な事でもないんだろう。
無理に思い出さなくてもいっか。
「まずは中に入ってみよう」
ボクはアリアの後ろから両肩を両手で押す。
「ちょっと待ってくださいデス、師匠! 心の準備があるデス」
アリアは体を横にして、ボクの両手から逃げた。
「村に入るのに何で心の準備がいるのさ?」
「いるデスよ。この村に入るためには審査があるかもしれないじゃないデスか。ホバッカ村みたいに嘘発見調査官がいるかもしれないじゃないデスか」
「村の入り口に門番を一人も置いていないんだから、審査はないと思われる」
多分、素通りOKなんじゃないかな?
「本当デスか?」
目を輝かせるアリア。
「多分ね」
「多分ってことはもしかしたらあるかもしれないってことデスよね?」
あからさまに落胆するアリア。
よっぽど、自分の出自について訊かれたくないんだな。
孤児とはいえ、お嬢様なんだから隠す必要ないだろに、なんでそう隠したがるんだろう?
「まあ、入ってみればわかるよ」
ボクとアリアはニック村の石門をくぐった。
石門をくぐっても誰からも声をかけられない。
「本当デス。入村審査がなかったデス」
アリアは諸手をあげて喜ぶ。
「ほら、ボクの言ったとおりでしょ?」
ここぞとばかりに先輩風を吹かすボク。
だって、アリアが優秀過ぎて、これ位でしか先輩風を吹かせられないからね。
「さすが、師匠デス」
「まあね」
ボクは高揚した気分でアリアにこたえた。
「あなた達、ここらじゃ見ない顔だね。もしかして、遠方からフェス様のご加護を受けに来たのかい?」
村人らしきおばさんが話しかけてきた。
「違うデス」
アリアは首を振る。
「フェス様って誰?」
きいたことのない名前だ。
加護をくれるというのだから、人だとは思うけど……
「あの、像を見てご覧」
おばさんは言いながら、ボク達の後ろを指さす。
「女性の石像?」
「そう、あれがフェス様を模した女神像さ」
「これは、すごいデス」
じっとフェス様の石像を見つめるアリア。
うん、美的センスがないボクには月桂樹の冠をかぶってケトンに身を包んでいる女性の石像としか思えない。
これのどこがすごいのだろう?
芸術が分からないボクにはさっぱり分からない。
「ほー、その年齢でこの石像の良さが分かるのかい?」
「はい、立体的な石像の曲線美は素晴らしいです。それにケトンのしわまで再現されているデス」
「この石像、高名な巨匠が作ったんではないデスか?」
「ああ、その通り。かの有名なセキゾ・ウックールの作品さ」
「ああ。あの有名なセキゾ・ウックールさんデスか!! さすが、セキゾ・ウックールさんデス!! 天然のスタトゥアリオの大理石の良さを最大限に出しているデス」
スタトゥアリオ?
変な呪文がでてきた。
「ほー、お嬢さん、私より詳しいんだね」
「そんなことないデス。少し本を読んで、かじったくらいデス」
「ほー、本を読める環境にいるということは、実はどこかの上級お貴族様じゃないかい?」
「いいえ、そんなことないデス」
アリアは首を優しく横にふりながら、優雅に否定する。
「ははは、分かってるさね。お貴族のお嬢様っていうのは、お忍びで来ているから身分を明かせないんだろ?」
「そうじゃないデス。本当に貴族じゃないんデス」
アリアはまた首を振って否定するが、アリア、それじゃあ否定したとにならないよ。
だって、もし、良いところに育っていない町娘なら、『お貴族様』なんて言われた時点で、『お世辞がうまいわね』とか『私がお貴族様? 面白い冗談だ。あはははは』とか言って、豪快に笑いとばすのに、アリアは貴族のふるまいで否定するんだもん。
それじゃあ、お嬢様だという事実は隠しきれないよ。
「安心しなって、誰にも言わないからさ」
やっぱり、おばさんもボクと同じように思ったのだろう。
全然アリアの言うことを信じていなかった。
「本当に違うんデス!! 師匠からも何か言ってくださいデス」
「え!? ボク!?」
「そうデス!!」
「えっと、本人がそうじゃないって言っているので、貴族じゃないってことにしてもらえませんか?」
ボクは下手に出ながら、おばさんにお願いする。
「師匠、その言い方だと、まるでアリアが本当のお貴族様みたいに聞こえるデス!!」
「そんなことないよ、ねえ、おばさん」
「そうだね。そこまで否定するなら、そういうことにしておこうかね、一般ピープルのアリアちゃん」
「信じてもらえてよかったデス」
ほっと胸をなでおろしてまた石像をじっくりと鑑賞し始めるアリア。
アリアは安心しているみたいだけど、おばさんの言い方からして、全然信じてもらえてないんだよ。
話しがややこしくなりそうだから言わないけど。
「さて、フェス様の像も見たことだし、そろそろ行こうか」
石像鑑賞も飽きてきたので、アリアに他のところにも行こうと催促する。
「ちょっと待ってください、師匠。ここに、エイシエント語で『フェス様』と書かれているデス」
「ほー、人がまだ文字を持たず、神族とも魔族とも友好的だった時代、当時の人間の王族が魔族から賜ったとされるエイシエント語まで分かるのかい?」
「まあ、分かるデス」
おばさんの質問に、アリアはこたえながら急にうつむく。
「ほー、お嬢さん、ただのお嬢様じゃないね。エイシエント語は難しいと言われていて、下級貴族のお嬢様じゃ読めないからね。まさか、王族だったりするのかい?」
おばさんは冗談めかしながら言ってくる。
確かに、アリアは気品があるお嬢様だけど、王族は言い過ぎだよ。
「王族じゃないですけど、アリアが超貴族のお嬢様ってことはばれちゃいましたか? ボクとおばさんだけの秘密ですよ」
アリアはうつむいたままだったので、かわりにボクがおばさんと同じノリでこたえてあげた。
「安心しなって、誰にも言わないからさ」
「よろしくお願いします」
ボクは頭を下げる。
「「あはははは……」」
うつむき続けるアリアをよそに、ボクとおばさんだけは笑い合った。
忙しい人のためのまとめ話
サイレントとアリア、ニック村に入る。
サイレントとアリア、フェス様の像をみる。