第4話 サイレント、スケアード・スライムの攻撃を避けない
「今、戦っている相手が、人ジゴクだってことは分かったけど、それで、これからどうするのさ?」
ボクはアリアに訊いた。
「このままここで立っていればいいデス」
「スケアード・スライムに囲まれているのに、立っているだけ? 何かしなくていいの?」
「いいんデス。人ジゴクは魔物の幻覚をみせ続けて、じわじわと体力を奪っていき、体力が尽きたころに襲ってくる習性があるデスから。じっとすれば、そのうち本体が現れるはずデス」
「なるほど。人ジゴクの本体がボク達を襲ってきたところを逆に襲えばいいわけだ」
「そういうことデス」
ボクが立ち止まると、四方八方からたくさんのスケアード・スライムがにじり寄って来た。
「そういえば、師匠はスライムが苦手だったデスよね?」
「いや、そんなことはないよ」
スケアード化したとはいえ、スライムはスライムだしね。
「でも、もしも人狼がスケアード・スライムに化けたら、すぐに逃げるって言っていたデスよね?」
「え? あ、うん、そうだったね」
ボクがスライム苦手だってついていたウソをアリアはちゃんと覚えていたのか。
アリアの前でウソをつくと、いずれボロがでるかもしれないな……
気をつけないと。
「師匠、大丈夫デスか?」
「目の前にいるスケアード・スライムから逃げ出したくて仕方ないよ。今にも吐きそうだ。でも、ギリギリのところで耐えてるから、大丈夫だよ、アリア」
ウソがばれないように、ウソをウソで上書きするボク。
「師匠!!」
急にアリアが叫んだ。
「何?」
ウソがばれたかもしれないと思ったボクはびくっとしながら、アリアに振り返る。
「アリア、感動したデス。師匠の勇気こそ、全国民が見習うべきデス。今度、師匠の武勇伝を知り合い全員に話すデス」
知り合い全員に話す……だと?
それって、もちろん、院長先生も含まれているよね?
マズイ、マズイ、マズイ。
昔、ボク、スライムを捕まえて、フライパンの中にいれてドッキリを仕掛けたこと、記憶力の良い院長先生なら確実に覚えているはずだ。
もし覚えていたら、ボクがスライム苦手じゃないことが普通にばれてしまうじゃないか。
ウソがばれてしまえば、アリアからの尊敬のまなざしは失われたあげく、院長先生からもキツイお仕置きが待っている。
「え? いや、でも、これくらいの勇気、冒険者なら普通だよ、普通。だからこんなこと、全然話すことじゃないんだよ」
むしろ、誰にも話さないでください。
「師匠謙遜しちゃダメデス」
「謙遜じゃないから。本当に」
「またまた、師匠、そんなこと言って。脚が震えているデスよ」
「武者震いだよ、アリア」
これは、ウソがばれたら無事じゃすまないという震えからくるものなんだよ……なんて口が裂けても言えない。
「またまた、師匠、そんなこと言って……アリアは分かっているデスから」
アリアにぽんと肩を叩かれた。
うん、これっぽっちも分かってないよ、アリア。
このままだと、スライムが苦手だというボクのウソが院長先生の耳に入るというのは確かだ。
耳に入れば、キツイお仕置きが待っている。
「逃げたいよ、本当に」
ボクはぽつりとつぶやく。
「逃げなくて大丈夫デス。今、目の前にいるスケアード・スライムは全て幻覚デスから」
ボクが逃げたい相手は院長先生だったのだが、スケアード・スライムから逃げたいんだと勘違いしたアリアはボクを気遣って、励ましてくれた。
「そうだね。ありがとう、アリア」
院長先生のおしおきから逃げたいんだよ……と本当のことを言えないボクは涙を流しながら、感謝の言葉を伝えた。
「まさか、アリアの言葉にそんなに感動していただけるとは思わなかったデス」
うん、そうだよ。
ボクは感動して泣いたわけじゃないからね。
「ところで、アリア、ボク達ずっと、ここでお話しているけど、全然現れないね、人ジゴク」
「人ジゴクは弱くて慎重なタイプの魔物デスから」
「人ジゴクって強いんじゃないの?」
「師匠、人ジゴクはFランクの魔物なので、恐れる必要はないデス」
「Fランクだって!?」
驚きすぎて、声が裏返ってしまった。
「そうデス。人ジゴクの本体は、攻撃力も防御力高くなく、初心者の冒険者でも倒せるほど弱いんデス。魔物たちが幻覚だという情報さえ知っていれば、戦わずに本体が出てくるのを待ちさえすれば良いだけの、恐れるに足らない魔物デスから」
ボクの知らない魔物ですごい幻覚を使うから、勝手に強いランクかと思っていたけど、なんだ、Fランクか。
Fランクと言えば、スライムと同じくらいに弱い魔物じゃないか。
どうしてはやく言ってくれなかったんだ。
ボクは落ち着くために、『ふー』と一息をつく。
「さあ、どこからでもかかってこいっ!!」
自棄になったボクはダガーを構えて、あえてスケアード・スライムを挑発した。
スケアード・スライムは頭に来たのであろう。
ぽよんぽよんとジャンプをして、怒りを露わにする。
「ははは、飛び跳ねるだけで襲っては来れないだろう!!」
襲ってきたら、幻覚だとバレちゃうもんね。
「師匠、そんなに挑発しないほうがいいデス」
「大丈夫だよ、どうせ幻覚なんだから」
はっはっはっ……と笑っていると、真ん丸だったスケアード・スライム達は、みんな雪だるまのような形になった。
「今度は悔しいからってフォルム・チェンジ? そんなことしても、無駄だよ、無駄。まったくの無駄」
「師匠、気を付けてくださいデス。あの体勢は、酸攻撃をするために、体液をデス」
「酸攻撃って何?」
「人体を溶かす体液を吐き出す攻撃デス」
「でも、幻覚なんだよね? 当たっても痛くないよね?」
「確かに、痛くないはずデスが、スケアード・スライムの体液を浴びるなんて、考えるだけでイヤデス。『えんがちょ』デス」
「ははは、幻覚なんだから、『えんがちょ』じゃないでしょ」
体液そのものが幻影で、実際には攻撃されていないんだから。
話していると、スケアード・スライムの大群が、一斉に酸攻撃をしかけてきた。
「幻覚デスが、精神的にイヤデス」
アリアは瞬動を使ってスケアード・スライムの体液を避ける。
「ボクは仁王立ちで迎えうとう」
ボクは避けずに全身で浴びた。
「ねえ、アリア」
「どうしたんデスか、師匠?」
「痛いんだけど」
「え? どういうことデスか?」
「髪の毛が『しゅーっ』と音を出しながら溶けているんだけど」
「本当デス。師匠から煙がでているデス」
話しが違うじゃないか、アリア。
これまでのあらすじ
アリア、対戦相手がスケアード・スライムじゃなく、人ジゴクだと指摘する。
サイレント、人ジゴクの手の平の上で踊っていたことを知る。
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、スケアード・スライムの酸攻撃を避けない。
サイレント、スケアード・スライムの酸攻撃でダメージを受ける。