第61話 サイレント、人狼を倒す!?
前回のあらすじ
人狼と戦い死を覚悟したサイレント、トランス状態になる。
サイレント、人狼を追い詰めるが、トランス状態はすぐにでも切れることを知る。
ボクが脚に力を入れ、人狼のほうへ駆け出す。
ボクが駆け出したのを見て、人狼は逃げるかと思ったが、人狼は何もせずに、ただただボクの姿を見ていた。
抵抗しないなら、背後をとらせてもらうよ。
「これで終わりだ!!」
ボクは人狼の背後をとり、ダガーを振り下ろした瞬間、急に腕に力が入らなくなる。
一刺しさえすれば、ボクの完全勝利なのに……
人狼にとどめを刺すどころか、ダガーを持っているのもやっとだ。
あと、1秒でいいから、もってくれ、ボクの腕!!
なんとか力を入れようとするのだが、全然力が入らない。
この一瞬でこんなにも考えることができるということは、思考を司る頭はまだ限界が来ていないということだ。
この思考のエネルギーをも腕の力に変えるんだ。
変われ!!
ボクの思いも虚しく、腕に力は入らなかった。
ボクという人間はいつもそうだ。
肝心なところで毎回うまくいかないんだ。
「何を思いとどまっておるのだ?」
いや、思いとどまっているわけじゃないんだ。
声に出そうとするが、もはや、声にもならない。
こんなにも、肉体は悲鳴をあげていたということか……
「お主になら命を取られても文句はないのだ。一思いにとどめを刺して、火山のマグマだまりにでも葬るのだ。そうすれば、わっちの回復力でも復活できないのだ」
敵である人狼が、わざわざ自分の倒し方を教えてくる……だと?
どういうことだ?
何か狙いがあるのか?
まさか、この状況を覆すような、作戦があるというのか……
そう思った瞬間、背筋がぞっとした。
あれ?
この感覚は恐怖?
まずい。
ボクの恐怖をエネルギーに変えるつもりか?
そうだ。
人狼にしてみれば長期戦にもつれ込みたいはず。
ボクの恐怖を奪えば、長期戦になるはずだ。
そう思った瞬間、近くにいた村人たちが目に入る。
いや、恐怖を奪うつもりなら、ボクと戦わずに、村人を人質にすれば良かったんじゃないか?
そうだよ。
わざわざ、ボクに殺されるのを待つんじゃなくて、そこらへんにいる村人を人質にして、恐怖を得れば良かったんだよ。
そうすれば、ボクが追い付くより早く、恐怖を得られて、長期戦に持ち込めたはずなんだよ。
それなのに、人狼はそれをしなかった。
たまたま思いつかなかったのか?
いやいや、アリアの作戦を知ってなお、形勢逆転できる頭の良い人狼が、ボクでも思いつくことを思いつかないはずはない。
しかも、今はボルケーノを使えるのに、それも使おうともしない。
うん、何かがおかしい。
「義兄弟、今なら魔物を倒せるべ!!」「戦うのですわ!!」「息の根を止めるのですな!!」
違和感の正体を見極めようとしたときに、村人たちがガンガンと声援を送ってきた。
「うるさいぞっ!!」
ボクは声を振り絞って、大声で叫ぶ。
「どうしたべ、義兄弟?」「どういうことなのだわ?」「応援しているのに、うるさいってどういうことですな?」
困惑する村人たち。
「そのままの意味だよ!! ちょっと、黙ってて」
体に鞭を打って、大声で叫んだせいで、体だけじゃなく思考回路までもが、鈍くなってきてる。
山の中で人狼を助けたおばあさんは、『人狼は絶対に人間を殺さない』と言いきった。
そして、村長もおそらく無事。
カマテも死体が棺になかったということはおそらく無事。
アリアも気絶はしているが、命に別状はない。
さらに、人狼は元人間の突然変異……
鈍くなってしまってきている思考回路でなんとか一つの答えを導き出した。
「みんな、冷静になって、ボクの話を聞いて欲しいんだ」
すでにトランス状態は切れてしまったボクは、眠気と空腹と喉の渇きと倦怠感を抱えながら、なんとか声を出す。
すると、まるで命令された軍隊かのように静けさに包まれた。
「ボクは人狼を倒さない!!」
大声で言い切るボク。
「は? 何を言っているんだべ?」「寝返ったんだよ?」「寝返ったんだね?」「魔物に頭の中をいじられて、操られているのですかな?」
「違うよ。ボクは正気だよ」
ボクは首を横に振る。
「それなら、どうしてそんなことを言うんだべ?」
「みんな、どうして、人狼を倒そうとするんだよ?」
「魔物だからなんだよ」「うん、魔物だからね」「魔物だからです、はい」「そうだ、魔物だから倒していいんだべ」「そうだ、そうだ!!」
「魔物、魔物って言うけどさ、人狼っていうのは、突然変異を起こした人間なんだよ?」
「突然変異を起こした人間だって?」
やはり、村人全員、人狼が元人間だと知らなかったか……
「そうだよ、この姿を見てよ。ボクと同じ姿をしているでしょ。元はみんなと同じ人間なの。それでも倒さなければならないの?」
「当たり前だろ、今は魔物なんだから」「そうだ、そうだ! 魔物は倒さなければならないんだ」
「そう言っているあなた達自身が、あるいは家族が突然変異を起こして人狼になったら、倒していいの?」
「それは、その……」
村人たちは言いよどむ。
「その人狼は村長と宿屋のカマテを襲った上に、お墓まで荒らしている悪い奴じゃないか!!」「そうだ、そのせいで、村中が恐怖と混乱に巻き込まれているんだぞ」「副村長は村長は死んでいないと言っていたが、実際に村長の姿をみていないから、本当かどうかも怪しいしな」
「村長もカマテも絶対に生きている」
ボクは冷静な口調でこたえる。
「どうして言い切れるんだ?」
「そうでしょ、魔物であり、人狼であり、人間でもあるルプスさん?」
ボクの問いかけに、人狼・ルプスさんはこくりと肯いた。
忙しい人のためのまとめ話
サイレント、腕に力が入らなかったので、人狼のとどめをさすのを断念する。
サイレント、違和感に気づき、人狼を倒すのをやめる。