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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハイファンタジーを追い求めて。短編ファンタジー小説集。

エルフの剣士

作者: Lance

 大使を乗せた豪著な馬車は機嫌良く動いている。穏やかな午後の日差し、今日は近くの村で休むことになっている。護衛はこの俺、アゴストと隊長を抜いた十五人の精鋭の衛兵である。後は大臣の古い友人という得体の知れない奴が馬車に同席していた。

 俺達は隊列を組んで、手には長くも短くもない槍、腰には長剣を佩き、肩には弓と矢筒を引っ掛けている。

 午後の太陽がぼんやりと雲の下から弱い日差しの帯を投げ掛ける。

 平和万歳だ。

 だが、そうはいかなかった。

 岩が動いた。と、思った瞬間、そいつらのうち一体が鼻が詰まったような鳴き声を上げて俺達目掛けて突進してきた。

 俺達がぼんやりしているということは、敵にとって明らかな奇襲という形になり、言うまでも無く敵に有利に動いた。

 二体のトロルのうち一体が、馬車と馬をその身で吹き飛ばした。

 馬の断末魔が聴こえ、馬車と共に地に落ちた。

「大使殿!?」

 誰かが叫ぶ。

「安心しろ、私ならここにいる」

 大使は得体の知れない客人と共に離れた場所に立っていた。

「トロルを迎え撃て!」

 隻眼の隊長が声を上げて真っ先に突っ込んで行く。

 その気合漲る声と共に繰り出された槍はトロルの腹を貫いた。

 だが、トロルは死なない。誰かが弓を射た。奥のトロルも歩んで来る。

「奥から来るぞ!」

 俺はそう声を上げた。トロルは強敵だが、面白いじゃ無いか、日頃の鍛練の成果を出せる良い相手だ。

 槍を頭上で旋回させ、俺は矢の援護を得ながら合流しようとするトロル目掛けて駆け出した。もっとも一人でやれる相手だとは思っていない。誰かが時間を稼いでいる間に、他が合力して一体を殲滅させる。俺の脳裏ではそういう戦術が浮かび、勇躍して腰だめに槍を突き出した。

 二メートル程のトロルは槍を避け、棍棒を振るった。

 突風と黒い影が俺の眼前を横切る。

 あぶねぇ、今の喰らってたら死んでたわ。

「俺の槍を躱すとはやるじゃねぇか、トロルのくせに」

 俺は暗灰色の肌をした大きな影を見上げて槍を突き上げた。

 だが、トロルは槍を掴んだ。トロルの力の前に人の力などとても通用するものではなく、槍はあっという間に奪われた。

「や、野郎!」

 俺は大慌てで長剣を抜いた。どうやらおつむも動作も鈍重と言われているトロルだが、今回のはちと賢いらしい。同じトロルに変わり無いのに何故こうも出来の良い方をよりによって相手にする羽目になるのか。

 己の不運を振り捨て、俺は敵の脚に斬りつけた。

 ザッ。という重たい手応えがあった。事実、右脚膝下から出血しているが、太く大きく、筋肉質なトロルには足止めすらならない。ついでにいえば、肌も固いのだ。

「苦戦してるようだな」

 若い声がし、振り返ると、そこには土のように茶色のフードとマントで身を隠した客人の姿があった。

「まぁな。だが、みんなが集まればこのぐらい」

 俺が喋っている最中に客人はフードを投げ捨て、トロルの顔面に放った。

 それが上手くトロルの丸い顔を覆った。

「おお!」

 俺が感心している間にも客人は動いていた。

 閃光の如く動き、飛び出し、マントの下に隠れていた剣を斬りつける。

 それはトロルの腹に十文字の深い傷を負わせた思った瞬間、パックリ割れ、湯気を上げた臓物が中から溢れ出て来た。

 トロルの苦痛を上げる声が聴こえた。だが、トロルはもう死ぬという未来の前に抗ってくれようとでもいうのか、棍棒を振り回した。

 俺と客人は左右に避け、大地を棍棒が激しく穿つのを見た。

「槍を!」

 客人がこちらを見て手を差し出す。

「え?」

 俺は驚いた。男じゃない、女だ。どうりで線が細いわけだ。金髪だって尻ぐらいまで伸びている。

「早く!」

「お、おう!」

 俺はトロルが投げ捨てた槍を掴み、女に向かって放った。

 女はそれを受け取り、勇ましい声を上げて、トロルの喉笛目掛けて繰り出した。

 豚のような短い声、それがトロルの断末魔になった。三歩、よろめいて貫いた槍ごと地面に倒れた。

「すげぇ、一人でやれるとは!」

 俺は相手を振り返った。

 険しい顔を浮かべている女は凄く綺麗な顔をしていた。目はエメラルドのように緑で、鼻筋が通っており、唇は薄い。だが、耳を見て俺は驚いた。

「あんた、エルフだったのか」

 耳が尖っていたのだ。

「そう」

 相手は頷き、こちらに背を向ける。

 隊長達が、まだもう一体のトロルの相手をしていた。トロルは身体には幾つもの槍が突き立っていた。貫いたのは隊長の最初の一投でしかなかった。

「隊長達に加勢を」

「無論。仕事だもの」

 装備の違いだろうか。エルフの女は共に走る俺をグングン離して行ってしまった。

 そして見た。エルフの女は高々と跳躍し、剣を振り下ろし、トロルの頭蓋を割り、そのまま、股下まで切り裂いて真っ二つにしたのだ。

 俺達は立ち上る血煙を見て、ただただ唖然とするばかりであった。誰も彼もここまで凄い血の勢いを見たことは無いだろう。

「トロル二体を葬って見せたのだから報酬は上乗せして頂戴ね」

 エルフの女は隻眼の隊長に向かって言った。

「ああ、おお、それはそうだな」

 隊長は辛うじてそれだけ言った。

 仲間達がその強さについて驚き囁き合っている。エルフだということには気付いていないらしい。

 俺は得意気に彼女の正体を話そうとしたが止めた。そんなことをいうから種族間で未だに揉めたり差別的だったりするのだ。魔術アカデミーではゴブリン語などを教えたりもするらしい。もしも、この中にトロル語を話せる者がいたならば、もしかすればこの争いは回避できたかもしれない。

 俺は少しだけ、トロルと己の無能さを憐れに思った。

「アゴスト、槍は?」

 隊長が尋ねた。

「ああ、トロルを貫いたままだった。あのエルフの女性がやったんですよ」

「エルフだったか」

 あ、しまった。

 だが、隊長は感心したように言った。

「ならば、あの凄まじい跳躍力と剣の切れ味について納得がゆく」

「どういうことです?」

「エルフ族は風の力に秀でている。風は身を軽くさせ、時に鋭敏になる」

「そうなんですねぇ」

 俺は感心しながら周囲を見回してエルフの女性を探す。大使殿の隣で俺達の衛兵が動くのを待っているようだ。

 不意にその視線が俺に向けられたような気がして、俺は軽く胸の下で手を振った。

 だが、勘違いだったらしく、相手は応じず壊れた馬車から荷を引き上げる衛兵達の方に注目していた。

 俺は深々と溜息を吐いて、槍を取り戻すためにトロルの亡骸の方へ駆けて行ったのであった。

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