結末を迎えし物語
セイレンはこの世に生まれ出でて幸せなことなんて無かった。
光の魔法で誰かを癒せば気味悪がられ、直してあげた人物からも嫌われた。迫害された。
家族は優しかったけど、家族がこんなに転々と住所を変えなければならないのは自分のせいだと胸が痛かった。
それでも、受け入れてくれる人を求めて力を使ってしまう自分が浅ましく嫌いだった。
でも、大賢者ミルリとの出会いが全てを変えた。
ミルリは一歩距離を置いて接してきたが、セイレンに優しさと知識を惜しみなく与えてくれ、…ハクセイに出会わせてくれた。
ハクセイと出会い、ますます色を増していく世界がセイレンは好きだった。
「ハクセイさま、もうお戻りになることは無いのですね…」
だからそれが無くなってしまうなら、セイレンはもういらないと思う。
ーーーーー自分の命が。
ハクセイと戦い、自分で殺して幸せを壊してしまうくらいなら、いらない。
失う前に、消えなくちゃ。
幸せなまま時を止めるんだ。
「ハクセイさま、愛しておりました」
セイレンは自身の喉笛にナイフを向ける。
これは先ほどの地獄の飛行レースで、ミルリのポケットから拝借したものだ。
なんで賢者なのにナイフを持っているのかは知らないが、きっとこの為にあった気がする。
「さよなら」
セイレンは目をつむりナイフを持つ手に力を込める。
ふとナイフを持つセイレンの両手を何かが包んだ。
暖かい、何かが。
「セイレン、死んではいかぬ。
ワシが許さぬ」
「…ハクセイさま?」
まじかで聞こえるかの人の声にセイレンは目を開ける。
予想通り、セイレンの想い人がナイフを止めていた。
「ワシはおぬしに死んでほしいから魔になったのではない。
おぬしとともに歩みたいからだ。だってのう、ワシは不浄な人間の一人だったのじゃぞ?
おぬしを欲のままに傷つけるのは嫌じゃッた」
「ハクセ、イさま…、私、そんな奇麗な人間じゃないですよ。
一番大切なものが出来たら、それを自ら壊せもせず、運命を変えることもできない。
逃げてばかりなんです」
セイレンはミルリが戦う上空をちらりと見るが、はた目からも分かるぐらい劣勢だ。
それでも決定打はかわしていくミルリはやはり凄いのだろうが、それもいつまで持つか。
「あちらは勝敗がつくのにちとかかりそうじゃの。
男は遊んでいるように見えるし、ミルリさまも存外粘る」
「そうですね…ミルリさまには譲れない何かがあるからあんなにも頑張れるんしょう。
私にはない、強くなれるものが」
「うぬ、じゃが、ミルリさまのそれはおぬしだと思うぞ?」
「え?」
そんな。セイレン自身はあきらめてしまっているのに。
「ミルリさまは初めからおぬしに何かを期待しておられた。
未来を変える何かを」
「私には無理ですよ、そんなこと」
今もこうして敵対すべき人がそばにいるのに、動けない。
ミルリに問われたあの問いだって…
『ハクセイとこの世界、どっちか大事かな』
「世界を選ぶことも、ハクセイさまを選ぶことも私には出来ない。
だから消えてしまいたいのに、こうして貴方が邪魔をする。
こんな選択肢があることは苦しいだけなのに!!」
「なら、片方を忘れてしまえばよい」
さきほどまでだんまりを通していた魔王が愉しそうに口を開く。
「魔王様…っ」
ハクセイがセイレンをかばおうとするが、魔王はセイレンのすぐ横に移動していた。
「さすれば貴方の脆弱な心でも、罪悪感を抱えず幸福に生きられる。
選択せよ、光の乙女。
忘れたいのは世界か愛しき者か。
なおこの問いを拒否することは出来ない」
「魔王様、やめっ、やめよ!」
「貴方とて光の乙女が苦しむことを望んでないだろうに」
「それはっ」
ハクセイは動きを止め、何かせり上がってくるものを抑え込むようにこぶしを握り、そっぽを向く。
ハクセイが望むはセイレンの幸せ…いや、共にあることだ。
「…魔王様の意のままに」
「ふん。貴方は願望に負けただけだろうに。
まあよい。その闇こそが我の愛すもの。
それは光の乙女、貴方の心にもある。
愛おしく、おぞましい負の念が」
一番大切なものだけを思い浮かべよ、魔王はそう告げセイレンの頭に手を置いた。
セイレンの意識が溶けていく。
(一番大切なもの…?そんなの決まってる)
『奇麗なものを穢してしまったみたいで…私…許されるわけがないのに。
神に仕える神官長とただの平民だなんて…!
あり得ないことですけど、もしあの方が望んでくださるなら、どこまでも堕ちてもいい…そう思ってしまったのです』
ミルリとの会話で頬を染めて答えた自分の姿が蘇る。
(私は…貴方のことが――――――)
これが光の乙女、セイレンの最期の記憶、最後の応えだった。