攻略対象は神官長
さて、前回、ヒロインちゃんを引き取った私、ミルリ・アーサバル。
しかし、ミルリ・アーサバルは実質的に大賢者の仕事もこなしているし、時空天使。
忙しいので、当然ながらセイレンに付きっ切りというわけにもいかず、マナーや魔法座学の基礎を一月で叩き込み、神殿に預けます。
まあ、神殿にも攻略対象たる神官長さまがいらっしゃるからね。
ヒロインが仲を深めるのは当然のこと、近づけるのは時空天使の定め…
というのもあるんだけど、私がセイレンに彼を近づけるのには勿論理由がある。
「ミルリさま、ようこそいらっしゃったのう。
そちらは光の乙女か?
ふむ、神々しい香りだのう」
「え?え?」
いきなり純情少女セイレンを抱きしめて匂いをかぐ変態はこいつです。
じゃなかった、変態攻略対象です。
金髪碧眼のイケメンさまはなにをしても許されるんでしょうかねえ、まったく。
神官長ハクセイ。
26の若さながら神官長に上り詰めた若き天才。
ヒロインが正規ルートをたどるならば、年齢と立場、情勢に振り回されながら、愛に苦悩するじれじれ純愛が楽しめます。
変態なのに。
…変態なのに。
こほん。
ともかく私はわざわざ神殿に変態を見に来たわけでも、その変態に乙女を売り飛ばしにきたわけでもない。
そろそろ本題に入りましょう。
「鼻息あらくお姫様に触らないでください、ハクセイ。
嫌われますよ」
「おや、それはいけない。
名残惜しいが、またのう、我が乙女。
それ、案内して差し上げろ」
ハクセイが手で指示すると、神殿騎士が浅く頷きセイレンを誘導する。
不安げに私を見上げるセイレン。
私は微笑み、行っておいでと優しく諭す。
セイレンはまだ不安はぬぐわれていないものの、いくらかは緩和したらしく神殿騎士の誘導に従った。
「随分なつかれとるのお」
「今だけですよ」
そう、今だけ。
近いうちにあの子の一番が現れる。
それがこの変態かもしれないのはちょっと腹だた…いや、歓迎するべきなのだろう。
私は先生には勝てない。
この物語は敗北に終わる。
けれど、攻略対象の全てがヒロインに恋することは変わらない。
変えることができるのはヒロインが恋する相手だけ。
もし、敗北の先、ヒロインがヒーロー側の男に恋してもそれは報われない。
ヒロインは愛せないヒールに愛され、囚われ、泣き続ける。
そして、ヒロインは、セイレンは…
私はそれが怖くて怖くてたまらない。
自分の言葉が運命を決めるのが、人を不幸にするのが怖い。
だけど、物語は始まってしまった。
絶対の敗北。
それでもセイレンが幸せになるには、ヒールを愛するしかないのだ。
例えば、
この、ハクセイのような…
「ハクセイ、セイレンのこと、わかっているよね?」
「わかっておる。我が乙女を必ずや闇にとっての災厄にして見せようぞ」
「そう…ならいいわ」
私をまっすぐ見つめるハクセイに嘘はない。
光の輝線が走る碧眼はどこまでも澄んでいる。
でもそれは平穏のために全てを切り捨てる聖職者の瞳。
今はまだ誰も最奥を覗けない。
「ミルリさま、おぬしこそ覚悟はよいのか?
師殺しになるのだぞ。
あれは、お前を愛したがゆえ闇に落ちたのに」
「…っ
で、できてるわ」
げ、そういえばそんな設定だったわね、クライさま。
完全に頭の中から抜けてて、言葉に詰まりかけたよ…
あの人が私を愛する、ねえ。
…ごめん、まったく想像できない。
「まあ、あれは元々限界だった。
人にしては強すぎる魔力。
そのせいで長く生きなければならず、死ぬこともできない。
唯一の友も死に、自分とともに歩める者を欲したのだ。
そして、禁術に手を出した」
設定が細かい。
先生、楽しんでいらっしゃいますね…
「…わが師と私の話はどうでもいいでしょうっ
それより気を付けた方がいいのは貴方では?」
「?なにを…」
私はちらりと柱の陰に視線をやる。
まがまがしくて、欲におぼれた醜い気配。
「貴方に凶の兆しがあります。
…どうかお気を付けて。
貴方は私たちと過去を分かち合える数少ない同志なのですから」
同志。
だからこそ、
…安心して闇に落ちてください、闇堕ちキャラさん。
神官長ハクセイは、正規ルートでは魔王退治を楽にしてくれる重要キャラであるが、ハクセイのじれじれルートを目指すにはあるイベントをこなさなくてはならない。
そこで、ハクセイを助けられなければ、彼は闇に堕ち、ヒールとなってしまう。
神官長ハクセイまたの名を闇堕ち攻略対象ハクセイ。
まあ、そのイベントが起こるのは五年後。
十分にセイレンとハクセイが仲を深めてからだ。
そのイベントをセイレンには飛ばしてもらう。
ほんと、マジでごめん。
そうしないとこいつ闇堕ちしないから、隠蔽する。
…絶対大賢者のすることじゃないな、うん。
…。
…。…。
せ、先生が敵なのが悪いんですもん…!
セイレンを神殿に預けて数日。
私は再び神殿を訪れていた。
まあ対してようはないのだが、ラブメーター確認も時空天使の大事なお仕事だし。
時空天使になってからヒトの恋愛事情見すぎて砂糖吐きそう。
で、肝心のセイレンとハクセイは中庭にいた。
セイレンに何かを教えているらしいが、おそらく光魔法だろう。
「うう~」
「いつまでも唸っておらんで少しは休憩したらどうじゃ?
そろそろ夕餉の時刻だぞ」
「う~、あと少しだけです!
何かせりあがってくるような、掴める気がしますっ」
「じゃがのう…まあ、倒れてもワシが看病してやればよいかのう。
それこそ……二度と無理をしようとは思わないくらいに」
おい、含みのある笑いをするな。
いたいけな14歳に何をしようとしている。
世界が違えば事案だからね?
「『光の聖域』!」
「ぬっ!?
っ!?ま、待て、」
セイレンを中心に一気に魔力濃度が高まり…放出した。
常人では考えられない魔力が神殿を覆う。
ーーー癒せ。
ーーー平穏を、安泰を、すべての者に。
ーーー欠けたる者に我は与えん。
ーーー悠久なる愛を。
ーーーさらば汝ら乙女を愛せ。
癒しが、鎮静の呪が、安寧の祈りが神殿にかかる。
神殿に運ばれていた負傷者を一人残らず癒し、喧騒に身を任せる者あれば鎮め、傷ついた心には無償の愛を。
「我がおと…セイレン…!」
その呪に一番影響を受けるのは、当然近くにいたハクセイだ。
セイレンは力の使い過ぎでぐったりとハクセイの胸に沈んでいる。
「セイ、レん、…っ」
ハクセイは、セイレンを抱え、私に気づくこともないまま去っていく。
そう、私にも、自身に迫る黒い影にも気づくことがなく。
私は影がハクセイを追うのを黙認し、踵を返す。
光魔法。
それは癒しが本質なのではない。
ヒロインをヒロインたらしめる魔法。
心でも体でも欠けたところがある者に発動する。
欠けたものは完全に再生することはない。
光魔法は別のものでそれを埋めるのだ。
心の欠けた者にはヒロインを愛す心を、足の欠けた者にはヒロインへの愛の呪が掛けられた足を、目が掛けた者にはヒロインだけが輝く目を。
私は元々この世界の者ではないので掛からない、というか魔法全般かからない。
まあ、それはセイレンの治療も受けられないというデメリットもあるけれど、攻撃魔法も通用しないチート。
なのに私自身魔法は使える。
これは勿論先生も同じ。
同体質だから最後の弟子でありながら賢者を受け継ぐ資格を持っている…そういう設定だが、種を明かせば同じ時空天使だからに過ぎない。
それに先生の魔法は効くので肝心なところで役に立たない。
さて、話は戻るが、ハクセイのことだ。
あの人、世界の平和しか関心が無くて、人間も切り捨てていい存在としか思ってないし、むしろごみ扱いしてると思う。
『平穏』に異常に執着してるんだよね。
闇落ちしてしまう時に、闇に手を伸ばしてしまう決定打が「人間の存在する地球と、存在しない地球、どちらが美しいと貴方は思うのかなぁ?」って言葉だったし。
平和主義もそこまで行くと怖いから。
そこまでなってしまった理由は追々話すとして。
あの人、そんなわけで心欠けまっくてるの。
もろに光魔法の影響受けるね、はい。
一名様、恋愛ジェットコースターにごあんな~いって感じ。
そして私は砂糖を吐く…と。
時空天使、闇多いし、ストレス過多だし、…………切実に辞めたい。