続! 高峯さんと日本史の勉強
このお話は元より支離滅裂なのに「高峯さんと日本史の勉強」を読んでないと尚更意味が分かりませんのでご注意ください
隣の席の高峯さんは、どうやらちょくちょく異世界に行ってる。
そのせいなのかわからないが、彼女の持つ日本史の知識は色々とおかしい。織田信長が竜騎士だとか、豊臣秀吉が地下世界に住みつく巨大ゴリラの末裔だとか、徳川家康が魔族と人間のハーフだとか……もうツッコミだしたらキリがない。
だから高峯さんは日本史のテストで赤点を取った。そして、彼女のテスト勉強に付き合った僕もまた赤点を取った。おかげでせっかく夏休みに入ったというのに、三日間日本史の補習を受けるハメになった。まあ、これもいい復習の機会だと思って甘んじて受けるしかないだろう。
さて、七月の最終週のその日。僕と高峯さんは教室の最前列でふたり、隣同士腰掛けて日本史担当の江原先生が来るのを待っていた。
いつもより少し広く感じる教室を高峯さんはどこから楽しげに見回す。
「なーんか、人がいない教室って新鮮でドキドキするね!」
「……まあ、そうだね」
「あれ。堀くんテンション低め。ま、補習だから仕方ないと思うけど。でも、何事も楽しむべきなのですよ!」
いや、補習はどうでもいいんだけどね。むしろ前向きな気持ちで迎えようとしてるんだけどね。問題なのはこの教室にいる僕たち以外の人で……。
……つまり、どうして僕たちの後ろの席に竜騎士並びに魔族と人間のハーフがいるのかな? しかも、さっきからふたりとも両腕を組んで目をつぶったまま何も喋ろうとしないし。なに、この状況。もしかして高峯さん、この人たちをもとの時代に返さなかったの?
間も無くして日本史担当の江原先生が教室にやってきた。先生は僕を見て、高峯さんを見て、それから僕たちの後ろに座っている二名を見ると、腕を組んで首をかしげる。
「堀、高峯。その二人は誰だ」
「見てわからないんですか? 先生、歴史の担当なのに」と高峯さんはわざわざ先生を煽るようなことを言う。
「おいおい。いくら俺が歴史の教師だからってなんでも知ってると思うなよ。見てわかるのは、竜騎士と魔族と人間のハーフが並んで座ってるってことくらいだ」
なんでわかるんですか、江原先生。普通は説明されないと……いや、説明されたとこでわかるわけないよな、これ。
一発回答を導き出した江原先生に、高峯さんは半ば呆れたように息をつく。
「そこまでわかってるならもう答え知ってるみたいなものじゃないですか。このおふたりは、信長と家康ですよ。歴史の勉強がしたいとのことでしたんで、わざわざ連れてきたんです」
「……そうか。じゃ、補修始めんぞ」
高峯さんの説明を一字一句残さず無視した江原先生は、教科書を開いて授業モードへと入る。
「はじめに言っておくとだな、お前たちの答案はダメダメだ。ありえんだろ、色々。なんだ、桶狭間の戦いで信長は竜に乗って単騎敵陣に突っ込んで今川義元を討ったって。無双ゲーじゃないんだぞ」
江原先生は「はは」と小馬鹿にするように笑い、僕の後ろの席にいる竜騎士は握った拳を机に叩きつけた。
先生。信長、めっちゃ怒ってます。自分の英雄譚をウソ扱いされて完全にブチ切れてます。机にヒビ入ってます。さすがの竜騎士の腕力です。
そんなことなど気にも留めない江原先生は、「じゃ、まずはその信長から」と織田信長についての講義を始めた。自身についての話を聞く竜騎士の顔は終始怒りに満ちており、威圧感がとんでもない。僕は席に座っているのが精いっぱいで、先生の話をノートに書き留めることなんて、とてもじゃないができなかった。
隣に座る彼女を見れば、教科書を眺めているふりをしながらうたた寝している。よく眠れるな、この状況で。さすがと言うほかない。
「――で、明智光秀に裏切られ、本能寺で焼き討ちされたと。ここまででなんか質問あるか?」
先生が講義を終えると同時に手を挙げたのは信長である。意外と礼儀正しいところがあるんだな、この第六天魔王。
「はい、じゃあそこの見知らぬ竜騎士」
「先生。光秀って、あのキンカン頭のことですか?」
「お。よくそのあだ名知ってんな。そーだ、あのキンカン頭のことだ」
「じゃあ……その直前にあのクソ禿げを殺してやれば、我は殺されなかったってことですよね?」
敬語でブチ切れてるよ。光秀のこと殺す気満々だよ信長。このまま元の時代に返したら完全にタイムパラドックス起きるよ。『本能寺の変』の文字が教科書から消えていくよ。
「いや。どっちにしろ死んでただろうな。一説によると、光秀の謀反をそそのかしたのは秀吉って話だ」
「なるほど。つまり、あのキンカンとゴリラ、両方とも消せばいい、と」
信長はどこか清々しさすら感じられる殺意で全身を満たしながら教室を出ていく。
光秀に続いて豊臣秀吉の名前も消えるよ。まずいですって、先生。公立高校の片隅で歴史動きまくってますって。
そんなことは知らぬ江原先生は、「よーし。じゃ、次は家康についてだな」と家康についての講義を始めた。話は十数分に及び、「――で、江戸幕府の礎を築いたと」といったところで平和的にまとまったのにホッとしたのも束の間、「ま、最後は鯛に当たって死んだらしいんだけどな。バカだよ、バカ」と先生が半笑いで言ったのを聞いて慌てた僕はとっさに手を挙げた。
「せ、先生っ! 魔族と人間のハーフが鯛に当たったくらいじゃ死なないと思いますし、そもそもお腹なんて壊したこと生まれてから一度もないと思うんですけど!」
「おい堀。お前さっきから何聞いてたんだ? そもそも、家康は魔族と人間のハーフじゃないんだよ」
「じゃあそういう証拠は出たっていうんですか?! 家康が完全に人間だって証拠がないなら、魔族と人間のハーフじゃないとも言い切れないですよね?!」
「そりゃそうかもしれんけど……というか、お前おかしくないか? そんな妙なこというキャラじゃなかったろ?」
「キャラ変ですよキャラ変! とにかく、お腹壊して死んだなんて不名誉なこと――」
「おい、貴様ら」
かたくなに沈黙を守っていた家康が、ついに動いた。その太い右腕をすっと天に突き出したのである。
……まずい。まずいまずいっ! きっとあの手にエネルギーを集中させ、衝撃波的な何かで失礼なことを言った先生もろとも教室を吹き飛ばすに――。
「腹が痛いのでトイレに行きたいんだが、どこにある?」
普通にお腹壊してんじゃないよ魔族と人間のハーフ。擁護した僕がバカだよ、これじゃ。
「まったく。トイレくらい済ませてから来いよ」と呆れた様子の江原先生に連れられて、家康は下腹部をこすりながらすり足で教室を出ていく。漏らす一歩手前だよ、あの歩き方。あの家康なら鯛にあたって死ぬだろうな。
今の時代に生きる僕たちが何をやったところで歴史は変わらないのだろう。僕がそんなある種の無常観のようなものを感じていたところで、うたた寝していた高峯さんがむっくり起きて、ぼやけた眼でふたりきりになった教室を見回した。
「あ、堀くん。補習終わった?」
「まだまだ続くから、いい機会だと思ってちゃんとした歴史を学ぼうね、高峯さん」