機械少女
勝負作の練習の練習です
「イヤだ!やめて!お願い!」
荒いレンガ造の壁にコンクリートの床。溶接に使うガスが通るパイプがあちこちに走っている。周りでは様々な修理ロボットが忙しなく働いていた。そんな修理工場で、一台のロボットが泣き叫ぶように訴えていた。スラットしたモデル体型の女性ロボット。しかしクローンや人造人間とは違って鉄のボディが表に出ている。腹のくぼんでいる所や二の腕、太ももと言った場所の配線が丸見えだ。
「お前はもう勤務期間を終えた。もうガタも来ている」
威圧感のある男の工場長、ヘンリーが言った。
「イヤだ!まだ働ける!だから、分解さないでくれ」
指を組んで拝むように訴える。
「ロボットの分際で喚くな!」
ヘンリーは持っていたパイプレンチを振り上げ、ロボットを殴ろうとした。
頭を守るように腕を上げ、壊れる事を覚悟する。刹那、別の何かにぶつかる音が工場内を木霊した。
「おっと、危ないじゃないか。壊れたらどうする」
工場長じゃない、聴き慣れない声が響く。訳もわからず顔を上げると、安全手袋を付けた手が受け止めていた。
手の主は、グレーのつなぎを身と付属の帽子を身に付けた見慣れない作業員だった。見た目的に年齢は二十四歳程だろうか。それにしては、四十を過ぎているあの工場長が彼を前にしてビビるのはおかしような気がする。
「お、お前は…!」
ヘンリーが何かを口にしようとするが、作業員はそれを遮った。
「まあまあ、それ別に指差して言う事でもねえからさ」
それよりと付け足し、トーンを落とした低い声で続ける。
「俺の前でロボット壊そうなんて何事だ?」
怒りのこもった視線がヘンリーに向けられた。
「いやっ!それは、その…」
返す言葉が見つからないらしい。
「俺がいない時もこんな事をしてたんじゃないのか?」
「ッ!……」
図星のようだ。
「-----どうなんだ!」
「ひぃ⁉︎」
それでも追い詰めて来る彼に、工場長は気圧された。
「ハッ、まあ良いさ。俺がここを貰うだけだしな」
両手を広げ、この工場の事だと明確に示している。
「そ、それだけはご勘弁を…!」
あの工場長が平謝りしていた。
「じゃあ、これからはこいつらだけじゃなくて、全ての機械に敬意を払って過ごす事だな。自分がどれほど頼って生きているか身をもって知るが良い」
「は、はいィ!」
背筋をピンと伸ばし、大きく返事をする。
これじゃあまるで会社の社長とその社員だ。どうしてこんな関係になっているんだろうか、ワタシには見当も付かなかった。
「…それにしても、お前は随分とガタが来ているな」
「ッ⁉︎」
まさかこの人も…!
「そうでしょうそうでしょう!だから私は分解そうと…」
「なるほどなあ…」
「お願いです!分解さないでください!まだ----」
そこまで言って、何を言ってるんだ?と遮られた。
「分解す訳がないだろう」
「えっ?」
思いもよらぬ返答に困惑する。
「ですがっここではもう働かす事ができません!」
工場長が断言した。
「だから俺ん家に持って帰るんだ」
持って帰る?
「そんな事をして、一体何をなさるんです?」
工場長も困惑気味だ。
「いや、家事でもしてもらおうかなと」
「「は?」」
この時だけは、合いたくもない工場長と気が合ってしまった。
「あの、先程は助けていただいて、ありがとうございます」
工場を出るなりまずお礼を言った。今は壊れたロボットを積んだトラックが通る道路の端を並んで歩いている。身体を動かすたびに、ギシギシと部品が軋む音が鳴っていた。
「別に気にしなくて良いよ」
頭の後ろで指を組み、枕のようにしてオレンジ色の空を見上げている。
「それで、本当に家事をするだけで良いんでしょうか」
一番疑問に思っていた事だ。できればイエスと答えて欲しいものだが、どうだろうか。
「もちろん。まあ、帰ったら修理が先決だろうけどな」
この回答に、ついホッとした。
「そういや、お前。名前はなんて言うんだ?」
「名前、ですか?」
「ああ」
名前。それらしきものはあるが、これで良いのだろうか。
「ないなら機種名でも良いぞ」
あ、良いんだ。
「WS-T4です」
「じゃあお前は今日からウェストだな」
「ウェスト、ですか?」
「ああ。嫌だったか?」
本当に申し訳なさそうな表情で尋ねてくる。
「あ、いえ。そう言う訳ではないんです。なんと言うか、名前をつけてもらえた事が嬉しくて…」
「そっか」
ちょっとした沈黙が流れる。ワタシはその沈黙を破るように声を出した。
「あ、あの!」
「ん?」
「あなたの名前は何て言うんですか?」
「俺か?…俺は」
一拍を置いて続けた。
「"マートニック"だ」
あ
り
が
と
う
!