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夢の果て  作者: 谷川凛太郎
4/5

第四話:ありがとう

遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


六月は投稿ペースをもう少し上げたい……

「た……ただいま……」

 

 あれから急いで帰ってきたが、時刻は夜の十時を回ってしまった。

 

 恐る恐る玄関を開け、忍び足でリビングの扉を開ける。

 

灯りがついているリビングには、僕以外に誰もいなかった。多分、父か母のどちらかが帰っている僕のことを考えてくれたのだろう。僕は部屋に入りながらほっと胸をなでおろす。

 

「よ、よかった……こんな時間までどこ行ってたのか聞かれたら隠し通せる自信が――」

 

「アンタ何ぶつぶつ言ってんのよ」

 

「うわぁ!?」

 

 いきなり声を掛けられ、びっくりして振り返ってみれば、パジャマ姿の母がそこに立っていた。

 

「おかえり。どうしたのこんな夜遅くまで」

 

「か、母さん! いきなり声を掛けないでよ!」

 

「さっきまでお風呂入ってたのよ。アンタこそ驚きすぎ。びっくりして飛び上がる人初めて見たわ」

 

 言われて気づいた。母さんの頭にはタオルが巻かれている。

 

 何気にさらりとひどいことを言われた気がするが、元々母はこんな風に歯に衣着せない物言いが多いから気にしてはいない。

 

 ……もう少し何とかしてほしいとは何度も思ったことはあるが。

 

「それで、今日は面接だったんでしょ? どうだったの?」

 

「あ……うん、今回も……ダメかもしれない……」

 

「……はぁ……まぁ、なんとなく予想はしてたから今更驚かないけどね」

 

 ため息をつき、残念そうな表情をする母に、僕の心はキュッと締め付けられる。

 

「それで、報告したくなかったからこの時間までふらふらしてたの?」

 

「ち、違うよ! じ、実は帰ってる途中で行男に会ってさ――」

 

 そのまま僕は、今まであったことを全て話した。サイファーのこと、ラップのこと、今日であった人達のこと……

 

 包み隠さずすべて話し終えた後、母は目を丸くしたまま黙ってしまった。

 

 ……沈黙が重い。

 

「……あ、あはははは! やっ、やっぱりダメだよね! あんな危ない人達がいそうな場所に行っちゃダメだよね!」

 

 耐えきれなくなって笑ってごまかそうとしても、母は尚も黙ったままだった。

 

「じゃ、じゃあお風呂入ったら寝るから! おやすみ!」

 

 もうこの場所に一分でも居たくないと思い、とっとと着替えを取りに行こうとしたその時。

 

「待ちなさい」

 

 背後からがッと肩を掴まれた。

 

「な……なに」

 

「アンタはここに座ってなさい。ちょっとお父さん呼んでくる」

 

「えっ? いや、なんで? 父さんもう寝てるでしょ?」

 

「多分まだ本を読んでるはずだから大丈夫よ。もし寝てたとしても無理言って起こすから」

 

 そう言うと、母はまるで稲妻みたいな速さで階段を駆け上って、「お父さーん!」と夜なのも忘れて大声で父を名を叫んで部屋へと入っていった。

 

 直後に引っ張り出された父は少し不満げな表情で僕の方を見下ろしていた。「なにやらかしたんだよ」と言いたげな目線が痛い。

 

「どうしたんだよいきなり。父さん丁度本寝ようと思ってたんだぞ?」

 

 席に着くなりそんなことを言ってきた父の気持ちは痛いほど分かる。僕も同じことをされたら少なからず嫌な顔して皮肉の一つでも言いたくなるだろう。

 

 しかし、我が道を行くがモットーの母にとっては、そんな事は些末な話なのだろう。同じように席に座ったとと思いきや、グイッと身を父の方へ乗り出した。

 

「お父さん聞いてよ。アタシも聞いた時はびっくりしたんだけどね、今日この子サイファーってところに行ってきたんだって」

 

「サイファー? サイファーってなんだ?」

 

「えーっと……匠、説明して頂戴」

 

 よく分からないなら本題に入るなよ……と思いながら、僕は二人に改めて今日あったことを説明した。

 

「なるほど……つまり、そのラップする場所があって、匠はそこでラップしてきたってことだな?」

 

「ま、まぁそうだね」

 

「ふむ……楽しかったか?」

 

「えっ? ……うん。すごく楽しかった。あんな経験初めてだったし、意外といい人も多かったから、新鮮だった」

 

「そうか……」

 

 ぽつりとつぶやいた後、父はしばらく顔を伏せ、プルプルと身を震わせた。

 

 や、やっぱり息子がこんなことやってたって知ったから悲しんでるのか……?

 

 と、思ったその時。

 

「そうかぁ……漸くお前にも好きなことが見つかったかぁ……」

 

 ため息とともにそう言葉を吐き、顔を上げた父の目は心なしかうるんでいた。

 

 そのまま父と母はお互いの手をがっちりと握る。

 

「ここまで長かったな。母さん」

 

「全くもってその通りね。こんなにも嬉しいことはないわね」

 

「あ、あの……父さん? 母さん?」

 

 まるで就職が決定したような喜びようの両親を、僕はただただ目を丸くしながら見ていた。

 

「……あぁ、すまんすまん。お前にもやっと夢中になれるものが見つかったのが嬉しくてな」

 

「い、いや、就職決まったら泣くのは分かるけどさ……」

 

 たったそれだけのことで泣く程喜ぶことなのだろうか?

 

 僕のそんな思いを察したのか、母が「何言ってんの」と横から口を挟んだ。

 

「昔から何をやらせても興味を持たなかったアンタが、初めて、それも自分から『楽しかった』なんて言ったのよ。喜ばない親なんていないわよ」

 

「だからって泣くことないだろ。一応僕だって音楽も聞くし、本も読む。全くの無趣味ってわけじゃないよ」

 

「それでも、『夢なんてない』なんてずっと言っていたあの頃に比べたら、僅かでも大きな成長に違いないんだ」

 

 同調して頷く父に対し、僕は何も言えなくなった。

 

 確かに、僕は今日までずっと、勉強以外の何かに夢中になったことはなかった。

 

 楽しくなかったわけじゃない。父や母が提案してくれた習い事はどれも素敵だったことは覚えている。

 

 けれど、「将来はこんな風になりたい」と思うほど強烈なものはなかった。

 

 実際、夢なんて持たなくても健康に生きていけたし、頭もコミュニケーション能力もそこまで悪くなかったか筈だから、余計に趣味や夢なんて必要ないと思っていた。

 

 だけど、今日、行男に誘われて入ったサイファーは、僕の心に忘れられない高揚感を刻み付けた。

 

 こんな体験、初めてだった。

 

「……人、だろうな」 

 

 フッと漏らすように出た父の言葉に、僕はハッとして目を見開いた。母も気が付いたのだろう。「かもしれないわね」と言いたげに頷く。

 

「きっと、今日のそのサイファーという場所には、匠が今まで会ったことのないような人達がいたんだろう。その人達の個性は、匠の中にあった固定観念や価値観を底の底から覆した。それがきっと新鮮だったんだろう?」

 

「それもある……し、自分達の価値観をぶつけあって、認めながらも更に上を行く感じが、凄く、凄くカッコいいって思ったんだ」

 

 付け足すようにそう言うと、二人は目を合わせ、納得したように頷いた。そして、父がニコリと笑って僕の方を見つめる。

 

「いい出会いがあったんだな。その出会い、大切にしなさい」

 

「……いいの? 犯罪とか、危ないこともあるかもしれないのに」

 

 正直、認めてもらえるかどうか不安だった。

 

 帰るとき、少しだけヒップホップやサイファー、ラップのことについて調べてみた。

 

 予想通りというかなんというか、ヒップホップの不穏な成り立ちや裏話、薬のことなど、危険な事実も沢山あった。

 

 それでも僕が二人に話したのは、それだけヒップホップこの音楽が魅力的だったからだ。

 

 それと同時に、トラブルがあった時に両親を巻き込むのだけは怖かった。僕一人だけならいい。何も関係がない両親まで被害が及ぶのは申し訳ない。

 

 だから、包み隠さずすべて話して、止められたら諦めると決めた。

 

 それだけに、父も母もあっさりと認めてくれたことに、少しだけ拍子抜けしてしまった。

 

「まぁ、心配してないと言えば嘘になるな。聞いた限りだと治安というか、ガラの悪い人も多い印象だ。だが、それは父さんたちがお前を止める理由にはならない」

 

「えっ?」

 

「就職してないとは言え、アンタはもう立派な社会人。物事の善悪も分かる歳になった。だから私たちは匠を信じるわ。アンタが決して悪いことしないってね」

 

 だから十分気を付けるようにねと、母も優しく釘を刺す。

 

 その言葉に、僕は少しだけ泣きそうになる。

 

 ここまで僕のことを案じてくれている、二人の親の恩が嬉しくて、そこまで心配してくれた二人に僕は何も返せていないのが悔しくて。

 

 それでも何か言わなければならないと感じて、僕は必死に言葉を絞り出す。

 

「……ありがとう、父さん、母さん。分かったよ、危ないことには首を突っ込まないって約束するよ」

 

 だからこそ、親にここまで言わせた以上は無責任な行動は出来ない。

 

 ここからは、自分の人生を自分の判断で歩まなければと、心の中で決意しながら。

 

「……まっ、後は就職してくれれば、母親としては言う事ないんだけどね」

 

「うっ……痛いところを……」

 

「まぁまぁ母さん。それは今は言いっこなしだ。今日は飲もう。お前の新たな門出を祝おう」

 

「とか言って、お父さんが飲みたいだけなんじゃないの?」

 

「だからそれは言わないお約束なの!」

 

 明かりが灯る一階は、その一言で温かな笑いにつつま

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