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約束の月  作者: 星川護
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episode.4 明くる朝


 カレナが玄関を開けると同時に、夏の陽射しと、陽光のような明るい声が辺りに響く。その声にひどく安堵を覚え、その声に応える。

 

 「カレナちゃん! おはよう!」

 「…おはよう、トオルちゃん!」


 カレナに元気に声を掛け、左腕に手を回すのは、トオル。セイの従兄弟で、本名は木野透。セイと同様、幼少期より親交がある。セイと似ている黒の長い髪の毛を、夏の間はポニーテールにして爽やかである。普段は手首に通している橙色の紐を髪留めに使っており、さすがと思わせるような美少女である。

 トオルは、やれやれといった風に手を動かす。


 「セイは朝から『おつとめ』ですかぁ。カレナちゃんの方がよっぽど大事(おおごと)なのに?」


 『おつとめ』は、セイの部活動に関することである。セイは学校でオカルト部に所属している。彼は部で共有される怪奇に関する噂話を仕入れる。妖に関することであれば、祓いに行くこともある。

 また、オカルト部の人間はセイの事情や役割を理解している。そのため、既に現世(うつしよ)の者では無い者の仕業であることが確認されている場合は、早朝からセイに連絡がいく手筈になっているのだ。


 今朝もお祓いをしに行ったセイ。だが、彼は、数時間前まで満身創痍だったのだ。かくいうカレナも似たようなものだが、カレナは時間ギリギリまで眠っていたのだ。


 「セイ、大丈夫かな…。寝てないんじゃ…」

 カレナとは比にならないくらいの睡眠欲に圧力をかけ、身体を動かすなど、死んでしまうのではないか。

 

 「だいじょーぶ! というかむしろ、動いてないと落ち着かないと思うねぇ。まぁでも、命に関わるほどの無茶は神主さんがさせないと思うし! …それよりも!!」


 と、トオルはカレナからパッと手を離し、カレナに真正面から相対するように、立ちふさがる。そして、かつて幾度となく見た、表情をする。


 「あたしは、カレナの方が心配だよ…。カレナも少ししか寝てないでしょ? セイはいくらか体力あるからいいけど…、それに、神主さんも妖が活発化してきているって言ってたし」


 トオルは両手でカレナの手を強く包み、2人の胸の前までもってくる。トオルは祈るように目を閉じる。


 「榎野の力をちょこっと引いてるあたしなら、セイほどでは無くとも、妖避けぐらいにはなる。けど…」


 トオルは口篭(くちごも)り、不甲斐なさそうに地面に目を逸らす。

 カレナはトオルの言葉の続きを予想出来てしまった。トオルは祓魔の力は無いが、勘は鋭いし、妖が嫌うオーラをまとっているらしいのだ。気づいてもおかしくなかった。



 「『()る』んでしょ? カレナの後ろに、しかもカレナの家からずっと」



 そう、居るのだ。昨晩の銀髪紅眼の青年が。






 時は今朝まで遡る。


 朝、恐ろしいほどの眠気と戦いながら、登校の準備をしようと、体を起こす。妖のことなどなかったかのように晴れやかな空に少々嫌気が差した。

 すると枕元に普段見慣れないもの、手紙が置いてあった。


 それには、昨晩、というか数時間前だが、昨晩の騒動のあと、セイの父が神社の結界に一旦引き入れたこと。その後、セイの父が直接カレナを家に運び、カレナの母に事情を説明したこと。カレナの家の結界を修繕・補強したこと。セイの父が作った護符を置いておいたこと。

 そして、守れなかったことを詫びる文言などが、セイの父名義で書かれていた。


 カレナは昨晩のことを思い出し、体を震わせた。ふと、あの青年の姿が思い出される。震えは収まった。

 だがすぐに頭を振り、立ち上がる。同時に軽く目眩がし、勉強机に手を付き、寄りかかる。机の上には、昨日、カレナたちが死守しようとした『本』が置いてあった。カレナは軽く『本』の何も書いてない、黒色の表紙を手で撫でる。


 以前は『本』をどこかに棄てたいと考えていた。

 今はもうそんなことは思っていない。カレナやセイが世界の為に、護らなければならないものだから。



 一通り登校の準備を整え、カレナは『本』を引き出しにしまった。

 カレナは暗い表情で、1分ほどそこで動かなかった。


 見たことがない形の生き物、妖。

 息も絶え絶えな、セイ。

 初対面でカレナの名を呼んだ、眉目秀麗な青年。

 非現実。


 カレナは一息ついて、玄関に向かった。今日はセイは来ないで、トオルが来ることは手紙に書かれていた。久しぶりに一緒に登校できる幼馴染に心を馳せ、玄関の戸を開けようと、日光でやや暖かい戸に手をかける。

 「あっ」

 忘れ物をしたことを思い出して、不意に背後を振り返る。


 その時。夜でもないし、むしろ快晴の朝にもかかわらず、視界は黒で覆われていた。


 「わあああああああああああ!?」


 叫ばずにはいられなかった。そして、自らの口を押え、ハッとあることに気づく。もしやと思い、カレナは顔をあげると、予想した通りの顔がそこにあった。


 例の青年。


 また何故か家の中にいる。今まで全く気配を感じなかった。

 青年は驚いたのだろうか、少し眉をあげた。

 カレナは及び腰で後退(あとずさ)るが、後ろはすぐ戸なのでほとんど動けない。


 (それにしても、本当に背が高い…、っていやいやそんなことより…!)


 「あなた、誰…ですか?」

 カレナはバッグを抱きしめながら、声を発する。

 すると青年はあっさり答えた。


 「アラム。アラム・ユエ、あんたはカレナ?」

 「そう…ですけど、なんで私の名前を知っている…んですか?」


 たどたどしく、取ってつけたような丁寧語を挟み、アラムと名乗った青年にカレナは問いかける。


 「…ずっと…会いたかったから」

 「…えっ?」


 アラムはぼそぼそと目を逸らしながら言った。だが、ボソボソしすぎてカレナの耳には届かなかった。


 「…気にしなくていいから」


 そしてアラムはいきなり姿を消した。

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