プロローグ
つまらないくらいいつも通りで、
『今』にして思えば、幸せだったいつも通り。
その日も、いつも通り虫の集団に衝突しながら帰宅し、晩御飯を食し、机の上に教科書を広げながら、テレビのバラエティ番組を見る。いつも通りだった。
そして、画面の向こうの人はいつもの笑顔を浮かべながら、こう言う。
『今晩は満月です』
帰宅途中にも既に見えていた、不気味なほど大きい満月。
いつもそれを見る度に、何か。何か変な感覚を感じる。上手く言い表せないけれど。もしかしたら、デジャブというものなのかもしれない。よく分からないが、確実に毎回、何かを思う。
『満月の日は悪しきものが現れるから、家から出てはいけないからなー!』
放課後、近所の幼馴染が念を押してきた。
確かに、私は『そういう家系』である。けれど、実際、『そういうモノ』を見たことは無い。だから、『それ』を信じているかといえば、どちらかと言うと、信じてない、に近いかもしれない。
家族や血筋の歴史を信じるなら、『いる』と思うけど、個人的には『いない』と思っている。
けれど。
…満月、なにか、あったような気がするんだけどなぁ。思い出せそうで、全く思い出せない。
ふと、窓から月を見る。
家周辺に結界が張られている、…らしいから窓から身を乗り出すくらいは、『自宅を出る』ことには含まれないらしい。
今夜も美しい満月。きっと普通の人だったら写真を撮ったり、羨んだり、心を癒すものなのだろう。
すると、一瞬、閃光が視界を覆った。
最初は誰かがシャッターを切った時のフラッシュか、または目眩がしたんだと思った。それか気のせいか。少なくとも『そういうモノ』関連ではないと思った。
だが。
月が、おかしい。
まあるい輪郭は見える。けど。
月の真ん中に変な柄が。
それはだんだん大きくなって。
月影による逆光に隠れていた細部がだんだん見えてくる。
柄。じゃない。
(人…!?)
音を立てて勢いよく窓を閉める。そしてあわてて陽気なテレビに向き直る。
いやいや、人な訳が無い。だいたい空からだなんて。非日常すぎる。そう、虫だったのだ。蛾かなにか、大きく見えるような虫が近づいていたのだ。
テレビは、そんな彼女の心境とは裏腹に陽気に笑っている。ほら、何もおかしいことは無い。ちょっと目が疲れていただけだ。
そうして、唐突に幼馴染の声がよみがえる。
『満月の日は悪しきものが現れるから、家から出てはいけないからなー!』
彼女は、ひゅ、と心臓が締め付けられたようになり、震える両手で口を覆う。
(まさか、今のが『悪しきもの』…?)
ふと、彼女の短い茶髪の端が揺れ、閉めたはずの窓の方向から風を感じた。レースカーテンもさわさわと音を立てている。
自分の鼓動が激しく波打っているのを強く感じる。いやむしろ鼓動の音しか聞こえない。
一応、いないとは思うが、一応。
彼女は後ろを振り向く。
視界に、見慣れない真っ黒なものが。
下から順繰りに見上げていくと、明らかに人のものでは無い、鮮血のような紅い瞳とぶつかる。
すると、相手の口が動き、言葉を発する。
「…『カレナ』?」
美しいその男から放たれた単語。
それは彼女の名前だった。
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