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自殺配信

作者: 青原匠


『厚生労働省の発表によりますと、日本の15~24歳の死亡者数の内、自殺によって死亡した人の比率が前年度よりも3.0パーセント上昇し、過去最悪となりましたーー』


 キー局の朝の情報番組で、若い女性アナウンサーが淡々とした表情でそんなことを述べる。

 それを横目に私は食パンをひと口かじりながら、「自殺なんて私は絶対にしないだろうな〜」と小声で呟く。だって自殺なんて痛いだろうし、怖いだろうし、そもそも人生に嫌気なんてさしていない。優しい両親に多い友達。私はまさに前途洋洋な道を歩んでいるのだから。

 勿論自殺をする程にまで追い込まれた人には同情するし心だって痛める。でも、私にはどこか関係のないことだと思っているのだ。

 そんなことを考えていると、先程の暗いニュースはどこへやら、テレビではいつの間にか可愛らしい動物の紹介コーナーへと移っていた。


 朝の身支度を終え、私は学校へと向かうために玄関に赴く。


「〇〇、行ってらっしゃい」


 その過程で私は母に呼び止められ、毎朝恒例の言葉を投げかけられる。

 それに対して


「行ってきます!」


 と私は返した。



 ◇



「おはよー」


 仲のいいクラスメイト数人に挨拶をしながら、私は教室へと立ち入る、そんなごくありふれた日常。

 でも、一つだけ違和感があった。始業のチャイムが鳴る寸前だというのに、クラスの中の密度がいつもよりも小さいのだ。

 首を傾げていると、そんな私の様子を見てかは分からないが


「なんか人身事故があって、電車が止まってるらしいよ?」


 と、友達のエマが私に説明口調で言ってきた。

 なるほど、確かに私含めてこの教室にいる人のほとんどが自転車通学者だなと腑に落ちた。


「死ぬなら人に迷惑かけないで欲しいよねー」


 すると語尾に(笑)をつけたような感じでエマはそう呟く。


「確かにねー」


 周りの友達もそれに同調する。




 私は特に何も反応を示さなかった。






 それからしばらくして、電車の遅延によって登校を阻まれていた生徒達も登校してきて、何事もなかったかのように粛々と授業は進められていった。

 そしてそのまま学校が終わって帰路に就こうしたとき、非通知の番号から電話が来たのだ。あなたのお母さんが事故に遭った、だから病院に来てくれと。私はうんともすんともつかない返事をして電話を切った。最初は詐欺か何かかと思ったからだ。

 しかし内容の詳細さや私の電話番号を知っていたこと、そして何より母に連絡がつかないことから、信憑性が如実に、唐突に現れる。

 だから私はすぐに言われた通りの病院に駆けつけたが、そこで私は赤い白衣を纏った医者に母の死を突きつけられた。


 どうやら人間という生き物は一気呵成に莫大な感情が押し寄せると、虚無というか、心が機能しなくなるらしい。

 つい朝まで喋っていた母の死をいくら咀嚼しても、上手く消化できない。こんな現象はずっと続き、涙の1粒も私の目には現れなかった。

 むしろ悲しみという感情よりも、恐怖とか、そういった感情に私の脳は占有されるようになっていった。

 というのも、もちろん母がいなくなった生活を家事とかそういったことも含めて上手く送れるのかといった恐怖もあったが、それ以上に父親の存在があったからだ。

 父は私のことを少なくとも人並みには愛してくれていると思ったが、どうやら父が愛していたのは私ではなくて母だったようで、母がいなくなった今、父は私への虐待に近しい行為に専心している。私への愛情なんてものは、アルコールやニコチンに注がれる愛情を前にしたら埋没してしまうようだ。


 そんな私、ところどころ傷跡などもついた私のことをエマをはじめとした友達が気遣ってくれたりもした。しかし友達の慰めの言葉も直ぐに父の実力行使によって立ち消え、私はいつしか学校よりも精神科に通うようになっていった。

 毎日のように手首から涙を流すから、たとえ暑くても長袖の服が必須になったし、医師から処方される睡眠薬でのオーバードーズなんてものも珍しいものではなくなった。もっとも、私がそんな様子になっても父の言動に何ら変化はなかったが。


 そうした日々を送って行くうちに、私は結局はなんの助けもしてくれない友達への失望と共に完全に不登校となり、私の居場所はSNS上となっていった。

 そこでは病み垢を名乗って手首から流した涙の痕や、多量の薬を晒すだけで沢山いいねがついた。少し顔を晒せばもっといいねがついて、フォロワーも増えていった。時々DMに出会い目的のメッセージも来たけど、全部受け入れた。体を売ったりもした。

 それも全て、私は求められているんだという満足感があったからだ。私を求めてくれない父や友達よりも、求めてくれる匿名の人物達に私は心を寄せていった。私は才能よりも愛情が欲しかったが、彼等はたとえかりそめであっても、ホテルの中だけであっても愛情をくれるのだ。



 しかし別に楽しみもない、ただ顔の見えない他人のニーズに応え続けるだけの日々なんて長く続くはずがなかったのだ。


 ある日いつもみたいに『死にたい』とSNS上に投稿したところ、『じゃあ死ねばいいのに』と返信が来た。

 昔の私だったらこれに対して腹を立てたかもしれないが、今の私は何か糸がぷつりと切れたように、なら死のう、そう決意した。別に私には明確な生きる理由もないから。



 そうと決めたら早かった。どうやって死ぬかということを考えたが、母の命日に誰かが人身事故を起こしていたことをふと思い出し、私も電車への飛び降り自殺をすることに決めた。電車を遅延させることによる賠償金などで父に迷惑をかけてやろうという気持ちも片隅にあった。そして私の死を求めた彼のニーズに応えるためにも、その瞬間を配信することにも決めた。



 そして決行日、私は制服を身にまとって駅へと辿り着く。そして同時に配信もスタートする。

 タイトルには自殺配信とつけたからだろうか、かなり多くの人が私の配信を見ていて、同時におびただしい数のコメントが画面を覆い尽くす。


『はやまるな!』

『話を聞かせてくれ』

『まさか本当に死ぬとは思わなかったんだ!謝るから待ってくれ!』

『ちゃんと学校で話聞くからさ、お願い!』


 その大多数は見たこともないアカウントによるものばかりであったが、中には私に死ねと言ってきたアカウントであったり、制服で特定したのかエマのアカウントからのコメントもあった。

 私がいくら苦しい様子を晒しても、それを煽ったり、なけなしの慰めしかしなかったくせに、こういう時は必死に止めるのか。

 私は偽善者共に辟易した。



 でも、どうだっていい。だって私はもういなくなるのだから。


 駅のホームを電車が通過するから、黄色い線の内側へと下がれ。そんな感じのいつものアナウンスを聞くと、私はアナウンスに逆らって線路へと向かって歩き出し、






 けたたましい汽笛の音やブレーキ音を背に、羽ばたいた。


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