道徳教育
我が国の道徳教育について。
我が国では昭和二十年まで「修身」という科目で道徳教育が実施されていました。
「弱きを扶け、強きを挫く」ことや、『教育勅語』にあるような五つの徳目や公徳心について教育されましたが、戦後に進駐軍が「軍国主義」と断じて禁止して以降は、正式科目としての道徳教育は長らく行われておりません。
一応は昭和三十三年に道徳教育を「各学校の裁量で行っても良い」ことにはなりましたが、その内容は千差万別で統一した基準はありませんでした。
この道徳教育がなかった期間から推察すると、昭和二十三年生まれまでの方は義務教育期間中に全く道徳教育を受けていないことになります。
更に昭和二十七年までにお生まれになった方は半分以下です。
安保闘争が起きたのは昭和三十四年から三十五年にかけてと、昭和四十五年の二回ですが、見事に道徳教育を受けていない学生たちが起こしているのが一目瞭然です。
この安保闘争に敗れた共産かぶれの学生たちは教職員やマスコミ関係に就職します。
彼らが管理職になるのが四十歳からと仮定すると、昭和五十年代から徐々に侵食し、平成十年頃には管理職の相当数が道徳教育を受けていない者たちで占められていたと言えます。
その彼らが行っていた道徳教育が、「日本人の価値観を破壊する」ことです。
例えば『桃太郎』では、「鬼と桃太郎が仲良くするには、どうすれば良かったか」という内容を子供たちに考えさせることを、「道徳教育」としていた実例が教職員の全国大会で報告されていました。
これの問題点は「鬼が都などで乱暴狼藉を働いて、人々を困らせていた」事実を伏せて、子供たちに考えさせている点です。
子供たちは桃太郎が「名誉欲」や「財宝」に目が眩んで鬼退治に行ったと、勘違いしている事例も、教職員の全国大会で報告されています。
こうした歪んだ「道徳教育」が横行した結果が、現在の我が国を蝕む病理となっています。
「天下の不作は田畑の荒れたるに非ず、人心の荒廃にあり」と二宮尊徳が述べ、「国家の滅亡は道徳の退廃より始まる」と西洋では言われております。
まさに、これまでの共産主義者による「道徳教育」で我が国は存亡の縁にいます。
正式科目の道徳教育は移行期間を過ぎた一昨年から始まっておりますが、七十年以上に及ぶ退廃を取り戻すには、それ以上の期間が必要でしょう。
そこまで我が国が存在している可能性は低いと言えます。




