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マスク姿の斎藤くん。

作者: ヒロヤス


隣のクラスの斎藤くんは、いつもマスク姿だ。


彼とは友達でもないし同じクラスになったことも無い。会話すらしたことが無い。

ただ私が勝手に目で追っているだけだ。




初めて彼を見かけたのは、隣のクラスがグラウンドで体育の授業をしていた時。


行われていた授業は、体力測定。あれ毎年やるよなー、なんて先生の熱弁に飽きてきた私は、自分の授業そっちのけで立ち幅跳びをする隣のクラスの様子をボーっと眺めていた。

赤いジャージに身を包む集団の中に一人、マスクをつけたまま立ち幅跳びの記録をとっている男子生徒の姿が目を引いた。マスクをしているものの授業に参加しているので、見学者ではないらしい。

マスクしたまま体育の授業を受けるなんてよく許されたな、と思わず凝視してしまう。体育の先生も注意すらしていない。彼は気だるそうに記録した後、バインダーを相手に渡して立ち幅跳びの最後尾に並んだ。

あまり外ばかり見ていても、先生に怒られる。と気にしないようにしていたが、その後も授業が終わるまで何度も彼の行動を見てしまった。


あのね、マスクくん。後頭部に変な寝癖ついてるよ。




次に見かけたのは、昼休みの購買部にて。


基本、お弁当持参を推奨しているうちの学校では、昼食を用意できなかった生徒のために購買部が開かれている。パンやおにぎり、ちょっとしたおかずといった簡素的なラインナップだ。

その日、母親がお弁当を作り損ねたため、私は初めて購買部へ向かった。

思っていたより人が多かったその中に、マスク姿の彼を見つけた。

彼はもう買い終えたらしく、ビニール袋をガサガサ鳴らしながら、教室に戻るには遠回りな方へ進んでいった。なんでそっちなんだろう、と目で追っていたら、自動販売機の前で立ち止まった。あぁ、飲み物を買うのか。と納得。

お金を入れてから数秒悩んだ後、『新発売』とポップが描かれたジュースを買ってから教室へ戻って行った。マスクくんは新しいもの好きなんだろうか。


でもね、マスクくん。そのジュースあんまり美味しくないよ。




彼の名前を知ったのは体育祭の時。


体育祭でもマスクなんだー。と変な感心をしたことを覚えている。砂埃が口に入らないことを考えると、もしかしたら妙案かもしれない。

名前を知ったきっかけは、彼が大きな活躍をしたからではない。どちらかというと体育祭には消極的らしく、張り切って参加している姿は見なかった。各組の待機テントにも居らず、グラウンドのフェンスに寄り掛かっていたり、放送テントの椅子に座っていたり、のらりくらりと過ごしていた。

本部に用事があった私は、本部テント横の放送テントに居座るマスク姿の彼が目に入った。体操服に名前が刺繍されており、そこで初めて彼の名前が「斎藤」だと知った。放送部員に「邪魔だ」と怒られていた彼は、重い腰を上げるとフラフラと校舎の方へ歩いて行った。

「斎藤」って難しい字を書くんだなぁ。


ねぇ、斎藤くん。靴紐ほどけかけてるよ。




斎藤くんは自転車で学校に通っている。


黄色いママチャリでちょっと年季が入っている。多分誰かのお下がりだろう。

下校する私の横を、その年季の入った黄色いママチャリで斎藤くんが通りすぎる。部活に入っていない私たちはよく一緒の時間に下校していて、先を歩いている私を颯爽と追い越していく。学校周辺は坂道が多いのでマスクしてると苦しいと思うんだけど、それでもお構いなしである彼は相変わらずのマスク姿だった。


あのさ、斎藤くん。自転車の空気は入れた方がいいよ。




斎藤くんを休日に見かけたことがある。


気になっていた映画があり、日曜日に家族でショッピングモール内にある映画館に足を運んだ。映画が始まるまでは家族全員別行動をする我が家の暗黙の了解。フラフラと本屋を見て回っていた時、見慣れたマスク姿の彼を見つけた。思わず物影に隠れてしまった私だが、そういえば斎藤くんは私が一方的に見てるだけだったと思い出す。しかし何となく出て行きづらいので、こっそりと観察することにした。

私服姿もさることながら、驚きなのはいつも白い紙マスクの斎藤くんが今日は黒い立体マスクを着けていた。学校では黒いマスクをつけないのは何故だろう。先生に怒られでもしたのか。

そんなことを憶測をしていると、斎藤くんは長考して選んだ漫画を持ってレジに向かって行った。


ねぇねぇ、斎藤くん。その漫画、公式アンソロジー本だけどいいの?




斎藤くんはどんな顔をしているのだろう。


私は彼の目から下の顔を知らない。

話しかけてまで知りたいかといえば、そうでもない。でも私の想像と違う顔をしていたら何か嫌だなぁなんて勝手に失礼極まりないことも考える。

遠巻きから見る彼は、ほとんど無表情。マスクをしているせいで口角が上がっているのか下がっているのかも分からない。

彼のことは知っているのに、彼の顔は知らない。


一度でいいから、斎藤くんの笑った顔が見てみたい。




ある日、教科書を忘れた私は、昼休憩に隣のクラスの友達に借りに行くことにした。

「ちょっと待って」と友達が机へ取りに行っている間、私は何となく斎藤くんを探した。

教室の真ん中辺りに座っている彼は、クラスの男子数人と昼食をとっていた。

さすがにご飯を食べるときはマスクをしないらしい。それでもマスクを顎元へずり下げているのは彼のアイデンティティか何なのか。そういえば初めて彼の素顔を見るなぁと注視してしまう。

パンを片手に友人と話す彼は、私が思ってたより鼻が高くて、私が思ってたより唇が薄かった。

元々愛想のないタイプなのか、彼の友人たちは笑っているのに、あまり表情が変わらない。かろうじて口角が上がっていることで、楽しいんだろうということは分かる。

爆笑とかしないんだろうか。ぜひ笑っている表情が見たい。こんなチャンスは滅多にない。

「ごめん、お待たせ」

教科書を持ってきてくれた友達の声で我に返る。快く貸してくれる友達にお礼を告げる。

自分の教室に戻ろうと、去り際に友達に手を振った瞬間、視界の隅に斎藤くんの顔が見えた。


あ、笑った。


一瞬だったが歯を見せて笑う彼の顔が見えた。くしゃりと笑う斎藤くんは、誰よりも優しそうに見えた。


珍しいものが見れた!

自分のクラスへ帰る廊下を歩きながら、一人嬉しくなり、友達の教科書を抱きしめる。脳裏に焼き付けた彼の笑顔。すぐに思い出せる。まさかあんな顔をして笑うなんて!‥‥あれ?でも、なんだか‥‥


「‥‥思ってたのと違うなぁ」


私の口から心の声が漏れた。



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