知り合いが乙女ゲーの王太子にそっくりな件
夕陽に照らされて、2人の影が地面に伸びていく。
「ねぇ、ジュード。」
「なんだよフィオ。」
「…私に前世の記憶があるっていったら、信じる?」
「はぁ?寝ぼけてんじゃないのか?」
「ですよねー…」
予想通りの反応に、私はガックリと肩を落とした。
私の名前はフィオナ・マクレガー、16歳。
ちなみに前世の記憶は──本当にある。
◇
先ほども言った通り、私には前世の記憶がある。
といっても、思い出したのはつい最近だったりする。
前世の私は日本に住むごく普通の女子高生だった。
名前や家族…それと、死因。そういったことは何故か思い出せない。
その代わり、何故かはっきりと覚えていたこと。それがこの世界……と、よく似た乙女ゲームのことだった。
その乙女ゲームは『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』といって、前世の私がプレイしていたゲームだった。
話の内容はよくあるものだ。ある日突然ヒロインが異世界にやって来てしまい、その世界の攻略対象者達と紆余曲折を経て、恋を実らせるのだ。
ゲームの攻略対象者は全部で4人。それぞれ俺様、クール、ツンデレ、ヤンデレと4タイプに分かれてたりする。
中でも注目してほしいのは、そのうちの1つ──「俺様」である。
彼はゲームの世界では王太子として登場するのだが、何故か私の知り合いにそっくりなのだ。
「おい、何ぼーっとしてんだ。さっさと行くぞ。」
そう、先ほど私の前世の記憶あります発言を一蹴したこの男、ジュード・メラビアーノとである。
私の家は商売をやっているのだが、ジュードはその従業員だ。年も近いこともあって、3年ほど前にジュードが我が家に来てから、なんとなく私達は一緒にされることが多かった。
それからお互いの存在に段々と慣れてきて、今や近所で私達のことを知らない奴はモグリと言われるほどの名物コンビにまでなった。
そんな相棒ともいえるジュードが王太子とは、これいかに。
そもそも王太子はちゃんといる。私が住んでいる街は王都から少し離れていて、実際にお目にかかったことはないが、ジュードがうちの店に勤めている期間にも王太子が出席する式典が何個かあったらしい。
もしくはジュードがお妾さんの子ども、いわゆる庶子であるという昼ドラ展開だったら状況は変わってくるのだが…。
その線は、絶対ないと断言するわけではないが少し考えにくい。何しろ国王様は大の愛妻家で有名で、国王夫妻の仲が悪いと聞いたことはなく、ゲームの世界でもそういった雰囲気は感じられなかった。
そもそも、そういった仄暗いものが無いという点では、王太子ルートはあのゲームの中では少し“異質”だった。
『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』は少々癖のあるストーリーが話題を呼び、有名になった。
プレイヤーの意表をつくものから、やたら根気のいるものまで、一筋縄ではいかない攻略があのゲームの特徴でもあったのだ。
その中で、王太子ルートは別名「薄味ルート」と呼ばれていた。ゲームとしては不名誉なその名前は、攻略対象者である王太子のキャラの薄さ、ストーリーのさっぱり具合から来たものだ。
もちろんヒロインとくっつくまでの紆余曲折のシナリオはしっかりと描かれているのだが、どうしても他の攻略対象と比べてしまうと、王太子のキャラクター像は何だか奥行きがなく、薄く感じられたのだ。
加えて、ストーリーの中で王太子の過去が特に深く掘り下げられなかったのもそれをさらに助長した。
兎にも角にも、ゲームとこの世界がすべてが同じであるはずだとは言わないが、それにしたって私が知るジュードはそんなにキャラの薄い奴じゃない。
むしろ濃い、割と濃い、すごく濃い。
「フィオ!こっちだ!」
考え込んでいると、ジュードに呼ばれた。
視線を向けると、柵と柵の隙間を指してニヤリと笑っているジュードと目があった。
「…また近道?」
「この間新しい道見つけたんだ。お前にも教えといてやるよ。」
「もう葉っぱだらけになるの嫌なんだけど。」
「似合ってるから安心しろよ。」
「ちょっと!」
「いいから。ほら、早く来いよ。」
「うわっ、ちょっ、」
思いの外強い力で手を引かれて、その近道に連れていかれる。
ジュードは最近、この街の近道を見つけるのに夢中らしい。迷いなくズンズンと突き進むその姿は、完全に普通の男の子だ。
いや、そもそもゲームでは王太子がこの街で道に迷うイベントがあったような…。近道を知る知らない以前の問題だ。
「着いたぞ。」
「もー、やっぱり葉っぱだらけになっ、た…」
文句を言っていた口が、開いたまま塞がらない。
建物と建物の間の隙間を通って、何度も曲がって、いくつもの茂みを抜けた先、突然視界が開けた。
そこは周りと比べて少し高いところになっていて、夕陽でオレンジ色に染められた街が一望できた。
真下には王都へと続く通り、直ぐ左には十字路、右にはこの街で1番人気のカフェがある。
その見事な景色に、思わず息を飲む。
「きれい…」
「すごいだろ?この間見つけたんだ。今の時間が1番いい眺めだからな。」
この景色を私に見せたくて、それであんなに急かしてたのか。
確かにこの美しい夕焼けは、あっという間に消えてしまうものだ。
そこまで考えて、へにゃりと口元が緩む。
「ふふっ…へへへ…」
「……なんだよ、気持ち悪りぃ。」
「…ありがとね、ジュード。」
「…ふん。光栄に思えよ。」
偉そうに腕を組んで、ムスッと口をへの字に曲げると、ジュードはそっぽを向いてしまった。
一見怒っているように見えるその仕草だが、いつも一緒にいる私の目は誤魔化せない。
「…ジュード、照れてるんでしょ。」
「………」
「………」
「……ばっ!見るなよ!」
「えー、いいじゃん別に。」
そうやってふざけ合っているうちに、いつのまにか陽は傾いてしまっていて。
オレンジ色を上から塗り潰したように、あっという間に街は黒く染まった。
◇
ジュードと一緒に家に帰ると、珍しく家にいる人の数が少なかった。
「あれ?今日はみんな帰っちゃったのかな?」
いつもは仕事が終えた従業員が談笑したり、軽食をとったり、和気藹々とした雰囲気が漂っているはずの部屋が、今日は少し寂れていた。
珍しいこともあるものだ。そう思いながら廊下を歩いていると、奥の部屋から父さんがひょっこり顔を覗かせた。
丸々とした身体に、髭を生やしたその姿は、バンダナを巻けば少し肥えた黒ひげ危機一発にそっくりだったりする。…言わないけどね。
「2人とも、帰ったか。」
「うん。ただいま父さん。」
「ただいま戻りました。」
「ジュードくん、ちょっといいかな。」
「?はい。」
呼ばれるがまま、ジュードは奥の部屋に向かって行く。私は夕飯でもつまみ食いしようかなとキッチンに行こうとしたところで、呼び止められた。
「フィオ、お前も来なさい。」
「え?私も?」
「大事な話だ。」
「…わかった。」
首を傾げつつも、奥の部屋へ向かう。
何だか胸がざわつく。いつになく神妙な父さんの顔を見たからだろうか。
部屋に入ると、キッチンに居ると思っていた母さんの姿までそこにあった。
父さんとジュードはローテーブルを挟んで2人がけのソファに向かい合わせに座り、母さんは父さんの後ろに立っている。
何気なくジュードの隣に座ろうとしたところで、母さんに父さんの横に座るよう促された。
「…ここに座りなさい。」
「?うん。」
…母さんの瞳が潤んでいるように見えたのは、気のせいだろうか。
疑問を抱えたままソファに腰をかける。
ギシリとソファが重みに声をあげた後、父さんは口を開いた。
「先程、国王陛下から御達しが来ました。長らくの市井での生活、ご苦労でございました。明日には城に戻られるようにとのことです。」
「………そうか。」
少し強張った声で、ジュードは短く返事した。
真隣から聞こえて来た言葉の意味が、一瞬、よく分からなくて、言葉に詰まる。
ハッとして目の前にいるジュードを見ると、エメラルドの瞳と視線が交わった。
「…どういう、こと?」
「フィオ…」
「殿下、私が説明を──」
「…いや、いい。私が言う。」
父さんの言葉を遮って、ジュードがそう言った。
私は、彼から目を逸らせなかった。
今逸らすと、そのまま二度と視線が交わらないような気がしたのだ。
「今日まで約3年間、この商会の従業員として働いてきたが、それは仮の姿だ。よりよい施政のため、市井の暮らしを知り、民の気持ちを知るために父上──陛下に命じられて私はここに来た。」
「………」
知らない、話し方だ。普通の男の子じゃない、上に立つ人の、威厳のある、話し方。
「…私は、王太子なんだ。」
……長い沈黙が落ちた。
「なんで」「どうして」「やっぱり」…頭の中で色んな言葉が浮かんでは消えて、また浮かんでは消えていく。
震える唇を、何とか動かした。
「……そっか。」
そうして、漸く絞り出した言葉は、そんな陳腐なものだった。
◇
膝を抱え、バルコニーの柵にもたれて座る。
見上げた先には、たくさんの星が瞬いていて、とても綺麗だった。
何だか妙に目が冴えて眠れなくなった私は、部屋をこっそり抜け出して、バルコニーに来ていた。
夜風が顔に当たって気持ちがいい。
顔を優しく風に撫でられて、心地よさに目を瞑る。
このままいっそ眠ってしまおうか。
…目を閉じている間だけでも、時間が止まったらいいのに。
「…風邪引くぞ。」
「っ!?」
突然かけられた声に、私は飛び上がる。
驚いて向けた視線の先には、ジュードがいた。
「び、びっくりした…脅かさないでよ…」
「声かけただけだっての。」
風に髪をなびかせ、ジュードが私の横に座る。
さっきの話し方とは違う、いつも通りのジュードに、私は少し安心してしまった。
「………」
「………」
お互いに何も言わない。
風の音と虫の声。それだけが流れてく。
ふと思いついた疑問を、私はそのまま口にした。
「ねぇ、なんでうちにしたの?」
「…何のことだ?」
「だから、市井で働くお店。どこでも好きなとこ選べたんでしょ?」
父さん曰く、最初、うちはジュードが働くお店の候補にすら載ってなかったらしい。まあ、小さい商家だからしょうがないけど。
少し考える仕草をしたジュードは、神妙な面持ちで口を開いた。エメラルドの瞳がきらめく。
「…お前がいたから。」
「え?」
「下見をしにこの街に来るたび、毎回店の前や近くで楽しそうに笑うお前を見かけた。それで、そんな四六時中大笑いしてるひょうきんな奴がいる職場なら、楽しそうだと思ったんだ。」
「………」
何だその微妙な理由は。
ジトリと睨むと、ジュードは目を細めて意地の悪い笑みを浮かべた。
思わず口がへの字に曲がる。
「…どーせ、私はひょうきんで四六時中大笑いしてますよ。」
「事実を言ったまでだろ。拗ねるなよ。」
「………」
「おい、こっちを向け。」
「………」
「フィオ。」
「…何よ。」
文句の1つでも言ってやろうと、ギロリと横を見ると、エメラルドの瞳と視線が交わった。
その瞳が予想外に真剣で、戸惑う。
「…っ、」
目が逸らせなかった。
ジュードの口が動くのを、ただ見つめる。
「…俺のいない所で、勝手に泣くなよ。」
「………」
「何とか言え。」
「なん、とか、言えって、言われても…」
…そんなの、そんなの急に言われても、困る。
プツリと何かの糸が切れて、じわりと視界が滲んだ。
「…そうだ。俺の前だけで泣け。」
「意味わかんない…」
「1人で勝手に泣くなってことだ。」
「…泣くくらい好きにさせてよバカ。」
目尻に溜まって零れ落ちる前に、涙をそっとジュードが拭う。その手つきがすごく優しくて、もどかしくて、何だか無性にムカついた。
「…元気でね、ジュード。」
「…ああ、お前もな。」
お互いの指を絡ませて、そのぬくもりを忘れないようにしっかりと握り合う。
想いを伝えない代わりに、これくらいは許してほしいと、そう思った。
◇
朝陽がやけに眩しくて、真っ青な空は昨夜の星空の気配は微塵もない。
馬車が遠ざかって行くのを、2階の部屋の窓から眺める。
見送りはしなかったし、ジュードも私を探すことはなかった。
ゆったりとした仕草で下に降りると、玄関から戻ってきた父さんと目があった。
「…見送りしなくてよかったのかい?」
「……うん。昨日、済ませたから。」
そう言って、父さんに笑いかける。…寂しさは、うまく誤魔化せているだろうか。
朝食を取りに行こうと、キッチンへと向かう私の背に、父さんの声がかかる。
「…きっと、殿下もお前のことを忘れはしないよ。」
踏み出しかけた足が、止まる。
「?どうしたんだいフィオ。」
「…忘れは、しない…」
「フィオ?」
「忘れる…」
頭の中の遠くで、サイレンが鳴る。
…何を?忘れているのは、忘れるのは…誰だ?
「フィオ?」
「私…」
父さんの怪訝な声が耳をすり抜ける。
「父さん、私……行かなきゃ。」
「え?」
その刹那、私は家を飛び出していた。
「フィオ!?どうしたんだいフィオ!フィオ!」
驚いた父さんの声から遠ざかっていく。
急げ、急げ、急げ。
全速力で走る。
あっという間に上がる息にも、構ってる暇はなかった。
私は、忘れていた。忘れていたのだ。
思い出したのだ。忘れていたことを、1番大事なことを!!
ジュードは、王太子──セルジュド・クレメナス・ザイデルは、ゲーム開始3年前、17歳の時に事故に遭う。
任務を終え、城に戻ろうとしていたところを十字路で暴走した馬車と衝突してしまい、王太子は生死を彷徨うほどの大怪我を負うのだ。
奇跡的に命を取り留めるが、激しく頭を打った彼には、ある記憶障害が残った。
──彼は、最近3年間の記憶を全て失くしていたのだ。
ゲームのジュードのキャラクターが薄いのは、人間のアイデンティティの根幹である、最近の自分の記憶をほとんど失くしているからだ。
王太子ルートで過去を深く掘り下げないのは、そもそも掘り下げる「過去」が欠落しているからではないのか。
私達と過ごした3年間が、私達の存在が、ジュードの中から消えたからではないのか。
どうして、どうしてもっと早く気がつかなかったのか。
ひたすらに地面を蹴る。
遥か先、指先ほどの小さな馬車が見えた。
「ジュード!ジュード!!止まって!」
すれ違う人が驚いた顔でこちらを見るのも構わずに叫ぶ。
「ジュード!ジュード!!」
本当は雲の上の存在だって分かってる。
「ジュード!待って!ジュード!」
一緒にいられなくたっていい。もう会えなくなったっていい。
「ジュード!!ジュード!!」
でも、私達の存在だけは、思い出だけは、アンタの中から消さないで。
視界が滲む。
肺が痛い。脚が痛い。
走っても、走っても、追いつかない。
馬車との距離は、一向に狭まらなかった。
なにか、なにか、何かないか。
「フィオナちゃん!どうしたんだい!」
私の異常に気づいたのか、遥か向こうにいる馴染みのおばちゃんがこちらに叫んでくる。けど、返事をする余裕なんてものは到底なかった。
視線だけそちらに向けて、ふと、おばちゃんの後ろにある柵が目に付いた。
『…また近道?』
『この間新しい道見つけたんだ。お前にも教えといてやるよ。』
その会話を思い出した瞬間、足はその方向に向いていて。
ひたすらに走る。
どれが正解の道かなんて正確に覚えていなくて、それでもがむしゃらに進む。
建物と建物の間の隙間を走って、何度も曲がって、いくつもの茂みを抜ける。
息が弾んで、正常な呼吸の仕方を忘れそうだった。
もう、叫ぶ声は出ない。
チャンスは1度だけ。
その近道を出た瞬間、視界が開けた。
真下には馬車。直ぐ左には十字路。
思いっきり踏み切った私は────馬車に向かって、跳んだ。
◇
ゆっくりと、瞼を開く。
見慣れた天井が目に入る。
この色、このシミ、間違いない。私の部屋の天井だ。
まさかと思いながら呟く。
「……夢?」
「───んなわけあるか、馬鹿。」
横から聞こえた声に、少し驚く。
視線を滑らせると、ジュードがそこに居た。
「ジュード…」
「…こんなのが夢であってたまるか。」
伸ばされた手が、私の顔に触れる。
そこで初めて、私の右頬には大きなガーゼ、頭には包帯がぐるぐると巻かれているのに気がついた。
身体を起こして全身を見てみると、右肩から腕にかけても包帯が巻かれている。
「馬車に飛び込んでくるやつがあるか、この馬鹿。」
「…だって、あの時はそれしか思いつかなかったんだよ。」
あの時、勢いよく跳んだ私は、そのまま馬車の窓に向かって飛び込んだ。その時に割れたガラスで、中々の大怪我を負ったらしい。
突然私が馬車に飛び込んできたものだから、ジュード達は大慌てで馬車を止めたそうだ。で、ガラスで血だらけの私に驚く間も無く、今度は今まさに通ろうとしていた十字路に暴走馬車も来たもんだから、大混乱だったらしい。
幸い、十字路の手前で止まったジュード達に被害はなく、暴走馬車自体も運転手はおらず、ひとりでに暴れた馬が軽傷を負った程度で済んだそうだ。
「良かったぁ、死人とか怪我人とかでなくて。」
「何が良かっただ。当のお前が1番の大怪我だよ。」
「そ、そんな怖い顔で睨まないでよ。」
その後、その足で私を病院に連れていたジュードはそれから三日三晩、私の側についていてくれたらしい。
「で、容態が安定して、自宅療養になったのが昨日だ。」
じゃあ私は4日も寝てたってことか。どおりで身体があちこち軋むわけだ。
怪我をしていない方の肩をぐるぐると回すと、ポキポキと鳴った。
「…フィオ。」
「ん?なに……うわっ、ちょ、」
呼ばれて、返事を言い切る前にジュードに抱きしめられた。
「ジュード?」
「……陛下から伝言だ。」
「で、伝言?」
こ、この状況で!?
…っていうか、陛下ってつまり、ジュードのお父さんってことだよね?
「身体を張って王太子の危機を救った褒美に、なんでも1つ好きな願いを叶えてくれるそうだ。」
「好きな願い?」
「…願いを2つにとかはナシだ。」
「そんなこと言わないよ!」
私を一体なんだと思ってるんだ。
…それに、「願いは何か」と聞かれたら、今の私が答えるのはたった1つだ。
「…なんでもいいんだよね?」
「ああ。」
私を抱きしめているジュードの背中を叩いて、身体を離してもらう。
彼の顔を見て言いたかった。
ゆっくりと息を吐く。
「…私の願いは、ずっとジュードの側にいることだよ。」
雲の上に手を伸ばしていいというのなら。
…私はやっぱり、アンタの側に居たい。
エメラルドの瞳と目が合う。
「…フィオ。お前の願い、確かに聞き入れた。一生かけて叶えてやる。」
「…うん。」
もう一度抱き寄せられて、私達は強く抱きしめ合う。
「いててて、もうちょっと力弱めてよ。」
「…情緒のないやつだな。我慢しろ。」
「ええ!?ひどっ」
「無茶した罰だ。」
「助けてもらった恩人に向かってそれ言う?」
ムードもへったくれもない会話が私達らしくて、笑ってしまう。
ジュードの肩越しに見た窓の景色は、夕陽に照らされて、それはそれは綺麗なオレンジ色だった。