〇20 とんでけー!
「レオルド!」
「無事だなマスター! 良かった」
涙で前が霞む。仲間に会えただけでこんなに安心感があるんだな。
「シア!」
「ルーク!」
レオルドの影になっていたが、ルークも一緒のようだ。
「会えてよかっ--ごふっ!」
安心しきった顔のルークに、私は頭突きを食らわせた。ご丁寧にジャンプ力を上げて背の高い彼の額に丁度自分の頭がくる位置に合わせて。
「あた、頭がっ!」
「感激しすぎて頭突きしちゃったわ。ごめんね、石頭だから私」
「……マスター、その辺で許してやってな? ルーク、めっちゃマスターのこと探してたから」
私の頭突きに悶絶し頭を両手で押さえながら床を転げまわるルークに、あのときの怒りがおさまったので頷いた。ルークとしては理不尽な仕打ちだろうが、私はとても怖かったです。
「うおっと!」
木の剣が投擲されてきたので咄嗟に避けた。そうだ、感動の再会に浮かれている場合ではない。大ピンチはまだそこにある。
「こいつら……人形か?」
「そうみたい。どうやって動いてるのかわかんないけど」
レオルドが周囲を見回す。
「ルーク、頭が痛いところ悪いが俺とマスターが動力源を探る間、盾役頼む」
「ぐっ、わ、分かった……」
「ありったけの強化と補助魔法かけとくからね」
「……シア、無駄にダメージ負ったから回復の方も頼む」
もちろん全回復させました。
ルークが人形達を引き付けて相手をしている間に、私とレオルドは意識を集中させて動力源を探す。ルークが打ち漏らした分はレオルドが壁になってくれるので、私自身はそれだけに集中できた。といってもレオルドの場合、集中してても鋼の肉体が自然の壁になるので人形が装備している程度の武器ではたいしたダメージにならない。まとまってこられると厄介だが、一体一体はたいしたことのない戦闘力だ。
「見つけた!」
「あっちだな!」
ほぼ同時に動力源を見つけた私達は、まずレオルドが土属性の魔法攻撃で壁に一直線の穴をあけ、次に私がその道に合わせて補助魔法をかける。
「くらえ、おっさん式筋肉魔法! 破壊炎の矢!」
「ノーコンカバー!」
レオルドの矢系魔法は、攻撃力が桁外れな代わりにノーコンというデメリットがあるので私が一緒のときしか現在使われない。穴にかけた補助魔法は軌道修正用の魔法。これさえあれば、かなり強力な攻撃手段となるのだ。
補正がかけられた破壊炎の矢は、真っすぐに目標に到達し見事に動力源を粉々に吹っ飛ばした。その瞬間、糸が切れたように人形達は力なく床に転がる。
一気に静寂が訪れた室内で、私達は今一度情報交換した。
「マスターが調べたサフィリス伯爵の調査内容は、かなり気になるところだが……」
その前に、とレオルドは一つの人形の前に膝をついた。ベックさんに似た人形だ。
「……どう?」
「確かに、ベックにそっくりだ。……いや、そのものと言ってもいいくらいだな」
そっとベックさんに似た人形にレオルドは触れた。
「わずかに温かい。そして、【中になにがしかのエネルギー】を感じる」
そこまでレオルドが感じ取った直後、ベックさんに似た人形がゆっくりと顔をあげた。急に動き出したので驚きながらも身構えたが。
「……れ……」
「え?」
人形がとぎれとぎれに何か言葉を口にしていた。殺意は感じられず、攻撃行動もみられなかったので注意しつつも人形の声に耳を傾けた。
「……レ、オ……レオ……そこ、に……?」
「あ、ああ! 俺だ。レオルド、レオだ! ベック、お前ベックなのか!?」
人形から聞こえる声も本人のものと同じだとレオルドが唸る。
「うん、俺だよ。ベック……ご、めん、ね……レオ」
「なにも謝ることなんかない! すぐに助けてやるっ、そのためには情報が必要なんだ。ベック、大変かもしれないがどうしてこういう状況になったんだ?」
人形だと喋りづらいのか、とぎれとぎれになんとかといった風にベックさんは言葉を紡ぐ。
「俺……も、よくは……わからないんだ。夢で、誰かに会った。次に、目覚めたら、ここ、だったんだ」
ベックさんが言うには、寝て覚めたらこの状態だったらしい。夢で誰かに会った覚えはあったが、それがどんな人だったかまでは覚えていない様子だ。ベックさんの他にもたくさんの人間にそっくりな人形達がいたらしいが、何者かによって選別され、ベックさんはここに捨て置かれたようだ。
「どうも、俺の魂……、的なやつは、基準に、満たなかった、みたい」
魂の選別?
確かにこの人形の中に、エネルギー体があるのが分かる。それが人の魂だというのだろうか。本体である肉体から魂だけを抜き取って人形に移し替える。そんな技術や魔法は、聞いたことがない。
「キメラ製法がないわけじゃないが、あれは肉体を継ぎ接ぎさせるやつで、形のないもの、魂とかそういう概念的なものは人の手でどうこうできるもんじゃない。まさしく女神の御業だ……」
知識人であるレオルドも心当たりがないようだ。しかし、実際にそんなことが目の前で起こっている。
「ベックは見つかったが、どうやって助けりゃいいんだ……」
レオルドが固い壁を強く叩く。
女神の御業なら、女神の力を宿す聖女である私がなんとかできる可能性はあるが、残念ながら方法が検討もつかない。浄化魔法は、瘴気や悪いものを祓う力であって魂を移動させたりするような術じゃないし。
でも、魂……魂か。
「ねえ、レオルド。もしかしたら……」
私の提案に、レオルドとルークは目を丸くしたがそれが唯一、私達で導き出せる解答だったので急ぎレオルドがベックさんの人形を担いで、屋敷を脱出した。
人形部屋は、屋敷の地下にあって不思議なことに歪みにさらわれることなく私達は無事に屋敷の敷地から出ることが出来た。
屋敷の門を出た瞬間、屋敷全体が眩く光り、大きく歪んで蜃気楼のように消えていった。門の中で最後に、サンドリナさんが悲しそうな微笑みを浮かべながらも手を振る姿が目に焼き付いて、しばらくはなれなかった。
「サンドリナさん……」
「あの人、助けられねぇーのか……?」
ルークの辛そうな言葉に私は力なく首を振った。
あれだけ空間がねじ曲がった状態だ。私達が無事に脱出できたのは奇跡だろう。おそらくは、サンドリナさんが手伝ってくれたのだろうと思う。けれど彼女自身は、長い間この歪みの中にとらわれ彷徨っている。空間魔法に詳しければあるいは、なんとかできたかもしれないが今の私達では不可能だ。
時間が惜しい今、サンドリナさんのことまで気を回す余裕がないのが悔しい。
私達は後ろ髪をひかれる思いで、村へ戻った。
「リーナ! ……って、なにしてるの?」
村へ帰還して、真っ先にリーナを探してレオルドの家に入ると、アギ君がマリアお嬢様に戻っていた。
「アギ君、言ってくれればお嬢様延長したのに……」
「違うよ!? まったくもって不本意な状況に決まってるじゃん!」
アギ君になにやらアレなものが付きまとっているようなので、リーナが「とんでけー!」することになったらしいのだが、リーナはそこで報酬を要求したのだ。珍しい。
で、その報酬が。
「りーなもアギおにーさんのかわいいがもっとみたいです」
ということで、お嬢様再び。とんでけーの儀式は終わったようだけど、リーナがもっと飾りたいと言ったらしくアギ君はシクシク泣きながら付き合っていたようだ。
「リーナ、アギ君、お楽しみのところ悪いんだけど」
「俺は楽しくないよ!?」
「リーナに頼みたいことがあるんだ!」
アギ君の抗議はまるっと無視され、レオルドがリーナの肩をがっしりと掴んだ。
「レオおじさん? なきむしさんのかおしてます。いたいいたいですか?」
「ああ、すごい痛いんだ。だから、とんでけをしてもらいたい」
私達が考えたのは、リーナに頼むことだった。私達の中で一番の霊感能力を持ち、目に見えないものに対する手段の多さは、今まででもたくさん見ている。もしかしたら、リーナにならベックさんを救えるのではないだろうかと思ったのだ。
詳しい話を聞いたリーナは、力強く頷いた。
「りーな、やります!」
リーナの指示で、ベックさんの人形を本体が眠る場所まで移動させた。看病していたキャリーさんが不思議そうに首を傾げたが、止めるようなことはしなかった。レオルドへの信頼が厚い様子に胸があったかくなる。
リーナは何度か深呼吸してから、ベックさんの人形にそっと触れた。すると淡い光が双方から溢れ、リーナがゆっくりと立ち上がる。その両手はなにかをすくうように添えられ、そのまま大事にゆっくりとベックさん本体の方に移動した。そしてその手は左右に離れ、丸い光の玉のような形のものが現れるとすっと溶けるようにベックさんの肉体の中に消えていった。
「ふひゃう……」
一連の動作を終えると、リーナがぺたりと床に座り込んでしまった。
「リーナ? 大丈夫?」
「はい……とてもきんちょーして……。でも、せいこうしたとおもうです」
しばらくするとベックさんの瞼がゆっくりと動き、うっすらと瞳を開いた。
「ベック!」
「ベック!」
キャリーさんとレオルドがベックさんに覆いかぶさるように突撃した。
「……んー? あれぇ、二人ともどうしたの? あ、レオ~さっきぶりー。お帰りっていいそびれちゃってたから言いたくて言いたくて~」
「もう! この、のんびりベック! 早く起きてお店やらないと一家りさーん!」
「えー? もうちょっと寝たい」
賑やかな夫婦の光景に、ほっと息がでた。レオルドも目じりに涙をためながら良かったと鼻をすすっている。
「リーナ、大手柄!」
「うにゅ、はい、おやくにたててよかったです!」
私はリーナの頭を存分になでなでしながらも、思考を巡らせた。なんとかリーナの特殊な力で魂を元の肉体に戻すことができた。しかし、ベックさんのように眠ったまま起きない人は大勢いる。同じ手法で魂を抜き取られているのだとしたら、あそこからすべての人形を戻さなくてはいけないが、屋敷は消えてしまった。あの時点で、全部を持ち出すことは不可能だったし、空間魔法が扱えるアギ君がいたとしても歪んでいる空間中で魔法を使うのは危険すぎた。
他の人達の救出は、また別の方法を考えるしかないわけだが、おそらく答えはメリルさんが持っているはずだ。そして繋がりのあるラミリス伯爵家も。
なんとかして潜入しているベルナール様達に連絡できないかな。
そう考えていると、外から悲鳴と共に轟音と揺れが襲った。
「なに!?」
慌てて外に出てみれば、あちこちから火の手があがり、煙が立ち込めている。
「襲撃か!?」
レオルドが動転した様子ながらも周囲を確認し、私もけが人がいないか確認していると破壊された建物から木を打ち鳴らすような音がいくつも響いてきた。瓦礫と煙の中から現れたのは、私達が屋敷の地下で見た、あの素体人形達だった。
「人形!? まさか、屋敷の地下以外にもいるのか!?」
ルークが驚きつつも剣を構え、レオルド、リーナ、アギ君、そして私は後ろで防御態勢をとる。村への襲撃に人形を使っているところからして、おそらくはラミリス伯爵絡みだろうか。森を調べたことでなにか伯爵を動かすものを当ててしまったのかもしれない。
「人形は、それほど強いわけじゃないが……」
「数が多いのが厄介なのよね。でも、アギ君もリーナもいるし戦力に問題は--」
ない。そう、思っていた私は甘かった。人形達の間から現れた人物の顔を見て、レオルドとキャリーさんが顔を青ざめる。嫌な予感が全身を駆け巡った。
「ヴェルス……お前……なんで」
過去の歪んだ時間で、私と少しだけ行動を共にした少年は。
口が悪くても、友達思いなことがよく分かる大人びた少年は。
大人になった姿でラミリス伯爵私兵の銀の鎧を纏い、仄暗い瞳でこちらを睨みつけていた。