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〇19 つついたらくさってなくなる

 サンドリナさんから話を聞いて、サフィリス伯爵の書斎で色々と調べていたのだが……情報を得ていく中、床が突然抜けるという事態に見舞われた。

 そして私は今。


「シアちゃん、ごはんですよー」

「さ、サラ……まだやるの?」

「まだはじまったばかりじゃないの。はい、こっちはレオの分ね」


 花が咲き乱れる美しい庭で、私はおままごとに付き合わされている。場所はサフィリス伯爵別荘邸。つまりさっきまでいた書斎とさほど距離はあいていない庭だ。


「サラちゃん、レオ君、スコーンがもう少しで焼けますから、ベック君とキャリーちゃんも一緒に遊び終わったら来てね」

「はーい」

「ありがとうございます。サンドリナさん」


 キッチンの窓からにこやかに顔を出すのはサンドリナさんだ。事情を話してくれたサンドリナさんとは別らしく、この次元に元からいるサンドリナさんの方のようで私を気にする様子もない。空間と時間のねじれが複雑でもう頭がごちゃついて細かく考えるほど無駄のような気がするので、流すところは流していこう。

 書斎の床から落ちた先は、この庭でいつの間にか私は小さなサラさんと面影など欠片もない子供レオルドと一緒におままごと中だった。


「はい、シアちゃんおさかな」

「にゃ、にゃーん」


 なぜかペットの猫役だった。


「ベックは川に洗濯、キャリーは山にしばかりに行ってるから私とレオでしっかりと家を守らないとね」

「う、うん……」


 おままごとの登場人物には、ベックさんとキャリーさんも含まれているらしい。


「きっと仲間外れにされた怪人ヴェルスがやってくるに違いないわ」

「ヴェルスはお父さんのお手伝いをしてて、ちょっと遅れてくるだけだよ……」


 確かレオルドの幼馴染だと聞いて顔を合わせたのは、サラさんとキャリーさん、そして眠り続けるベックさんの三人だ。どうやらもう一人、幼馴染がいるようだ。


「おい、馬鹿サラ!」


 門の方で大きな声が響いた。顔を向けるとそこにはレオ君達と同じくらいの青い髪の少年が立っていた。どうやら怒っている様子だ。


「あんまここにくんなって、村長達も言ってただろ!」

「……」


 言いながらこっちに早足でやってくる少年。だが、サラさん……もといサラちゃんはつーんとした態度でそっぽを向いて返事をしなかった。隣でレオ君がおどおどしている。


「行くなら俺が一緒に行くってあれほど言ったのに!」

「……」

「おい、聞いてんのか馬鹿サラ!」

「サラは馬鹿じゃないのでお返事しませーん!」

「したじゃんか今!」


 子供の喧嘩がはじまってしまった。

 でも私は猫なので、だされたおさかなさんをおいしくいただいておきましょう。にゃんにゃん。


「ヴェルスがいなくても、レオがいるもの大丈夫よ」

「はあ!? キャリーならともかく、このひょろもやしを出してくんな! つついたらくさってなくなるだろこいつ!」

「ああん!? レオを馬鹿にしたらゆるさないわよ!」

「やんのか!?」

「やってやるわよ!」


 サラちゃん見た目によらず喧嘩っぱやいご様子。新キャラのヴェルス君も引く気はなさそうだ。二人の間に挟まれて殴られてもいないのにレオ君が泣きそう。

 今にも壮絶な殴り合いがはじまりそうな絶妙な頃合いで。


「あ~、ヴェルスやっときたんだ~」


 超間の抜けたのんびり声がふわ~っと聞こえてきた。全員が声の主を確かめると、裏口の方からやはりのんびりとした足取りで少年が歩いてくる。


「お手伝いおわったの~? ちょうどいいや、川でめずらしい薬草を見つけてさ~。ヴェルスなら知ってるかなって--おわっ!?」


 どしゃ。

 なにもないところですってんころりんした。


「ちょ、ちょっとベック大丈夫!?」


 慌ててサラちゃんが駆け寄る。ヴェルス君は渋い顔をしているし、レオ君は明らかに出遅れている。


「えへへ、へいきへいき。薬草いっぱい抱えすぎちゃって足もとがみえなくって~」

「もう……って、ズボンびちゃびちゃじゃない!?」

「うん。川の奥の方にもあってさ~。どうせならいっぱい欲しいかなって」

「ベックはもう……。のんびり顔しておいて、結構行動派なのよね」


 サラちゃんがため息をつきながら、レオ君にサンドリナさんからタオルを借りてくるように言うとレオ君は慌てて走って行った。

 そして。

 どしゃ。

 なにもないところで転んだ。

 あ、ここはレオルドだわ。


「お前ら仲良しかよ……」


 なにもないところでずっこけ組な二人を眺めて、ヴェルス君が呆れた顔になっている。彼はレオルドの幼馴染メンバーの中ではどこか大人びた印象だ。意地悪そうだけど、視線は色々と向けられていて周囲への警戒は怠らない。サラちゃんと喧嘩しつつも、守ろうとする意志を感じられた。きっとヴェルス君は誰よりもこの場所について知っているのではなかろうか。


 おさかなを咥えながら、あ、ちなみにだされたおさなかさんは、おさかな型のクッキーです。それをもぐもぐしながらヴェルス君を見ていると目が合った。


「で、あんた誰?」

「ペットの猫ですにゃ」

「おままごとはいい」

「まったくもって怪しくない真っ白な女、シアです」

「うわー、すげぇ怪しい」


 その辺でひろった棒でつつかれた。失敬な。


「あんた、この家の人間?」

「ううん、違う」

「……もしかして調査の人?」

「調査?」


 サラちゃんにわざわざ聞こえないように、近くによって小さい声で聞いてきたので首を傾げた。


「違うのか。この辺、変な話が多いから……」


 居心地悪そうにヴェルス君がお屋敷を見た。彼が傍にきて分かったが、ヴェルス君は【分かる人】だ。レオ君がどうして【分からない】様子なのかが逆に変に感じるけど。


「そうねぇ。変なのよね、ここ」

「だろ!? あー、俺だけかと思った。馬鹿サラもひょろもやしも、ついでにぼけベックも野生のキャリーも誰もなんもいわねぇーんだよな」


 実はちょっと不安だったのか、ヴェルス君がほっと息を吐いた。


「なあ、ねえちゃん。俺とちょっと冒険しねぇ?」

「冒険?」

「そ、しんにゅーそうさともいうけど」


 ほほう、なかなか楽しそうじゃないか。私としてもこの辺の謎……というか歪みの規則性などを解明しないともとの場所に戻れなさそうなので、やるしかないのだが。書斎で見つけた情報もしっかりと調べないといけないしね。もう、怖いとかいってられる状況じゃない。不気味なのは確かだから早く仲間と合流したいけど、ゴースト関係じゃないと分かったから随分余裕がでてきた。


「ちょっと、二人でなにコソコソしてるの? 悪い相談じゃないでしょーね!」

「うっせぇ、馬鹿サラ」

「馬鹿っていうなー! 言った方が馬鹿なんだからね!」


 ガルルルっと二人で威嚇しあいがはじまっているが、子供二人なのでなんとも可愛い光景だ。そういえばレオ君はまだかなと振り返れば、おっそい駆け足でタオルを持って走ってくるところだった。


 どしゃ。

 そしてまたなにもないところで転び、白いタオルはどろんこに。それをベック君がほんわかした笑顔で受け取ってどろんこのタオルでズボンを拭いた。そしてどろんこの範囲は広がる。

 ……あそこは天然ぼけゾーンなのか。


「キャリー参上! たっだいまー!」


 塀の上から明るく元気な声が響き、空からなにかが降ってきた。どさっと重量のあるなにかが地面に落ちて、サラちゃんが確かめると。


「んぎゃあああああ!」


 悲鳴が上がった。慌ててヴェルス君も確認すると。


「げっ!」


 飛びのけた。なにがあったんだ。好奇心で私も確かめてみると。


「おお、見事にしとめたね!」

「ふふん! もっとほめていいよ、おねえさん!」


 サラちゃんもヴェルス君も褒めてくれないので私のセリフは彼女にとって嬉しいものだったようだ。見事にしとめられた獲物は鳥だった。首もしっかりと絞めてあり、後は血抜きしてさばけばおいしいおかずに変身してくれることだろう。


「おままごとで山にしばかりにいったんだろお前!?」

「しばかりだけで生きていこうなんて生ぬるいわ! お腹空いたからしとめたの」

「さすがキャリー、頼もしい」

「ほめるな馬鹿サラ!」


 キャリーちゃんはサバイバル強そうだ。こうして見るとサラちゃんもベック君もキャリーちゃんもちゃんと面影が残ってて聞けば本人だと分かる。


「あ、キャリーおかえり……ふぎゃあああ!」


 レオ君がしとめられた鳥を見て泡拭いて気絶した。おかしいな、現在のレオルドは普通に狩りから血抜きまでやってくれるのに。自慢の筋肉で。この子、途中で今のレオルドと取り換えられたのでは?


「あはは~、さっすがキャリー。あとでさばいておいしく食べようね~」

「いえぇい! 楽しみっ」


 ぼけコンビ相方のベック君の方は、平気なようだ。マイペースな分、受け入れ範囲も広そう。


「あー……くそ、疲れる」


 ヴェルス君が、そっと離れて私の隣にくる。


「こいつらが遊びに夢中になったら行くからな」

「オーケー、ボス」


 レオルド達子供時代の風景もいいが、猫役で遊んでいる場合じゃない。一人で調べなきゃいけないとは思うが寂しいのもあるけど、ちょっと動いてみて分かったのは、この空間、時代の人間と一緒にいると下手に移動しない……ということだ。レオ君と屋敷の中を歩き回ったときもそうだった。だからヴェルス君と行動するのは、間違った選択ではないだろう。

 サラちゃん達が再び遊びに夢中になったのを見計らって二人で抜け出した。ヴェルス君の足取りはしっかりとしていて目的地がある様子だ。しばらく歩くと、屋敷と森の間に井戸があった。


「ここから入る」

「え!? 井戸だよ!?」

「こっから変な感じするんだ」


 そう言われて、井戸を覗き込んでみた。中は暗くて真っ暗だが、確かにおかしな気配を感じる。重苦しい魔力が漂っていた。これ、少し似た気配を感じたことがある。

 ……塔の化け物『リーゼロッテ』。彼女と似た気配。それと同時に、傀儡になっていた兵達も思い出させる。これは、かなり怪しい。


「よし、おねえさんにお任せ」


 まずは聖魔法で光の玉を作り、明かりにしてから二人の体重を軽くし、ふわりと浮かせる。


「うおっ!? ね、ねえちゃん魔導士か!?」

「ちょっと違うけど、まあそんなとこ。じゃあ、行こうか」


 空を飛ぶ、とまではできないけど短時間体を浮かせることはできる。怪我をしないように慎重に井戸に入り、下まで降りた。井戸の底は水が溜まっているが脇に足場があり、ずっと奥まで通路が続いていた。明かりを頼りに歩いていくと、途中で下に下る階段を発見した。


「このまま真っすぐ行けばお屋敷の下にでると思うけど、こっちはなんだろう?」

「変な感じは……下の方だな」


 なにかあるとしたら屋敷の下かと思っていたが、また別の深い場所になにかがあるようだ。私の勘よりもヴェルス君の方が分かるようなので、大人しく彼の言う通りについていくことにした。


「一応、なんかあっても俺は自分の身は自分で最低限守れるから。ねえちゃんは自分を優先しろよ」

「お、優しいねえ男の子」

「うっせ!」


 十一、二くらいだとは思うがヴェルス君は体格も良く、武術の稽古もしているのか歩き方も武人みたいにしっかりしている。腰にナイフも携えているので、護身術は心得ているんだろう。もちろんなんかあったら、しっかり私が守るけども。

 ずいぶんと長い階段だった、いいかげん太陽が恋しくなるくらい長い間下っていくと、ようやく終点が見えた。大きく重厚感たっぷりな鉄の扉が私達を出迎える。扉にそっと触れると冷たく固い感触と一緒に、気持ちの悪い感じが奥から感じられた。

 吐き気すら感じるような、歪んだ気配だ。


「ねえちゃん、俺ずっともっと小さいときから感じてたんだ。この森はおかしい。近づけば近づくほど、なにかが狂う。おかしくなってく」


 ヴェルス君はうつむきながら呟いた。


「たとえば……ひょろもやしが、レオが異常に脆弱なのも、一帯の土地の領主がいつもおかしくなるのも、だいたいはここの--」


 言いかけた途中で、唐突に扉が開いた。私はなにもしていない、勝手に開いたのだ。驚く間もなく、何者かの手がにゅっと伸びてきて私を捉えた。


「え!?」

「ねえちゃん!」


 ヴェルス君が手を伸ばすが、届かない。


「ねえちゃん、覚えてて! ここはおかしい! 自分が狂っても気がつけないんだ! もし、もしも俺が--!」


 私は扉の中に引きずり込まれていく。必死に呼びかけるヴェルス君の最後の言葉が耳の奥に残った。


『俺が未来で、狂気におかされていたのなら大切な友達を殺す前に、殺してくれ』


 悲痛な叫びだった。

 ヴェルス君は分かる人だ。だから、影響を受けやすい体質なはず。彼がなぜ咄嗟に私にそんなことを言ったのか。私が未来の、別の時間からきたことなど知るはずもないのに。

 でも、とても嫌な予感もする。私は、アレハンドル村に来て一度も大人のヴェルス君に会っていないのだ。成長した彼は今一体、どこでなにをしているのだろう。


「あいててて……」


 ここに来て、あっちこっちいったりきたり落ちたり、今度は引きずり込みだ。勘弁してくれ。

 気がつくと異様な場所に居た。研究室のような薬品臭さもあり、試験管やビーカー、なにかを保存するためのものだろうか、大きな透明なガラス管などもある。悪い科学者の実験室みたいで、かなり不気味だ。恐る恐る進んで行くと、また扉があった。ここしか行く場所もなく、勇気を出して扉を開け中をのぞいてみた。


「ひぃやぁ……」


 思わず声が漏れる。そこにはたくさんの人形がまばらに置かれていた。木製の素体のままのものも多いが、わずかに人間にそっくりな精巧な造りをした人形もある。近くでよく見れば人形だと分かるが、遠目だと人間と変わらないくらいだ。

 人形の墓場と化している部屋を注意しながら進んでいると。


『----』


 誰かに呼ばれたような気がして振り返る。だが、誰もいない。

 いやいや、ちょっと余裕出てきたところで怖い感じはよしてちょうだい。今絶賛ぼっちなんだよ、こっちは!


『----』


 うわあ、やっぱりなんか聞こえるぅ。

 怖がりだけど、出所を知りたくなる好奇心もある。おっかなびっくり声のする方へ進むと。


「……あれ?」


 一つの人形に見覚えがある気がして、しゃがんだ。まじまじと人形の顔を確かめる。


「もしかして……ベックさん?」


 寝顔しか知らないが、ベックさんに似た人形があった。もしかしたら近くにレオルド達の人形もあるかもしれないとなんとなく思って探したが、そんなことはなく。まったく知らない顔の人形ばかりだった。他人の空似?

 気になって人形の顔に触れてみると。

 なんだか少し温かいような?

 人形に体温があるわけない。そう感じると背筋がゾッとして。


「おわっ!?」


 なにかに叩かれて、体のバランスを崩したが転ばずに立て直す。なにがあたったのかと確かめると周囲の人形達が一斉に立ち上がりはじめたではないか!


「動くような気はしてたけど!」


 不思議なことに素体人形だけが動いている。ベックさん似の人形以下、人間に近い姿の人形は微動だにせず、木製人形だけがこちらへ襲いかかってきた。


「ゴーストは嫌いだけど、直接の物理戦も苦手なのよ! カピバラさまー、おいでーー!」


 しーん。

 やっぱり! 空間と時間が歪んでるから呼び出しができない!

 これはピンチだ。

 狭い空間でたくさんの人形に襲われるとか、怖すぎだ。とにかくいったん引こうと来た扉を探したが、どこにもなかった。どうやら閉じ込められたようだ。


「うらあ!!」


 とにかく全身に強化魔法をかけて肉弾戦で耐えなければ死ぬ。探せ、なんとかしてここから出る方法を。気がせいているせいか、なかなか空間を構成している魔力の流れがつかめない。動く人形は増えていくばかりだ。

 こっから私が出るのは難しそうだな……。ん? じゃあ、あっちからこっちは? もしかしたら。一つ考えが浮かんで、転送魔法を展開した。肉体を転送できるほど魔力も時間も足りていない。だが、声だけを飛ばすなら広範囲で可能になる。ギルド大会でアナウンスなどに使っていた魔法と同じようなやつだ。

 すぅっと息を吸い込み、そしてありったけの声量で叫んだ。


「ルーク! レオルド! お助けーー!」


 私の声が広範囲に拡散される。それはこの空間はもちろんのこと、あらゆる並行空間から歪みを通って別の時間空間にまで広がる。

 お願い、届いて!

 あとはもう祈るしかない。レオルドなら、私の声の位置で場所がわかるはずなんだ!

 人形達はすぐそばまで迫っている。なんとか生き延びようと気合を入れ直そうと構えた瞬間、閉じ込められていた壁ごとなにかに破壊された。


「マスター! 無事か!?」

「レオルドおぉぉぉぉぉ!!」


 頼もしい優しい面立ちの巨漢、現在のレオルドが壁を拳でぶち抜いていた。

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