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〇17 面影どこいったーー!?

 年の頃は、リーナと同じ八つか九つくらいだろうか?

 小柄でひょろりと棒のような細い体つき。白すぎる肌は、色白というよりは病弱な感じで、こげ茶の髪はあまり整えられておらずボサボサ、分厚い眼鏡がかけられた顔は酷く怯えた様子だが、なんだか元々気が弱いのではないだろうかと思われた。

 私も少年に負けず劣らずビビっていたが、対する少年の方がビビり度が上で自身の震えのせいで隠れ場所にしていた箱が一緒に振動してガタガタいっている。

 正直、すっと私の震えが治まったので少年には感謝している。


 この少年もそうだが、サンドリナさんからも『お化け』って感じはしないのだ。得体の知れない空間であることは確かだが、敵意が感じられないしそいう雰囲気も当人からは感じられない。幻覚にしては、はっきりとし過ぎているのが気になるところだ。

 まさか、本当に時間越えてたりしないわよね?

 もしそうなら、空間ごと時間を変えられているということだ。そんな芸当ができる人間を私は知らない。ラミィ様だって難しいだろう。


「えーっと、こんにちわ少年。私、シアっていうの。怪しいもんじゃないわよ? 旅行者でちょっと道に迷っちゃってね。サンドリナさんにお世話になってるの」


 いつもの子供向け営業スマイル。

 大聖堂でお世話になっていた頃から孤児や慰問などで子供達と接する機会が多かったので、怯える子供への対応の仕方は心得ている。

 それに元々私、中身はともかく外面は無害そうな顔してるしね。子供には好かれる方だし、お年寄りから道を聞かれる確率もかなり高めだ。

 ちなみにルークは普段不愛想な感じだが、子供とお年寄りに好かれる傾向がある。いつの間にか、歳の上下離れた友達がいたときは驚いたな。レオルドは逆に子供やお年寄りは寄ってこず、ごっつい男どもに懐かれる傾向があり、レオルド自身が『強面の連中に囲まれたときは怖かった……』と泣いていた。舎弟志願者だったらしい。平和主義の魔導士だからー! って叫んで逃げ帰ったというネタにしかならん話だ。


 私の笑顔が効いたのか、少年は少しほっとしたような顔になった。相変わらず、病的に白い顔だが怯えていて血の気が下がったというわけではなく、元からそういう顔色らしい。古びたよれよれの服は、あまり楽な暮らしはしていない感じで、しかしその胸に両腕でぎゅっと抱えた本は上等そうなものだった。


「ぼ、ぼくは……レオ、っていいます」

「レオ君ね。いやー、仲間と一緒にいたんだけど、あいつら迷子になりやがってねー。見つけ次第、赤髪の方にあらゆる方法で楽しく仕返しといたずらをしようと思ってるんだけど」

「……おねーさんに、道案内をすると大変なことになりそうな気がするのは、ぼくのきのせい……?」

「気のせい、気のせい」


 レオ君は傍まで寄ってきてくれたので、彼の顔をしっかりと見ることができた。顔の半分は黒ぶちの分厚い眼鏡で覆われているから分かりづらかったが、目は綺麗な銀色だった。若干タレ目なところが気の弱そうな感じを醸し出しているが、本来はとても優しげな顔つきなんだろう。

 こげ茶の髪とか銀の瞳とかタレ目とか。顔パーツだけ見たら偶然にもレオルドと同じだな。レオ君って名前だし、サラさんにも確かバルザンさんにも『レオ』って呼ばれてたし。

 しっかしまぁ、見事な病弱もやしっ子体型だし、どうあがいても現在のレオルドになるイメージができないので、他人のちょっとした空似だろう。


「ぼく、近くの村の子供で友達と一緒にこのお屋敷に何度も遊びに来てるから案内できるよ」

「ありがとう。えーっと、じゃあ応接間どこだか分かる? その辺にいたはずなんだけど」

「? ここが応接間だよ?」


 あー、やっぱり場所は変わってないのか。ってことは私か、あるいは二人がどっかへ飛ばされたか。


「ごめんごめん、そうだった。サンドリナさんってどこにいるか分かる?」

「おばさんなら、いつも中庭か、台所にいるよ」


 ということで、親切なレオ君に連れられてサンドリナさんがよくいるという場所を巡った。そこそこ大きいお屋敷だから一回歩いたくらいじゃ覚えられないだろうけど、レオ君は一回で覚えたらしい。記憶力がいいんだろうな、羨ましい。

 しかしどこにもサンドリナさんの姿はなかった。


「おかしいな?」

「他にはない?」

「うーん……そうだ、娘さんの部屋かも」

「あ、お嬢さんがいるんだ?」

「うん、ぼくよりもう少し年上の綺麗なお姉さんだよ」


 レオルドの話によると、ここには伯爵一家が住んでいた。ということは子供がいてもおかしくはない。全員が失踪した後だと、娘さんの方も気になるよね。

 娘さんの部屋は、二階の奥まった角部屋だった。窓を開けるといい匂いがするから娘がお気に入りなのだとレオ君はサンドリナさんから聞いたそうだ。おそらくその部屋の近くに植えられた白い花の香りだろう。


「……失礼します」


 レオ君は礼儀正しくノックしてから、そっと扉を押して入った。

 しかし、部屋の中はシンとしていて、誰もいない。年頃の娘さんの部屋らしく可愛らしい内装で、白のレースを多く使った装飾が多かった。


「ここにもいないか……」

「サンドリナさん、どこいったんだろう?」


 お客を放ってどこかに行くような人には見えなかったけど。


「そういえば、旦那さんと娘さん自身の姿も見えないわね?」

「あ、伯爵様はお仕事で遠出してるって言ってたよ。娘さんは……」


 レオ君はちょっと言いにくそうにしながらも話してくれた。


「ちょっと前にいなくなっちゃったんだって」

「いなくなった?」

「うん、しっそう……っていうのかな。置手紙があったらしいから、自主的な失踪だったみたい」


 おいおい、一家で失踪の前に、娘が先に失踪してたんかい!


「おばさん、すごく落ち込んでて。だからぼくたちにとても優しいんだ。娘さんが帰ってきたみたいだからって」


 ああ、だからあんなにたくさんの遊具が用意されていたのか。

 しかし、なんだって娘さんも失踪したりしたんだろうか。見るからに優しそうなお母さんだったけど、やっぱりなにか裏があるのか?

 少し気になって部屋をよく見まわしてみた。普通のお屋敷の部屋で、変わった点は見当たらない。なにか手掛かりはないかと机の周りをさらに調べてみると、引き出しから写真が一枚見つかった。

 なんの変哲もない、普通の家族写真だ。

 サンドリナさんがいて、伯爵らしき男性がいて、二人の間に笑顔で佇む少女の姿。彼女が、失踪した娘さんだろう。

 なにも知らなければ、本当に何不自由なさそうな幸せな貴族一家の家族写真。

 だけど、私は知っていた。気づいてしまった。


「……冗談よね?」


 その、娘さんの姿は。


「ねえ、レオ君」

「なに?」

「今、何年何月何日かな?」


 禁断の質問。


「え? えーっと大陸聖暦2221年の6月25日だよ」


 ……今年で大陸聖暦は2245年を迎えたはずだ。

 やべぇ、やっぱり時間跳躍している可能性でてきた……。いつ? どうやって? そして私は帰れる?

 そしてなにより気になるのは、この娘さんの存在だ。金髪のご令嬢なんてありふれている。もしかしたら他人の空似なだけかもしれない。それでもこの特徴だけは、あまり多くはない。


「娘さん、もしかして……盲目だった?」


 彼女の双眼は閉じられていた。片手には杖も持っている。『領主城で見た彼女』は、もう慣れたような足取りで歩いていたけれど……。


「そうみたいだね。おばさん、もしお嫁の貰い手がなかったらずっと一緒に暮らすつもりだったって言ってたし」


 体の不自由な令嬢は、残念だが嫁の貰い手がつかないことが多い。行き遅れたら面倒をみるつもりだったんだろう。

 金髪の盲目の令嬢。そしてその相貌は明らかに彼女と合致する。レオ君の言った聖暦が本当なのだとしたら、サンドリナさんと同じように≪まったく老けていない≫ということになる。24年も経て、この写真と同じ姿を保つのは普通の人間には無理だ。


「まあ、こんなところにいらっしゃったのね」


 不意に聞こえた声に、私は驚いて写真を落としてしまった。ひらりと舞い落ちた写真を声をかけてきた人物が拾う。


「……ああ、懐かしい。いつぶりに見たかしら? 十年? 二十年? もしかしたらもっとかしら?」

「おばさん?」


 レオ君は不思議そうな顔をする。

 そこにいたのは、この屋敷の主の奥方、サンドリナさんだ。ずっと、探していたのに今でてきたことには意味があるのだろうか。


「レオ君? あら? おかしいわね、私がさっき見たときはずいぶんと立派になっていたけれど……」

「え?」

「ふふ、なんでもないわ。さあ、シアさん……私に聞きたいことがおありでしょう?」

「ええ、とってもたくさん」


 不思議ともうサンドリナさんを怖いとは思わなかった。不気味な感覚が、それを理解できれば当人はそうでないと気づける。


「あ、あの大事なお話なら、ぼくは席を外しますね。友達も庭にいると思うので」

「ごめんなさいね。あとでもっとたくさん本を読ませてあげますから」

「ありがとうございます!」


 レオ君は嬉しそうに部屋から出て行った。


「それじゃあ、お茶にしましょうか」


 サンドリナさんがそう言うと、瞬きの一瞬で部屋が応接間に戻っていた。テーブルの上には淹れたてだといわんばかりに湯気のたった美味しそうな紅茶が用意されていた。

 サンドリナさんが席についたので、私も向かいに座る。


「単刀直入に聞きますけど、サンドリナさんは敵ですか?」

「……私に敵対の意思はないけれど、あなた方にとっては厄介な存在かもしれないわね」


 そう、困ったように彼女は微笑んだ。

 そうだ、最初から彼女から敵意はまったく感じられなかったんだから。


「この空間の異常な歪みは、あなたが?」

「……いいえ。私にこのような力はないわ。もう長い間ここにいるけれど、外に出られたことは一度もないもの。ずっと、ずっとぐるぐると回り続けたり、いったりきたり、私もすべてを把握できているわけではないの」

「レオルド、私の仲間の話によるとあなた方一家は失踪扱いになっているようです」

「そう……外がどうなっているかは、私にはもう分からないから……。ふふ、でもとても久しぶりに懐かしい顔を見られてとても嬉しいの」


 紅茶の水面を眺めながら、サンドリナさんは穏やかに微笑む。


「あの小さかったレオ君が、立派になってここに来てくれた」

「ん?」


 私は首を傾げた。レオ君とは先ほどの眼鏡もやしっ子だ。私達の前に、誰かここを訪れたのか?


「あら、気づかなかった? レオ君のレオは、愛称よ。本名はレオルド君。あなたと一緒にここへ来たでしょう」


 くすくすと笑うサンドリナさんに私の思考は一時停止した。

 おいしい紅茶を一口飲んで、数秒後に回復した私の頭が叩き出したのは。


「面影どこいったーー!?」


 あまりにも子供のころと現在の姿が一致しない。いや、そういえば色は同じだったな。そこしか共通点ないんですけども。


「い、色々と突っ込みたいところは多いですけど、あれー? でも、レオ君は分厚い眼鏡かけてたけど」


 今のレオルドは目が悪いようにはみえない。


「そういえば、成長後のあの子はかけていなかったわね。子供の頃は、視力もあまりよくなかったようだけど」


 この辺りはあとで本人に聞いてみよう。

 今一番私が気になっているお題はこれじゃない。


「あの……聞きづらいごとではあるんですが」

「……分かっているわ。娘の……メリルのことね?」


 そうだ。領主城で塔の化け物であるリーゼロッテに会いに行く前に出会った金髪盲目のご令嬢、メリル。彼女は20年以上昔に撮られた写真と変わらぬ姿で現れた。


「あの子は、ここがこうなるより少し前にいなくなってしまったの。私の……せいなのよ」


 サンドリナさんは、記憶を辿るように話し始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひいいいい! 眼鏡少年がマッチョオヤジに!?
2020/02/18 22:09 退会済み
管理
[一言]  面影どこいったーっ?!
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